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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第七章
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第一話 逃亡 前編

「姉さん、本当にこれで良かったのかなぁ?」

飯盒の蓋を叩いて、ご飯の炊け具合を確認しながら緋色が聞く。

公主には黙って屋敷を抜け出し、三日が経っていた。

姫が焚き火の見つめながら塞ぎ込む。

彼女には珍しく、自分の行動に自信が持てず思い悩んでいる様子だった。

橘媛一行は、各地を転々と居場所を変えながら、今はプラント衛星に逃げ込んでいた。


   ◇   ◇   ◇


ラジャスタン、パリヤーナでは反政府デモや暴動が起こる迄となっていた。

民衆が政府に対し、橘媛が各国で押し進める政策に習うよう迫ったのだ。

これに対して両政府は、民衆の運動を武力で制圧すると共に、橘媛を国家争乱罪で訴えた。

パンジャーブとブランディッシュが揃ってこれに反発したものの、連邦総督府は一方的に姫をテロリストとして指名手配してしまっていた。

そしてテロリストを匿う者は同罪として扱い、全ての主権を剥奪するとして、メナンドロス等を脅したのだ。

それは、独裁者による超法規的措置だった。

ブランディッシュ皇帝が武力による抵抗を宣言したが、けれど橘媛がこれに反対して、行方を晦ませてしまっていたのだ。


メナンドロスが心配している事は明らかだった。

でも、それでも姫は、自分のために誰かの血が流れる事に耐えられなかったのだ。

「あと二週間でゲートが開くわ」

この世界に来て、半年が経とうとしていた。

姉弟が地球に戻り、この世界から消え去れば、問題は自然と解決する筈だった。


ワールドの経済は力強く循環し始めている。

自分が居なくなろうとこの流れは変わるまい。

市場は活気づき、人々は笑顔を取り戻し始めていた。

姫は、自分はメナンドロスの願いを叶え終えたのだと、そう考えていた。

「だからこれは、きっとチャンスなのよ」

そう呟く。

金や名声が欲しい訳では無かった。

メナンドロスがこの世界を救って欲しいと望み、自分はただ、その願いを叶えたかっただけなのだ。

その為に公主が反逆罪に問われるので有れば、自分の遣って来た事の意味が無くなってしまう。

今回の件は、自分が遣って来たワールドの復興に区切りを付け、故郷に戻るチャンスをもたらせてくれたのだと、そう考えていた。

けれど、それでも、今のメナンドロスの心中を察すると、どうしても心が痛んでしまう。


「はい、姉さん」

緋色が、飯盒の蓋にご飯をよそって差し出してくる。おかずは塩昆布だけだった。

「ありがとう。緋色には、随分と苦労を掛けてしまったわね」

礼を言って受け取る。思えば、この弟の助け無しでは、自分は何も出来なかっただろうと思える。

けれど弟は言った。

「今回の件、実を言うと逆に安心したんだ。僕は姉さんが、この世界に残るものだと思っていたから」

「莫迦ね。そんな事、有る筈が無いじゃない」

弟の心配を笑い飛ばす。

確かに進んだ文明の利便性は魅力だったが、それでもこの世界は余りに人工的過ぎて、橘媛には負担だった。

今の父なら、もっと自然に富んだ世界にしただろうが、今は故郷の野山が恋しくて仕方なかったのだ。


「姫様、緋色様、管制室にお戻り頂けますか?」

司令塔から十三が現れてそう言った。

衛星に、大型の宇宙艇が近付いて来ているらしい。

今回の逃避行には、十三と何人かの八十やその仲間が同行していた。

取り急ぎ、食事の跡形付けをして立ち上がる。

「何? またパトロールの船が来たの?」

姫の質問に十三は首を振った。

「それが、今回は少々厄介な相手でして・・・」


けれど、十三の言葉は爆音にかき消されれていた。

衛星その物が大きく揺れ、緋色が姉をかばう。

離れた所に火柱が立ち上り、辺りには黒煙が渦巻いている。

見上げると衛星の採光窓に罅が入っていて、ぽっかりと大きな穴が開いていた。衛星の修復機能が働いて、予備のポリガラスがそれを埋めようとしている。

「戦船だ・・・」

緋色が呟く。

そして、採光窓の無事な部分には、無骨な宇宙船の姿が見て取れた。

見る間に宇宙船の姿が大きくなって、その衝角を修復中の採光窓に突き入れて来る。

衛星の中の大気が真空に吸い出され、見る間に気圧が下がって行く。


「姫様、先ずは司令塔へ!」

十三が体重の軽い姉弟を、激しい大気の流れから庇って司令塔に向かう。

けれど無骨な戦闘艦は、その船首から二十機近い戦闘用ドロイドを吐き出していた。

ドロイドがプラント衛星の田畑を踏みにじって行く。

あっという間に橘姫が平舞を舞った神楽舞台が破壊されてしまっていた。


『テロリスト共よ、諦めて降伏しろ。魔神の秘密を渡すなら、命だけは助けてやる』

ドロイドのスピーカーが、そうがなり立てる。

それは、ヴェロスのスタジオで姉弟を拘束しようとした、いつぞやの若い将校の声だった。



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