第一話 謀略 前編
「正直な所、私にも確証は無かったんだ。君達の事をウオッチしていて、彼女の症状に心当たりがあった。だから、もしやと思ったのさ」
呆然とする緋色を見ながら、男はローブの奥で笑ったようだった。
「私が内密に事を進めようとした理由が分かったかい? これが明らかになれば、銀河連盟が割れ、内戦が引き起こされる可能性がある。魔神は同盟の所有物だったが、彼女は誰の物でも無い。つまりは、誰の物にだってなり得ると言う事だからね」
ここまで内部事情に明るいというのは、男が特別の人間である事の証左だった。
父の魔神の能力を、我が事のように知り得る立場。
「つまりは、あなたがセカンドなんですね」
緋色が断定すると男は笑った。
「私の事はハインドと呼んでくれたまえ。実の所、私こそがファウストだったんだ。能力の無い私は、弟にその名を奪われてしまったのさ。セカンドの名で呼ばれると、私のなけなしの自尊心が傷つくんだ」
緋色は正直、この男とどう相対して良いのか分からなかった。どこまで信用して良いのか分からなかったが、緋色の魔神としての予感は、男が真実を告げている事を感じさせていた。
「良いかい? この事は絶対に秘密だ。出来れば彼女にも秘密の方が良い位なのだが、ここに至ってはそうも行くまい。彼女には自分の能力を制御する術を身に付けて貰わなければいけないからね」
そして男は、橘媛の様子を見て言った。
「量子もつれの昇華も終わったようだ。そろそろメナンドロス邸へ送ろう。ここの設備の使い方については君達の司書に伝えて置くよ。くれぐれも内密に進める事を約束して欲しい」
緋色が姫を椅子から抱き上げると、辺りの風景がコマ落としの様に切り替わる。
ハインドは消え、元の寝室へと戻っていた。
メナンドロスが、二人を驚いた顔で見ている。
そして、橘媛が小さく息をこぼし、睫毛を揺らしていた。
「緋色?」
姉が眼を開くのを見て、安堵で崩れ落ちそうになるのを堪える。
「気分はどうだい? 姉さん」
「あたし、どうしていたのかしら?」
橘媛は、何があったか分からない顔で辺りを見渡していたが、やがて、緋色の腕の中から抜け出すと自分の足で立ち上がった。
「身体はどう? 何か、変な感じはしないかい?」
姫は、自分が生きているのが信じられない様子だった。
身体中をぺたぺたと撫で回してから、緋色に報告をする。
「やだ、全然何ともない。ていうか、前よりも元気になった気がする」
その言い草に呆れる。
「やだって事は無いだろ? 体調が悪いなら、何で言わなかったんだよ」
「だって、こっちに来る前からだったし、何ともない事の方が多かったし、その内に何とか成るんじゃないかなって思っていたのよ」
『心配掛けるなよ!』
緋色は思わず姉を抱きしめていた。安堵で腰が抜けそうになっていた。
緋色にとっては二万五千光年の宇宙で、たった二人だけの家族なのだ。こんなに大切に思える人は他にいなかった。
「待って、待って緋色!」
けれど姉は、弟の腕の中で足掻き、こう言っていた。
「お姉ちゃん、お腹空いた・・・」
◇ ◇ ◇
「じゃあ緋色君は、ハインドと会ったのね」
二人の客間にちゃぶ台を広げ、三人だけで食事をする。
緋色は先程の出来事を、全て二人に話していた。
メナンドロスにも伝えたのは、ハインドよりも信頼出来ると思ったからだ。
今更この女性に隠し事をするのは、信義に外れると感じていた。
「と言う訳で、昔から姉さんが運が良かったのは、そのインチキな能力のお陰らしいよ」
『インチキって何よ!』
橘媛は、口の中にご飯を目一杯詰め込みながら、文句を言った。
「それは、じゃん拳とかは、少しは強かったかも知れないけど・・・」
ちなみに緋色は生まれてこの方、一度もじゃん拳で姉に勝った事が無かった。
記憶に有る限り、姉は勝負事で一度だって負けた事が無い筈だ。
「それって、ファウストよりも強いの?」
メナンドロスが緋色に訊ねる。
「大抵、姉が勝ちます」
「呆れた。それって、最強って事じゃない・・・」
無敵の魔神にも勝つと聞かされて、メナンドロスは呆然としていた。
「何よ、人をいかさまみたいに言わないでよ。人よりも、ちょっとだけ運が良いだけじゃない!」
「だから姉さんは、その運がインチキなんだってば。それに、姉さんの運の良さは、ちょっとだけなんて代物じゃ無いよ」
「けど、困った事になったわね」
二人の話を聞きながら、メナンドロスは顎に手を当てていた。
「ハインドの、その認識は間違ってはいないわ。美帆の魔神の能力が明らかになれば、連盟が割れるのは必至だもの。それに、彼は何の目的で美帆を助けたのかしら?」
「親友の娘だから。って訳では無いと思いますし、連盟の為と言うのも違う気がしました」
緋色の言葉に頷く。
「勿論その筈よ。彼がそんな、人間らしい心根を持っている筈が無いもの」
けれど橘媛は言った。
「そんなの気にする必要は無いわ」
柴漬けを摘んで、ご飯をかき込むと、茶碗にお茶を注ぐ。
「そんな怪しい機械を使う必要は無いし、真に受けて思い悩む必要も無い」
「だけど・・・」
「これまで通り目の前にある仕事を、順番に片付けて行けば良いだけよ」
心配そうにする二人に、橘媛は自信たっぷりにそう言っていた。
※ちなみに、橘姫が食べているのは収穫したばかりの新米です。




