第六話 収穫 後編
「それを抜く必要はないよ」
何らかの迷彩効果を働かせていたのだろう。
そう声が聞こえると共に、緋色の目の前にいきなり黒いローブを纏った男が現れた。
「驚いたね。ステイシス・フィールドを、内側から破る者が居るとは、この眼で見ても信じられない位だよ」
ステイシス・フィールドとは、物体の固有時間を制止させる事により、あらゆる物理衝撃から身を守るシステムの事だった。
だが、この技術には致命的な欠陥があって、それは時間を停止した使用者からは、フィールド状態を解けない所にあった。
銀色の彫像と化したメナンドロスが、正にその状態なのだ。
悪意により他人からステイシス・フィールド状態にされると、全く抵抗が出来なくなってしまうのである。
魔神が閉じこめられた壷でもあるステイシス・フィールド・ポッドも、要は同じシステムだったのだ。
緋色は男に、鯉口を切ったままの緋炎を向けて言った。
「父の精霊が、長い時間を掛けて対抗手段を編み出していますからね。息子である僕が、そう簡単に引っ掛かる訳には行きませんよ」
「成る程、それは奴らしい。二度と同じ罠には掛からないと言う訳か」
男のその口調に感じる所があって、緋色が訊ねる。
「ひょっとして、父を知っているのですか?」
「勿論だとも。彼とは親友だった」
黒ローブの男が頷く。
「父の親友にしては、遣る事が少しばかり荒っぽくはありませんか?」
緋色がメナンドロスを指して言うと、男は面白そうに笑い声を漏らした。
「年を取るとね、時折他人とのコミュニケーションが酷く億劫に成るのだよ。実は、そちらのお嬢さんに用事が有ったのだが・・・」
緋色は、鯉口を切った刀をどうするか考えていたのだが、矢張り抜く事に決めていた。
「だから待ちたまえ。私なら彼女の眼を覚ます事が出来る。実は、誰にも悟られぬ様に彼女に処置をしようと思っていた」
「あなたには、姉が今どの様な状態に有るのか分かると言うのですか?」
「勿論だとも。秘密にして置く積もりだったが、君になら明かしても良いだろう。彼女を連れて、私に付いて来たまえ」
男はそう言うと、緋色に背を向けて歩き出した。
一瞬だけ考えたが、姉をこのままにして置く訳にはいかなかった。罠かも知れないとは思ったが、今はどんな情報でも欲しかった。
緋色はベッドから橘媛を抱え上げると、男に付いて部屋を出た。
◇ ◇ ◇
部屋を出ると、そこは見知らぬ部屋へと繋がっていた。
どうやら転送システムで、メナンドロス邸から場所を移したらしい。
男が奥の扉に向かってコインのような物を掲げると、扉の時間静止状態が解除されて行くのが分かる。
男はそのコインを、そのまま緋色に放ってよこした。
「君が持って置きたまえ。ここの時間保管庫の鍵だ」
そう言って扉を潜り抜けて行く。
仕方なく緋色も続いた。
中は体育館程もある大きな部屋で、用途不明の様々な機械が積み上げられている。
「そこに彼女を座らせたまえ」
男が機械の中心にある椅子を指し示す。
緋色は考え込んだ。
「あなたの目的は何なのですか?」
「彼の娘を救う事だ」
「その動機は?」
男はローブの奥から緋色を見つめていたが、一段声を落として言った。
「信じたまえ。他に彼女を救う方法は無い。私が望む結果を収穫する為にも、今彼女に倒れて貰っては困るのだよ」
緋色の脳裏を、姉を守れとの父親の声が去来する。
たっぷり三分間思い悩んでから、緋色は姉の身体を椅子に横たえていた。
「良い子だ。彼女の身体を固定したら、君は少し離れていたまえ」
指示に従うと、男が機械を操作し始める。
初めは何も起こらなかった。
辺りには男が機械を操る音だけが響き、永遠とも思える数分間が過ぎて行った。
そして、橘媛の胸の辺りから、青く淡い光が立ち昇り始めた。
ただの光ではない。
緋色はその光から、姉の感情のような物が溢れ出すのを感じていた。
気が付くと、機械を操る男が笑い声を上げている。
「貴様!」
何かの謀略に掛かったと受け取った緋色が血相を変える。だが、刀を抜く緋色に男は首を振った。
「何の問題も無い。オールグリーンだ。この機械が正常に働いたかぎりは、彼女はやがて目覚めるだろう」
判断を付けかねている緋色に更に語りかける。
「シナリオでは私がその刀で滅ぼされるのは、もう少し後の事なのだ。今は納めたまえ」
そして男は、今も眠る橘媛に眼をやった。
「この光はね、彼女の身の内に貯められた量子もつれだよ」
「量子もつれ?」
鸚鵡返しする緋色に男が頷く。
「君は、自分の父親が、何故魔神などと馬鹿げた名で呼ばれるか知っているかね?」
「それは・・・」
男が緋色の言葉を先取りする。
「力が強い、頭が良い? けれど、ただそれだけの男なら掃いて捨てる程もいる。私だってその一人だ。運が良い。無敵である? それは少しだけ本質に近い。何故なら彼は、確率を操るんだ」
緋色は、ごくりと唾を飲み込んでいた。
「彼は、自分の望む結果を引き寄せる事が出来る。勿論限界はあるが、うまく使いこなせば滅ぼす事の出来ない敵を退ける事だって出来る。文字通り、銀河最強の能力だ」
「だ、だけど・・・」
「君は、何故彼の複製体が一万近くも造られたと思う? それは、どの星の為政者達も、彼の馬鹿げたその能力を欲しがったからなのさ。けれど、その試みは全て失敗に終わった。結果、彼の能力は彼個人にだけ発現したもので、その能力は複製出来ないと結論付けられていた。正に現時点迄はだ」
緋色は、酷く喉が乾いていた。
何度も唾を飲み込みながら、嗄れた声を絞り出す。
「じゃあ、この光は・・・」
「確率を操る事は、生じる筈の未来の可能性を摘み取る事でもある。その結果、使用者は虚の情報を量子もつれの形で貯め込んでしまう。キャパシティーを越えれば彼女のように、虚の情報に押しつぶされて、身動きが取れなくなってしまうんだ。ここのシステムは、貯め込んだ量子もつれを昇華する、魔神の為のメンテナンスベッドなのさ」
「つまり、それって・・・」
茫然とする緋色に黒ローブの男は結論づけた。
「つまり彼女は、この世界における二人目の魔神なのさ」
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とても面白いですよ。




