第五話 収穫 中編
収穫の時節が来た。
通常、稲の収穫には五ヶ月程掛かる所を半分以下の期間で、天候の心配も、鳥害も無い、気の抜けるような耕作だったが、それでも収穫は嬉しい。
田植えの時と同じ様に祭りを開く。
故郷の大和でもそろそろ収穫が始まるはずで、神嘗祭の季節だった。
収穫祭なので泥玉投げは無いが、新米を炊き、餅搗きをして祝う。
そして、大和の国の祭司として、姉弟は神楽舞を奉納する事にした。
緋色は嗜みとして雅楽をする。
琵琶も笙笛も巧みだったが、中でも一番得意とするのが竜笛だった。
都でも笛の名手とうたわれた緋色が竜笛を吹き、橘媛が平舞いをする。
ここの所、投資ファンドだのM&Aだのと忙しくしていた橘媛も、この時ばかりは溜まっていた鬱憤を晴らすように舞い踊っていた。
日頃は余り遣る事のない、滑稽な調子の童舞いも踊って、祭り客の沢山の歓声を浴びていた。
緋色は、稲穂の海の中で舞う姉を見て、故郷の大和の国を思い出していた。
不意に郷愁に誘われる。
父や母や菜々香は、今どうしているだろう?
自分達は、本当に故郷に帰れるのだろうか?
押さえきれない感情が迸る。
故郷を離れて三ヶ月、今までにも長く旅をした事はあったが、姉が居るとは言え、家族とこんなに離れて暮らすのは初めての事だった。
気丈なようで居ても、緋色はまだ十四歳の少年なのだ。家族を思って郷愁にかられる事を誰が笑えるだろうか。
ふわりと良い匂いがした。
気が付くと、緋色は姉に抱きしめられてた。
「ね、姉さん?」
「泣いちゃ駄目よ」
「えっ?」
辺りの者達が、何が始まったかと姉弟を見守っている。
「べ、別に泣いてなんか・・・」
そこまで言って、緋色は姉に心を読まれた事に気が付いていた。
「大丈夫。何があっても、お姉ちゃんが付いているから」
そんな事を言われたら、本当に泣きそうになってしまう。緋色はつい最近まで、そうして姉に守られて来たのだ。
「だ、大丈夫だよ!」
そう言って、抱きつく姉を軽く突き放す。
「父さんには、姉さんを守るように言われているんだ。こう見えても、随分強くなったんだよ」
慌ててそう言う弟を、姉は笑った。
「知っているわ。緋色はもう、泣き虫は卒業したのよね。本当に逞しくなったもの」
滅多に弟を誉める事などしない姉にそう言われ、逆に不安になる。
「そう言う姉さんこそ大丈夫なのかよ? 昨夜だって、余り寝ていないんだろ?」
立ち上がると、ふらつく姉を、緋色は腰に手を回して支えた。
「あたしは大丈夫よ。まだ若いんだから。・・・でもそうね。今日は少し、疲れちゃったかも」
昔は見上げていた筈なのに、今は背丈を追い抜いて、小さくなってしまった姉を抱き上げる。
いつもなら、弟に抱き上げられる事を嫌う姉が、この日に限って嫌がらなかった。
横抱きに姉を抱え、神楽舞台を降り、急いで司令塔の陰に連れて行く。
何故か皆が心配そうに姉弟を見守っていた。
「お姉ちゃん、ちょっとだけ、休んでても良いかな?」
気丈な姉が優しい顔で弟に訊ねる。
「勿論だよ。僕が付いているから、姉さんには誰にも指一本触らせない。安心して休んでよ」
「そっか・・・。じゃあ、お願いね」
そう言って、眼を閉じてしまっていた。
別に死んだ訳ではない。
穏やかな寝顔で、規則正しい息がある。
緋色は寝顔を隠すようにして姉を公主の館に連れ帰り、神嘗祭は尻切れで中断する運びと成ってしまっていた。
けれどその日、橘媛は目を覚まさなかった。
次の日も、そしてその次の日も、姫は目を覚まそうとはしなかった。
原因不明のまま、橘媛は目を覚まさず、眠り込んだままとなってしまったのだ。
◇ ◇ ◇
「君は少し休みなさい」
メナンドロスが寝室に入って来てそう言った。
緋色が首を振る。
三日の間、緋色は一睡もせずに姉の枕元に座っていた。
姉が眼を覚ました時に、自分が隣に居ない事が耐えられなかったからだ。
「私のせいだわ。十五の女の子に世界を救えだのと、気が狂ってると言われても仕方ないもの」
公主の言葉に、緋色が首を振る。
彼女が言わずとも、姉が同じ事をしたのは確かだったからだ。
どうしてしまったのだろう?
こんな事は初めてだった。
人が何も無しで、こんなに眠り続けるとは思えない。けれど、ワールドの科学でも、橘媛が眠り続ける原因は分からなかったのだ。
こんな時に菜々香が居てくれたらと、緋色は願わずには居られなかった。
姉がこのまま眼を覚まさなかったらと、怖くて一瞬も目を離すことが出来なかった。
自分は少し腕っ節が強いだけのただの少年で、泣き虫の卒業など全然出来ていなかったのだ。
突然、緋色の心の中に違和感が生じていた。
!
何かが歪むような感覚があって、緋色は反射的に掛けられた技を返していた。
何があったのか分からず辺りを見渡すと、隣にいたメナンドロスが銀色の彫像と化している。
「これは!」
弾かれた様に立ち上がる。
緋色の身体が一瞬で戦闘態勢に入っていた。
右手には既に緋炎の柄が握られている。
誰もいない。
けれど、部屋の中に確かな気配があった。
緋色は姉を護るようにして回り込むと、気配に向けて気を発し、緋炎の鯉口を切っていた。




