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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第五章
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第四話 収穫 前編

「何がタチアナよ、ちゃんとたちばなって、言えるじゃない!」


そっちかよ!

緋色は心の中で突っ込みを入れたが、口に出すことはしなかった。呼び名は姉の鬼門なのだ。

「A・Iに聞いたわ。弟橘媛は、貴女の家の神話に繋がる名前で、ファウストは貴女にそれだけの力があると信じているって。そうした大切な名前を普段使いする物では無いわ。ここぞと言う時に使わなくては」

橘媛が、まるで小栗鼠の様にぷっと頬を膨らませる。

「知っているわよ、その位。でも、お父様が折角下さった成人の名前なのよ。呼ばれてみたくなるのが人情じゃない!」

「はいはい。だから呼んで上げたじゃない。それでどうするの? 貴女は私に、ワールドを救ってくれるって約束したわよね? あの時は冗談かと思ったけど、今はそうじゃないって分かっている」

辺りの者達は、二人の会話にただ呆然としていた。

「前提条件が変わったから怖じ気付いた? それとも、あなたの父親に泣き付いて見る? 私としては、そっちの方が有り難いけど」


橘媛は大きく息を吐き出した。

「荒療治になるわよ。ワールドの経済構造を根底から書き直すのだから」

「その位の見当は私にも着くわ。それにそれは、今直ぐに始めなければ間に合わないって事も」

橘媛は頷いた。それを始めるのならば、躊躇している時間は無いのだ。

「あたしは稀人で、この世界の人間では無い。それでも構わないの?」

それが、姫が一番気にする所だった。

けれどメナンドロスは頷いて言った。

全ての責任は、自分が取ると。


「十三! 八十やその顔ぶれの中で、一番マネジメントに優れるのは誰? 」

「八〇〇一、いえ、今は八十やそはじめでしたね」

十三が笑って言う。

「なら一を呼んで。あと、彼と同等、もしくはそれ以上の力を持つ者を集められないかしら?」

「ならば、他のナンバーズ達にも声を掛けましょう。大丈夫。五千番台以降は、全て姫様の味方です」


「私にも協力させて下さい」

ヴェロスがスタジオに、自分の仲間達を招き入れる。それは、彼の以前の仕事仲間や、橘媛の動画を作る為に集まった俳優達だった。

「どうか、お姫様の本当の気持ちを、世界に発信する手伝いをさせて下さい!」

橘媛が一同の顔を眺め、そしてメナンドロスに話し掛ける。

「ミリンダ、脚本と演出の監修を、お願い出来るかしら?」

「任せなさい」

メナンドロスがそう言って笑った。


緋色は、どこからか花の香りが漂うのを感じていた。

それは、故郷の大和の国の、橘の花の香りだった。


生き生きと、皆に指図する事を始めた姉を見ながら、緋色は考えていた。

父は、こうなる事を予想していただろうか?

あの父の事だから、全て折り込み済みで有ったとしても不思議では無かった。

まぁ、それでも、自分の遣るべき事は変わらない。

それに緋色は、お姫様らしく上品にしている姉よりも、こうした溌剌としている姉を見ている方が気分が良かったのだ。

自分一人の姉で無くなる事に、一抹の寂しさを感じる物の、姉は矢張りこうでなくてはと納得する所が大きかった。


シトラスに似た清涼な香りを吸い込みながら、緋色は、矢張り橘の花の香は良いと、そう感じていた。


   ◇   ◇   ◇


変革の流れの主導権を取る。

その為に、現在の流れを加速させる。

それが、橘媛の決断だった。

廃れ行く合成食料品産業には、さっさと退場して貰い、自然食品産業に切り替える。

この時、合成食料品産業に関わる者が失業する期間を出来るだけ短くしなければならず、その為にも新たな雇用を生み出す道筋を作らなければ成らなかったのだ。

勿論それが、お上主導のごり押しになってはいけない。

きちんと情報を公開して、他の多くの人達の賛同を得る必要がある。


それでも、橘媛には勝算があった。

服飾については、あれだけ豊かなファッションが受け入れられるこの世界に置いて、食の選択肢が殆ど存在しない事の方が不自然なのだ。

自然食品は、それを食べる事で全てが完結する合成食料と異なり、沢山の種類を摂取しなくては成らず、けれど、だからこそそこに多様性が生まれる。

自然食品産業を、流通や食品加工産業等の閉じた系だけでなく、他星系の文化交流にまで広げれば、合成食料産業の後退によって生じた余剰の労働力を、吸収してなお余り有る筈だった。

簡単に言えば、今回の事件を切っ掛けに、ワールドは更に発展出来る可能性があったのだ。


橘媛は、膨れ上がった父の資産を湯水のように使いながら、食品関連産業を次々に買収し、自らの考える経済地図を創り上げていった。

主な働き手は、この世界では既に用済みと成った魔神の複製体達で、姫はその小さな頭脳をフルに回転させながら、彼らを縦横無尽に操っていた。


ワールドの堅く凍てついた経済は、姫のそのドラスティックな手法によって、徐々に息を吹き返し始めていたのだ。



もう少し大風呂敷を広げたかったのですが、そろそろたたみ始めます。

反響が殆ど無かったのは残念ですが、読んで下さっている方の為にも、

力を抜かずに、最後まで書き上げる積もりです。


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