第三話 物の価値 後編
ワールドに置ける人の装いは千差万別だった。
一応のドレスコードの様な物はあって、裸に近い格好は禁じられているが、それ以外は殆ど何でも有りである。
橘媛の着物や、緋色が袴を着けて歩く事も、何ら奇異に取られる事はない。
元々が、人の形でない生物でさえ道を行く街である。戦闘サイボーグや、作業用アンドロイドが混在する街で、人の装いがどうのとか言う者もいなかったのだ。
そんな中でも、服飾の流行という物は存在した。
ネットワークの中の情報番組や、人気のネットワークムービーの俳優の装い。そうした物が主導して流行のファッションという物を作り出していた。
初めは嫌がっていた橘媛も、今ではすっかりそうした流れにはまっていた。
高級ブティックで薦められた服だけではなく、安価で購入した衣料品を、自分なりに組み合わせて楽しむ事もしていた。
その日の橘媛は、自分の衣料だけでなく、弟の帯刀用のファッション成る物をコーディネートしてショッピングを楽しんでいた。
半年後には帰るのに、こんなに買い揃えてどうするのだろうと、緋色は訝しんだが、女性の買い物に意見する事が、どんな結末を引き起こすか位は身に染みて知っている。
そして、一通りの買い物を済ませ、昼となった。
予約したレストランに向かおうとして、自然食品フェアの会場が、黒山の人だかりと成っていた。メナンドロスがこの様な事は初めてで、絶対に不自然だと主張する。
会場で自然食品を買い求めていた者達が、何故か橘媛を指さしていた。
一同が不審に思っていると、何人かの少女達が連れ立って遣って来て、橘媛にハンドフォンを差し出し、一緒に写真に写って欲しいと訴えた。
「姉さん。僕今、とても嫌な予感がするんだ」
緋色がそう言うと、橘媛が頷いた。
「奇遇ね、あたしも今、同じ事を言おうと思っていたの」
自然食品を紹介するスクリーンの映像を眺めていた者達が、肩を叩き合って橘媛を振り向いていた。
自然とスクリーンの前の人だかりが割れて、映像の内容が明らかになる。
そこには、とある衛星プラントで自然食品の効能を熱く語る、とある女性の姿が映し出されていた。
しかもその女性は、選りに選って日の本の民族衣装で有る所の、もんぺを身に付けていたのだ。
「・・・やっば」
橘媛の表情が、真っ青に成っていた。
◇ ◇ ◇
「車を回しますので、ショッピングモールの西側に向かって下さい。そちらが人通りが一番少ない筈です」
顔を隠して、殆ど逃げるようにその場を後にしていた。
十三の運転する車に乗り込むと、橘姫が取り急ぎ司書を呼び出す。
「マルティエ、さっきの命令キャンセル!」
「残念ですが、ご命令は既に実行済みです。この星の近傍に位置するプラント衛星四十八基は、全てお嬢様の名義となりました」
「なんで? 買い足すのは少しだけって言ったじゃない!」
「ご安心下さい。新規購入の衛星四十基は、全て合計して前回の購入額と同額です」
「利益を薄めろって言っているのに、買い叩いてどうするのよ!」
珍しく癇癪を起こした橘媛に、黒猫は狼狽した様子だった。
「お嬢様の名前をお出しした所、先方から、自然食品の発展のために無償で引き取って欲しいと依頼を受けたのです。設備投資の回収が済んでいるので、先方としてはそれで構わないとの事でしたが、無理を言って値付けをして頂き、その金額となったのです」
司書を怒鳴りつけた事を、橘姫は後悔していた。
胸に手を当て、自分を落ち着かせると、姫は黒猫に謝っていた。
ライブラリの司書は何も悪くはない。
全ての原因は、何故プラント衛星の相場が回復したのかを、良く考えなかった橘姫自身にあった。
それは、自分自身に対しての怒りだったのだ。
ネットワークの動画検索サイトをチェックすると、橘媛が自然食品を薦める例の動画が、高位にピックアップされていた。
まるで、合成食料を貶め、自然食品を賛美する、煽動宣伝動画だった。
相場の回復はこの動画が原因だったのだ。
この動画により自然食品関連の企業株価が軒並み高騰していて、プラント衛星はその中の一つでしか無かった。
衛星を無償で譲渡しようとしたのも、例のクレイマーより動画の影響の方が大きかったのであろう。
クレジットのFレートを確認すると、1.08から、一気に1.43にまで上がっている。
最悪の展開だった。
◇ ◇ ◇
「だがよ、俺が分からねぇのは、今起こっている状況は、嬢ちゃんにとって全て追い風になっているんじゃねぇのか?」
八十郎が橘媛にそう訊いていた。
全ての関係者が、ヴェロスの動画製作スタジオに集まっていた。
プラント衛星で姫を撮影して、動画を公開した犯人であるヴェロスが言った。
「その通りです。断り無く動画をアップしたのは申し訳なく思いますが、先日のお姫様のお話は、私なりに感動したのです。ワールドに暮らす者達が知るべき内容だったと思いますし、結果として自然食品が注目されたのは良かったと思います」
けれど、橘媛は、呆然とヴェロスを見返すだけだった。
「私から説明しましょう」
溜息を吐いてから、メナンドロスが言った。
「美帆が困っているのは、合成食料産業が傾くと、困るのがワールドに暮らす私達だからよ」
訳が分からないと言った顔付きの面々に、公主が噛んで含めるように説明する。
「良い? 戦争の無いこの世界の基幹産業は、合成食料なの。合成食料は不味くて、無駄が多くて、不経済だわ。採算が合わずに税金をがばがば投入している。けれど、だからこそ私たちの暮らしに役立っている。一見無駄に思えても、とても価値のある産業なのよ」
橘媛が公主の言葉を引き取って言った。
「無駄が多いのは雇用を増やすのに役立っているし、税金の投入は富の集中を抑制して、世の中の利潤を再分配する事に繋がるわ。合成食料産業はワールドの経済を回す為の、本当に良く考えられたシステムなの。冷え切ったワールドの経済を回す、唯一のエンジンと言って良い」
「あー、ええと。お姫様は、合成食料が嫌いなのでは無かったのですか?」
ヴェロスが困ったように訊ねる。
「好き嫌いで言えば嫌いよ。第一アレルギーがあって、あたしには食べられないし。けれど、ワールドに暮らす人達が、これを食べて買い支えてあげないと、ワールドの経済はクラッシュしてしまうのよ」
八十郎が呻くように言った。
「呪いだな。ハインドの奴は、何て物を造っちまったんだ」
けれど姫は言った。
「あたしは、彼は天才だと思うわ。科学が進みすぎてイノベーションの起こり難くなったワールドを、曲がりなりにも運営しているのですもの」
「嬢ちゃんは、やけに奴の肩を持つよな。まぁその辺は置いておいて、なら俺達は、いったいどうすれば良いんだ? プラント衛星での穀物の栽培は中止にすれば良いのか?」
「そうはならないでしょうね」
顎に手を当て考えながらメナンドロスが言う。
「市場でのあの盛り上がりを見れば、自然食品への流れが一過性の物で済むとは思えないわ。ファウストのA・I、あなたの意見を聞かせてくれる?」
橘媛の肩に捕まる黒猫は、考えるようにしてゆっくりと言った。
「同様の騒ぎはこの世界のどの場所でも生じていて、目先の利く者は、既に合成食料関連の産業に見切りを着けているようです。最早こうなっては、早いか遅いかの違いでしかないかと」
つまり、それは、ワールドの経済クラッシュが確定したと言う事だった。
当たりは静寂に包まれていた。
橘媛は、自らが引き金を引いてしまった、これから起こるであろう惨事に身体を震わせていた。
けれど、メナンドロスは言った。
「これはチャンスだわ」
えっ?
驚きの眼で見返す橘媛に星の公主は言っていた。
「合成食料産業の斜陽は既に始まっていた事なのよ。今回の事件は、それを早めたに過ぎないの。そして、今この場にファウストの娘である貴女が居る事を、私は偶然とは思わない」
そう言うと、公主はいきなり橘媛の前に跪いた。
「パンジャーブの王、西方の賢者、メナンドロス・アレクサンドロスが希い奉る」
その声がスタジオの一角に朗々と響きわたる。
何が始まったのかと、皆が目を丸くしている。
姫はまるでお芝居みたいだと思っていた。
「穂積の祭神、弟橘媛の命よ」
その名を淀みなく呼び上げ、公主は口元に笑みを浮かべていた。
「どうかこの世界を救い賜え」
※パンジャーブの王のくだりは洒落です。たまたまそんな名の星だったのです。




