第二話 物の価値 中編
十三と付き合いの有るウェポンショップで、ファウストが書き起こした図面により、矢を発注する。
当初は仕様が特殊で、値段の折り合いが付かなかったものの、橘媛が、矢を大量に発注する事で一本当たりのコストを押さえる事を思い付き、いざ契約の段となった。
姫が、手持ちのクレジットから支払いを行おうとして、引き落とされる額面が少ない事に気が付いていた。
不思議に思って調べると、クレジットのファンクションレートが上がっていた。
◇ ◇ ◇
ワールドの通貨その物は単一だが、使用する経済グループ単位で信用の裏書きと額面補正があった。
要するに、通貨そのものが為替としての性質を兼ね備えていたのである。
ここで、ざっくりとした説明を入れる。
複数の経済ブロックを跨いで単一通貨を用いると、経済的な不公平が生じてしまう。
具体的には、経済の強いブロックの通貨が、安いまま固定されるのと同じで、一方的な貿易黒字が発生して止まらなくなってしまうのである。
例としては、欧州の通貨であるユーロを考えてみれば分かり易い。
単一通貨では、某独国、一国だけが、通貨安の旨味を受益して、富の一極集中を生んでしまう事態が生じてしまうのである。
これを防ぐために、ワールドの通貨であるクレジットは、発行された地域の信用情報をファンクションレートと呼ばれる係数で表し、これを掛け合わせる事で、通貨そのものの価値をリアルタイムで変動させていた。
つまり、所属する経済ブロックの動向で、財布の中身がリアルタイムで変動するのである。
これは、ネットワークと演算に優れる、ワールドだからこそ取れるシステムでもあった。
◇ ◇ ◇
橘媛の保有する、父の資産のファンクションレート(以降Fレート)が、1.08に上がっていた。
下がれば財布の中身が減るので大問題だが、上がる分には不満はない。
けれど、冷え切ったワールドの経済状況では、Fレートの変動自体が稀だったのだ。
先月、衛星プラントを購入した時には1.01だった物が、半月足らずで0.07上がっている。
これは、父の資産全体が7%増えた事を意味していた。
資産を減らす積もりが、逆にかなり増えてしまっている。
「マルティエ、これはどういう事?」
ライブラリの司書を呼び出して原因を調査させる。
「プラント衛星の相場が回復しています。どうやら先月買い付けた八基の衛星が、ファウストの資産を増加させた事による評価のようです」
ワールドでは合成食料が中心で、プラント衛星が生み出す自然食品は敬遠される傾向にあった。
廃棄寸前の衛星群の購入が、無駄な投資の筈であったのが、返って思わぬ利益を生んでいたのである。
「余りにも安く買いすぎて、利益を出し過ぎちゃったのね。分かったわ」
少しだけ考えて、司書に命令する。
「なら、値段を戻したプラント衛星をもう少し買い入れて、利益を薄めましょう。運営は、八十郎が得意だと言っていたから、管理会社を設立して、彼に舵取りを任せましょう。その方向で話を進めてくれる?」
「ハブユアコマンド」
姫の肩の猫が、了承して姿を消す。
敵討ちだのと物騒な話をする位なのだから、どうせ暇を持て余しているのだろう。少し忙しくさせて置いた方が彼の為と、そんな軽い考えだった。
橘媛自身、父の資産を増やす積もりは全く無かった。
使う当てが無く、利息で増えて行くのみの魔神の資産は、ワールドの経済を圧迫する要因の一つと成っていて、姫はこれを消費の起爆剤とする事で、ワールドの不況を一掃する事を思い描いていたのだ。
昔から良い支配者とは、経済政策を成功させる支配者の事で、世の人々は、それ以外は大抵無頓着なものなのだ。彼のヒットラーが民衆に受け入れられたのも、彼の経済政策が成功したからであった。
つまり橘媛は、ワールドを救うと言う命題を、ワールドの経済を復活させる事と捉えていて、プラント衛星の購入や、ヴェロスに映画製作会社を買い与えたりしているのも、そうした流れの一環だったのである。
元々ワールドの金融・流通は、父の考案した柔軟なシステムにより運営されている。ここに父の莫大な資産をつぎ込めば、ワールドの景気を浮上させる位は充分に可能と踏んでいた。
ついでに言えば、橘媛はハインドに付いては、何の感慨も持ち合わせてはいなかった。
だいたいの所、世の噂が真実で有るのなら、彼女の父が地球に流され、姫が生まれる切っ掛けとなった事自体が、彼のお陰なのだ。
橘媛には彼を誅する動機が無いし、どちらかと言えば礼を言いたい位だったのだ。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、次はあたしの買い物の番ね」
一行はウェポンショップを後に、衣料品販売ブロックに足を向けていた。
途中、食料品販売ブロックで、自然食品フェアなる催しの幟が立っているのを見て、足を止める。
「へー、珍しいわね」
自らも自然食品派のメナンドロスが感想を漏らす。結構な人だかりが出来ていた。
殆どが他の星系からの輸入品である自然食品は、ワールドでは高級品で、一般の人は余り食する機会は無いらしい。
他の星系の自然食品メニューを食べさせる催しが併設されていて、橘媛は迷わず昼食の予約を入れていた。
物語を展開する上での説明回です。
通貨の部分は、作者としては出来るだけ平易に説明している積もりなのですが、
どうだったでしょうか?




