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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第四章
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第六話 田植祭 後編

ああ成る程と、橘媛は感心していた。

それであんなに安かったんだ。

充分に稼働する施設なのに、ラグランジュポイントの日照権設定よりも安い位で、担当者があんなに慌てて手放そうとした事も頷けた。このプラント衛星はクレイマー付きだったのだ。

担当者は、この女性からさんざんに絞られたのであろう。そう考えると可笑しくて成らなかった。

「何を笑っているの!」

目の前の教諭が、微笑む橘媛に苛立っている。

「いえ、少し誤解が有る様に思えたものですから。あなたは合成食料が、どの様にして作られているかご存じですか?」

「そんなの当たり前だわ。元素変換に決まっているじゃない!」

「いいえ、それは違います」

橘媛は微笑みを浮かべながら言った。

「元素変換は沢山のエネルギーを必要とします。それは、人の食べ物に使うには割の合わない技術なのです。合成食料は、藻類の炭素固定と菌類のアミノ酸変換により製造されています。あたくしに言わせれば、それは、植物を加工して食べるのと何の違いも有りません」

「藻や菌類は命じゃないわ!」

あれっ? そうだったかしら?

教諭が堂々とそう言うのを聞いて、姫は一瞬悩んだ。

今の学校ではそう教えているのかも知れない。けれど、勝手に命の線引きをする事に腹が立ってきた。

「なら、ワールドで流通する必須ビタミン類が、動植物由来であることはご存じですか?」

「そんなの関係無いわ。微々たる量ですもの」

教諭の言う事は酷く理不尽で、姫は、プラントが投げ売りされた理由を、その身で思い知った気がしていた。

「ならば、これはご存じでしょうか? ワールドの合成食料は採算が合っていません。そこで二万年程前から、隣の星系から輸入された動植物由来の原料が、カロリーベースで三十%程度使用されています」

これには、近くで遣り取りを聞いていたメナンドロスが、目を見開いて驚いていた。何故そんな事を知っている? と言う顔つきだった。

「ワールドに暮らす人々が、命の搾取という罪から逃れているなど、あなたの独りよがりな幻想に過ぎません。合成食料には、始めから動植物の命が含まれているのですから」

でも、教諭は言った。

『そんな事は関係無いわ。合成食料は、ファウストがワールドの民にお与え下さった、調和なのですから』

これには流石の橘媛も脱力した。

教諭は始めから議論する積もりなど無く、相手を打ち負かす事だけが目的だったのだ。

「あの、合成食料の普及は、お父、じゃ無かった。ファウストの時代では無く、その後のハインドの政策によるものですよ?」

『そんな筈は無いわ! あの悪魔が人々に恩恵を施す筈が無い。全ての調和はファウストが下さったのよ!』

まるで、怪しい原理宗教みたいだった。

口端から泡を吹いて託宣を始める教諭を、流石に十三が見かねて、後ろから羽交い締めにする。

「この方は、しかるべき所へお送りしましょう」

そう言って、転送ポートに連れて行ってしまった。

けれど姫は、教諭の言葉に大きな違和感を感じていた。

誰もかもが皆、ハインドが最悪の指導者だと言い立てる。でも、もし彼が本物の独裁者なのだとしたら、何故彼は人々の噂を止めないのだろうか?


   ◇   ◇   ◇


「お姫様は、命を食べるの?」

小さな女の子が、橘媛のもんぺを引っ張っていた。

気が付くと、沢山の子供達が橘媛を取り囲んでいる。

慌てて緋色が割って入ろうとするのを、姫は首を振って止めていた。

「お姉ちゃんの話、聞いてくれる?」

橘媛がそう訊ねて、多くの子供達が真剣な表情で頷いた。


プラント衛星に夜は無い。

強い日差しから逃れるように、司令室前のテラスに移動する。

子供達に付いて、大勢の大人達も橘媛の周りに集まって来る。どうやら皆、教諭との話を聞いていて、もっと橘媛の話を聞きたい様子だった。

日陰から沢山の人が溢れ出るのを見て、八十郎が衛星のシェードを展開する。

日差しが遮られ、辺りが薄い暗がりに包まれて行く。姫の前に、何処からか小さなLEDランプが差し出されていた。

橘媛が膝に小さな女の子を抱いて、周囲を見渡すと、辺りの者達は皆、姫の言葉を聞き逃すまいと緊張しているのが分かった。

まるであの時の自分みたいだとクスリと笑う。

そして姫は、小さな自分に父が教えてくれた事を話し始めていた。


「みんな、食物連鎖って知ってる? 」

姫の問いに、大人も子供も殆どの者が首を振った。

当たり前だった。この世界では、食物連鎖など、無い事になっているのだから。

「あたしの住んでいた世界では、小さな小魚はプランクトンを食べるの。そしてその小魚は、ふつうの大きさの魚が食べて、その魚は、もっと大きな魚が食べます」

「大きな魚は、もっともっと、大きな魚が食べるのね?」

けれど、膝に抱いた女の子の質問に、姫は首を振った。

「大きな魚はお姉ちゃんの大好物だから、あたしが食べちゃいます」

おどけて言うと、どっと笑い声があがる。

姫は続けた。

「これが食物連鎖です。海でも山でも、命は、それよりももっと小さな命によって支えられています。植物は動物に食べられますが、その動物の排泄によって必須の有機物を得、その版図を広げて行きます。一見残酷なようでも命は循環していて、複雑さを増しながら規模を拡大して行くのです。こうした生物の相互作用による環境を、生態系と呼びます。今考えると、父は人類が、こうした生態系から外れて行く事を、強く懸念していました」

「それって、どう言う事?」

言い方が、つい難しくなってしまった事に気付き、女の子に謝る。

「要は、魚が生きるために、自分より小さな魚を食べても、それは罪には当たらないって事よ」


「でも、小さな魚を食べなくても生きられるのなら、魚はそうすべきでは無いでしょうか?」

比較的年長の少年がそう訊いて来る。

橘媛は笑った。

その質問は、いつか自分が父にした質問と全く同じだったからだ。

「人が自分より弱い者を思い遣る気持ちは大切だと思う。けれど、人は何かの犠牲なしに生きる事は出来ないの。例え、食べ物から命を無くしたとしても、それで罪が消え去る訳では無いのよ。だとしたら、そうした事に心を捕らわれて、自縄自縛となるよりも、沢山の命に感謝して生きる方がより前向きだと思うの」

少年が何処まで理解出来ているか、確かめるように目を合わせる。

子供には難しい話かも知れなかった。けれど姫は、子供だからと言って誤魔化すような事はしたく無かった。今は無理でも、いつか理解してくれたらと、自分なりの言葉で話し掛けていた。


「感傷のみで物事を進めるのは危険な事だわ。それよりも、自分を支えてくれる命を意識して、それに感謝して生きる方が、生態系を支える生物の本来の在り方として正しいと思うの。だって、人間だって自然の生き物なんですもの」

「感謝して生きるって、どう言う事?」

訊いて来る女の子にも姫は眼を合わせ、微笑んだ。

「本当の所は分からないの。だって、それは人によって違う生き方だと思うから。でもお姉ちゃんはこう思う。それは、自分に正直に生きる事。昨日より今日、今日より明日と、より良く生きようとする事」


伝わるだろうか?

あの日、父がしてくれたように。

借り受けた言葉では決して伝わらない事を、姫は良く知っていた。だから、自分なりに理解した事を、自分なりの言葉で話していた。

それは、伝わっただろうか?

辺りは咳の音さえ聞こえず、静まり返っていた。余りの静寂に、胸がぎゅっと不安になる。


「私も大きなお魚が食べてみたい。お姫様が美味しいと思う命を、私も食べたい」

何故か、ぱらぱらと拍手が沸き起こった。

何故か橘媛の眼から涙がこぼれて、姫は女の子をぎゅっと抱きしめていた。

潮が沸き上がる様に拍手の音が大きくなって、それは、プラント衛星を満たして行く。


八十郎が竹皮の包みを差し出して来る。

それは、八十やその皆に食べさせる為に渡した物で、菜々香の持たせてくれた最後の米で作った握り飯だった。

「これは、此処にいる皆に食べさせて遣ってくんな。俺達ゃ後で良いや」

姫が頷いて包みを解く。

とは言っても、此処にいる者達に比べれば僅かな量しか無い。皆で分け合うと、一口にも満たない、ほんの小さな握り飯となっていた。

「美味しい」

それでも、ちいさな女の子は姫の膝の上で、幸せそうに笑っていた。

今回は少し長めです。

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