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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第四章
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第五話 田植祭 中編

もんぺ姿に着替えた橘媛が、開始のホイッスルを吹く。

けれど子供達は、呆然と立ちすくむだけで動きだそうとはしなかった。

ぬるぬるとした泥に足を取られて、泥玉投げ所では無かったのだ。

それ所か、素足に触る初めての泥の感触に、泣き出す者さえ出る始末だった。


盛り上がらない展開に、緋色がほっとしていると、橘媛自らが田の中に入って来る。

そして、足元の覚束無い子供に、泥玉をぶつけて転ばせ始めた。

たちまち阿鼻叫喚の状況となって、子供達が泣き叫び始める。

泥まみれの子供達を見下しながら、姫が両手を腰に当てて言った。

「莫っ迦じゃないの? この位の事で泣くなんて、やっぱり都会の子は頭でっかちのモヤシっ子ね。少しでも悔しいと思うなら、投げ返してご覧名なさい!」

「ちょっと、姉さん!」

それでも、比較的気の強い子が、姫に泥玉を投げ返し始める。

けれど姫は、それを避ける所か、自分の弟を呼び付けていた。

「緋色!」

「えええっ!?」

緋色が自らの身体を盾にして、姫に投げ付けられた泥玉を受け止める。

それは、姉の危機に自動的に反応する、幼い頃から身体に刷り込まれた条件反射だった。


子供達が泥遊びが好きなのは、遺伝子に書き込まれた本能である。そして、例外なく多数で少数を虐めたがる嗜虐的な心を持っている。

野生を解き放たれた子供たちが、泥玉を投げ付け始め、そして、五百対一の数の暴力で、たちまち緋色を泥達磨にして行った。


『うおおおおっ!』

緋色が轟と吼える。

それだけが、鬼役に許された唯一の抵抗だったのだ。

けれど、魔神の咆哮はただの叫びではない。

プラント衛星その物を震わせる雄叫びに、子供たちが度肝を抜かれていた。


「うわっ、ぶっ!」

それでも、呆然と立ちすくむ子供達の中でただ一人、敢然と泥玉を投げ続ける者があった。

勿論それは、橘媛だった。

「姉さんは、どっちの味方なのさ!」

「そんなの、子供達に決まってるじゃない!」

「ひでぇ!」

そして、子供達を鼓舞して言った。

「鬼は弱って来てるわ。勝利まで、あともう少しよ!」


   ◇   ◇   ◇


『緋色お兄ちゃん。どうもありがとう!』


水浴びをして泥を落とした後、ふらふらになってしゃがみ込んでいると、子供達が集まって来て、緋色にそう言っていた。

天真爛漫の顔で言われると、遣り過ぎを怒るなど出来る筈も無かった。

少し情けない笑顔で、楽しかったかい? と訊ねると、輝くような笑顔が返って来る。

釣られて苦笑した。

結局、姉と同様、緋色も子供が大好きなのだ。


「お疲れさま。楽しかったわね」

橘媛が弟に飲み物のパックを差し出す。

「楽しいのは、姉さんだけじゃないか・・・」

苦々しい顔で受け取りながら、緋色はそう言っていた。

けれど、彼も姉の遣りたかった事が、朧気ながらも理解出来ていた。


子供達の沢山の笑顔が、ほんの直ぐ側にあった。

そして、誰もが笑っている。

今やった下らない泥遊びは、稀人がこの土地に受け入れられる為の儀式というだけでは無く、緋色に、人々の笑顔が、この世界も大和の国も変わらないのだと言う事を気付かせていた。

それは、人々の精神の根底に流れる物が、同一である事を意味しないだろうか?


この世界に来てから、出会った人々の顔が能面の様であった事を思い出す。

人は口々に、政治と政治家が悪いのだと言い立て、彼の者を誅すれば、世界は平和を取り戻すのだと、何の根拠も無く信じ込んでいた。

けれど姉は、戦いなどしなくとも、人はちゃんと笑える事を証明して見せた。

遣り方はどうかと思うけど、緋色は、やはり姉は凄いと感心していた。


   ◇   ◇   ◇


「あなた達は、何故こんな下らない事をするの?」

気が付くと、一人の女性が橘媛に相対していた。

緋色が立ち上がろうとするのを姫が眼で制する。

「何が下らないのですか?」

「こんな、過去の遺物である衛星を、再び稼働させようとしている事よ」


女性は教育者を名乗った。

今日の社会科見学を引率する、学校の教諭らしい。

それなりに美しいが、頬骨が張っていて、意志の強そうな顔立ちだった。

どうやら彼女は、メナンドロスが半ば強引に、子供達をこの催しに参加させた事を不愉快に思っているらしかった。

けれど橘媛は、メナンドロスと十三が駆けつけようとするのを、手を振って止めていた。


「プラント衛星を稼働させるのは、下らないですか?」

「当たり前じゃない。あなたは『ワールド』の調和を、ぶち壊しにしようとしている」

それは言いがかりに過ぎなかったが、橘媛には逆に興味が湧いて来ていた。

「どう言う事でしょう?」

穏やかに訊ね返す橘媛に、教諭が顔を赤くする。生意気な小娘と思っているのが明らかだった。


「分からないなら教えてあげる。あなたが生産しようとしている植物は命を持っている。植物を食べる事は、命を搾取する事で、それは人殺しと同じ事なのよ!」

姫は驚きの余り呆然としたが、教諭はそれを敗北のしるしと受け取ったらしい。更に言い募って来た。

「ワールドに暮らす者は皆、合成食料を食べている。人々は折角、命の搾取という罪から逃れているのに、あなたはそれを、前代の野蛮な時代に返そうとしているのよ!」

そして教諭は、勝ち誇ったように言った。

「これは、私たちの運動によって廃棄に追い込んだ施設なのです。今更稼働させる事は許しません!」


考えていたよりも話が長くなりそうな予感。

前編、中編、後編と来て納まらなかったら、何編にすれば良いのだろう?

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