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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第四章
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第四話 田植祭 前編

御田植祭おたうえまつりをしましょう」


焼きたてのパンケーキに、酥と、さとう楓の蜜を塗りながら橘媛が言った。

焼き魚にはどうかと思うが、この組み合わせなら酥も満更どころか、とても美味しく感じられる。

大和の国に戻っても、是非やってみようと思っていた。


「待ってよ姉さん。御田植祭って、五穀豊穣を願うお祭りですよ。そんな物、プラント衛星で遣ってどうするのですか?」

「あら緋色、プラント衛星だって、田植えは田植えだわ。五穀豊穣を祈念して、何処が悪いのよ?」

「だって、此処は銀河文明の中心なのですよ。そんな田舎祭りなんて、誰も見向きもしませんよ」


「その御田植祭って、一体何をする物なの?」

パンケーキに、ベリーのジャムとホイップクリームを乗せながら公主が訊ねる。

橘媛の代わりに、姫の肩に現れた黒猫が答えた。

「日の本のローカルフェスティバルです。彼の国では米の栽培が主要な産業であるため、栽培の節目にフェスティバルを取り行うのです」

「へー、フェスティバルかぁ。そう言えばこの世界に、その手の催し物は余り無いわね」

「そうでしょうとも」

公主の尻馬に乗るようにして緋色が言った。

「銀河文明に、祭りなどと言う非科学的な物が必要とは思えません。特にあんな野蛮な祭り・・・」

「へー、野蛮なんだ?」

けれど公主は、野蛮という言葉に、却って興味を示したようだった。


「子供達が田に入って、泥玉を投げ合うのです。田を耕す意味が有ると言われていますが、実際は、子供達が健やかに育つよう願いを込めて田で遊ばせるのです」

橘媛が公主に説明する。

「へー、面白そうじゃない」

「面白くなど有りません」

緋色が言い切る。

「姉さんが、泥遊びが好きなだけじゃ無いですか!」

動揺する弟を見て姫が笑った。

「莫迦ね。裳着の儀式を済ませた淑女であるあたくしが、泥遊びなど有り難がる筈は、無いではありませんか。緋色がそんなに嫌がるならば、祭りは取り止めにしましょう」


けれど、ほっと溜息を吐く緋色をよそに、公主が橘媛に訊ねた。

「ねぇねぇ。その御田植祭って、ファウストも参加したの?」

公主のその質問に、橘媛が勝ち誇ったように答える。

「勿論です。祭りは、祭司でもある父の重要な職務でしたから」

「へぇー、そうなんだ。私も見てみたいなぁ、その御田植祭。でも緋色君が嫌がるのを、無理に遣らせる訳には行かないわよね」

二人の視線が緋色に集まる。そこには、明らかな非難の色合いがあった。


「それに、子供達がいないでは有りませんか。泥玉投げは、子供達がいなくては出来ませんよ?」

自然と緋色の言葉が、弁解めいた色調を帯びる。

けれど橘媛は、にっこりと微笑んでいた。

「来週、地元の子供達が、プラント衛星を社会科見学に訪れるのです。御田植祭は、その期日に併せて行おうと思っていました」

何もかも手配済みで、事情を知る十三が、後ろで笑いをかみ殺している。


『分かりましたよ! 遣れば良いんでしょ、遣れば』


半ば自暴自棄に緋色が答える。

「流石は緋色。それでこそあたくしの弟です。泥玉投げの鬼は、元服を前にした男の子が遣るのが慣わし。たまたまその年齢に当たる緋色に遣って貰いましょう」

それを聞いた緋色が、がっくりと食卓に突き伏す。何かを呪うように、呻き声を上げていた。

「折角、逃れられたと思っていたのに・・・」


   ◇   ◇   ◇


プラント衛星の準備は万端だった。

耕作地は水耕用に調節され、既に田起こしや水も張りも行われている。

苗は、菜々香が持たせてくれた種籾から、クローン分蘖によって量産し、充分な量を確保していた。

実際の所、一万ヘクタールの内、九割は田植えも終了していて。残りの一割が祭りの為に残されていたのだ。

姫の希望により転送ポートが直結された事もあって、沢山の見物人が訪れていた。

衛星内は初夏の気候に設定され、少し暑い位だったが、水田から吹き抜ける風は心地よく、辺りを歩くだけでも気分が晴れる。

綿菓子や面売りの出店も出て、道を行く人々もそれなりに楽しんでいるようだった。


設えられた祭壇に、緋色の袴を着けた橘媛が玉串を供え、舞台で田楽を奉納する。

十三の太鼓で田植え歌を披露すると、辺りから大きな拍手がわき起こった。

ムービーメイカーのヴェロスも来ていて、しきりに姫を動画に収めていた。


そして、いよいよ子供達による泥玉投げの番となった。

緋色は、赤い全身タイツに虎革の腰巻きと言う滑稽な恰好で、頭には紙で出来た鬼の面を着けている。

そして、体育着姿で、水田に入ってくる子供達の数の多さに呆然としていた。

「こんなの聞いてないし・・・」

ざっと、五百人以上はいる。

五百対一で泥玉の投げ合いなどしたら、下手をしたら殺されてしまう。


「これって、あれでしょ? 姉さんの名前で笑った事を根に持って・・・」

でも、姫は笑って言った。

「なんだ、緋色に自覚があったのなら、罪悪感は要らないわね」

「ちょっと、姉さん!」



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