第二話 英雄の名 中編
「要するにお姫様は、俺らを数字で呼び付けるのが嫌だと言うんだな?」
橘媛がこっくりと頷く。
「人を番号で呼び付けるのって、もの凄く抵抗感が有るんです」
「だがよ」
八〇八〇が困った顔で言う。
「こちとら三〇万年近くこの呼び名だし、第一この番号は、魔神の血を引く俺達の誇りなんだ。いくらファウストのお姫様の言う事だって、こればっかりは聞けねぇな」
すげなく断られる。
けれど、橘媛は諦めなかった。
「何も番号を変える必要は無いんです。父のように、呼び方を変えるのは駄目でしょうか?」
「ファウストの様にだって?」
その名によって、辺りの雰囲気が変わるのが分かる。橘媛の思った通りだった。
皆、魔神のことが大好きなのだ。
「日の本の国でも、男子に数字の名を付ける事は良くあります。けれど、そのまま番号で読む事はせずに当て字をするのです。父は、男の名を表す郎の字を付け字して、一郎と名乗っています」
「つまりは、名は変えずに読み方を変えるって訳だな」
八〇三四がそう言った。
老人達がざわめいていた。
名を変えろと言われて、従う者など誰もいない。
けれど、魔神と同じスタイルにすると言うのは、彼らに取って、抗い難い魅力があるのだ。
「そうです。それで、皆さん頭二桁、八〇番は変わらない訳ですから、これを氏名として、八十(やそ)としたら如何でしょうか?」
「成る程。確かに俺達は、百人単位でオーダーされた経緯がある。頭二桁が八〇の連中は、何度も死線を共にした仲間で、家族も同然だ。そのアイディアは悪くない」
「ちょっと待った!」
だが、八〇八〇が、八〇三四を制止する。
「八〇を氏名にするのは別に良い。だが、するってえと、俺の名はどうなる? 八〇八〇で、やそやそか? そんな楽しい名前を付けられた日にゃ、明日から通りを歩けなくならあ」
どっと、笑い声が上がった。
中には、それこそ八〇八〇にぴったりだと言う者もあった。
けれど、橘媛は言った。
「待ってください。確かにやそやそは変ですけど、漢数字は、いろんな読み仮名が振れるんです。例えば、はちじゅう、だとそのままか・・・。やと、も何か違うし、やじゅう、じゃあ変だし・・・」
「待った!」
けれど、悩み込む姫を、八〇八〇が止めた。
「八〇は、野獣って読めるのか?」
姫が慌てて手を振った。
「いいえ。確かにそう読めますけど、別に八〇八〇さんを獣扱いしてる訳じゃ無くて・・・」
「そうじゃねえ」
八〇八〇は首を振った。
「野獣ってのは、恰好良いじゃねえか」
「はい?」
姫が驚きの声を上げる。けれど八〇八〇は言った。
「八十、野獣・・・。何だか、俺にぴったりじゃねぇか?」
「ちょっと、ちょっと待って下さい。流石に野獣はおかしいと思います。そうだ。父のように郎の字を付けて、八十郎は、いかがでしょう。語呂も良いし、恰好良さげじゃないですか?」
「俺は反対だ!」
八〇三四が言った。
「八十郎は、そいつには恰好良すぎる。その名前は俺に寄越せ!」
「馬鹿かお前は。三十四番が、八十番を名乗ってどうすんだよ!」
どっと笑い声が上がる。
「お前なんぞ、サンシで充分だ。楽しく落語でも遣ってやがれ」
『んだと、ごらぁ!』
「待って下さい!」
姫が泣きそうになっていた。
「喧嘩は止めて下さい。八〇三四さんは三四郎とか如何ですか? 何だか武術家ぽくて、投げ技とか強そうな感じがしますよ」
誇りに思うことは良い事だと思う。
それでも橘媛は、人を番号で呼ぶのはおかしいと思っていた。
老人達がうるさく騒ぎ立てる。
それでも八〇八〇のお陰で、姫の改名計画が成功しそうな流れに成っていた。
「折角ですが、私は遠慮して置きます」
けれど、その流れを止めたのは、他ならぬ八〇一三だった。
「んだよ、一三。乗りの悪ぃ奴だな。姫様が下さるって言うんだから、有り難く貰って置けば良いじゃねぇか」
「理由を伺っても宜しいですか?」
八〇一三は、少しだけ微笑んでから橘媛に言った。
「私の十三は裏切りの番号なのです。改名をすれば、私はまた、それと最初から向き合う事になる。私は自分の番号が好きじゃ無いんです」
その言葉に、辺りが静寂に包まれる。けれど姫は言った。
「十三が何故裏切りなのか、あたしには分かりません。けれど、少なくともあたくしの国では、十三は裏切りとは無関係です。日の本でも十三の名を持つ者はいて、十三(じゅうぞう)って言って、結構良い名前だと思うのですけど」
「十三、ですか・・・」
「んだよ。中々、格好良いじゃねぇか。ま、八十郎には負けるがな」
八〇一三は、口の中で十三の名を唱えていたが、やがて言った。
「分かりました。ならば、姫様が正式に下さると言うのなら、自分の名と致しましょう」
「正式に、ですか?」
八十八十郎の登場です。
登場人物の名に数字を宛てる事に、違和感を持たれた方がいらっしゃったのではないかと思いますが、わざとです。実はこれがやってみたかったのです。




