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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第四章
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第一話 英雄の名 前編

「緋色。あたし、田植をしようと思うの」

それは、メナンドロス邸に滞在し始めて三日目の、夕食の最中の出来事だった。

橘媛が、いきなり田植えをすると言い始めたのだ。

緋色が詳細を訊ねると、何でも、ワールドの食料庁から放出された農耕プラント衛星を、公社ごと買い取ったと言う。

「とてもお買い得だったのよ」

事も無げに言う姉に、緋色は目眩の様な物を覚えていたが、対価の金子は父の資産から既に支払い済みだと言う。

「勝手に使って、父上に怒られませんか?」

先日橘媛は、ムービーメイカーなる職の者を雇い、少なくは無い俸給を支払ったばかりである。

緋色が心配して訊ねると、姉はこの世界における、父の全ての権限を譲り受けており、そうした中には、当然この地に置ける財産も含まれているのだと弟に答える。

長い間放置されていた魔神の財産は、複利の金利により膨大な額に膨れ上がっていた。

使われぬ金子は死に金であり、経済に暗い影を落とす事から、そうした投資に金子を使う事は世の中の為にもなるのだと、姫は弟に教えていた。

そう言われてみると、かの青砥藤綱が、川に落とした十銭ばかりの金子を三貫文掛けて拾わせた故事もある。

経済に掛けては、姉の右に出る者はいないのだからと、緋色は安心して任せる事に決めていた。


「ですが、私たちがこの地に留まるのは半年程、今から稲を作っても収穫が間に合わないのでは無いですか?」

「農耕プラント衛星は、作物に最適な生育環境を作るから、地表で作る半分以下の期間で収穫出来るそうよ」

米ならば二月程度で収穫出来ると言う。

それは元々、菜々香の書き付けにあった着想だった。彼の側女は銀河文明に付いても調べ上げ、二人の荷に稲の種籾を忍ばせていたのである。菜々香の機転、恐るべしだった。

だが、そうした事で有れば、米は是非食べたい。

メナンドロス邸での食事は随分と改善されていた。

元々、腕の良い料理人が調理を任されていた事もあって、姉弟の食の好みを知ると、二人にも食べられる美味しい料理を作ってくれていた。

市場で見つけた長粒米を使った焼き飯などは、姉弟で争って食べる程であったが、日の本で生まれ育った二人としては、手に入るので有れば、やはり白い飯を食べたい。

二人は八〇一三を伴って、姫の買い取った農耕プラント衛星の視察する事を決めていた。


   ◇   ◇   ◇


緋色は、漸く念願の星船に乗る事が出来て上機嫌だった。

星船と言うよりも艀の様な簡易宇宙艇で、近場の転送ポイントから農耕プラント衛星のあるラグランジュポイント迄のほんの短い旅ではあったが、それでも立派な星船の旅である。

でも、八〇一三の操縦により衛星が近づき、その全容が知れるに連れて、姉弟の表情は真っ青になってしまっていた。


「ね、姉さん。これは・・・」

「ごめんなさい。ちょっと、計算を間違えちゃったみたい・・・」

橘媛は衛星の大きさを、百町歩(およそ100ヘクタール)程と思いこんでいた。

しかし、この町歩と言う面積の単位は、町と言う長さの単位と間違え易い。

実際のプラント衛星は百町の二乗、つまりは一万町歩(およそ一万ヘクタール)程の超巨大衛星だったのだ。

「ははは、なに、端っこの所だけを使えば、何の問題も有りませんよ」

弟が姉を慰める。

でも、橘媛は涙目になっていた。

「どうしよう・・・。同じの八つも買っちゃった」

「姉さん!」

「だって、お買い得だったんですもの。まとめて買えば50%オフで、こんな出物は、早々ありませんよって・・・」

艀の操縦席で、八〇一三が爆笑していた。

身体を震わせて、涙を拭いて言う。

「良いじゃないですか。時間保管庫がありますから作物は腐らせる心配も無いし、余った分は売ればいい。私は好きですよ、あのお握りとか言う食べ物は。合成食料より数倍美味しいし健康的だ。それに、古いプラントですから複数台あれば、メインテナンスの部品取りに使えますし、環境を変えて、違う種類の作物を作る事だって出来ます。大丈夫、無駄にはなりませんよ」

「本当?」

八〇一三の言葉に、橘媛が明るさを取り戻す。

けれど緋色が言った。

「ですが、あれだけの規模の衛星を運用するのに、流石に私達だけでは・・・」

操縦席越しに八〇一三が、緋色にも笑い掛ける。

「それも大丈夫。私には暇を持て余した仲間が居ますし、あの手の衛星は運用した経験もございます。何の心配も要りません」


   ◇   ◇   ◇


「ファウストの嬢ちゃんてのは、えらい別嬪さんじゃねえか」

八〇八〇が、品の無い笑いを発しながらそう言った。

「控えろ八〇、相手はお姫様だぞ」

「そいつは済まねえ。何しろ俺らは、海兵隊上がりのゴロツキだからな」

「ゴロツキはお前だけだ、八〇」

「そう言うな、一三」


プラント衛星の司令室には、三〇人余りの老人達が集まっていた。

皆、ファウストの複製体で、八〇〇〇番から、八〇九九番迄のナンバーズだった。

八〇〇一が皆を代表して橘媛の正面に跪く。

「我ら八千番台は、あなたの父親であられるファウストに大恩があります。お役に立てる事が有れば何なりとお申し付け下さい」

「けれど・・・」

老齢の者達を前にして、躊躇する橘媛に八〇八〇が言った。

「何も遠慮するこたあ無い。ここに集まったのは、日がな猫を抱いて暮らすしか能の無いボケ老人共だ。けれど、老いているのは心だけで、身体は若者と変わらない。姫様にこき使って貰えりゃ、心が若返って少しは長生きも出来ようってもんさ」

「ボケ老人はお前だろ、八〇!」

八〇三四が野次を飛ばす。

けれど八〇〇一は言った。

「八〇の言っている事は真実なのです。この世界では、外見は精神年齢の反映なのですから。成すべき事を果たし終えた我らに、姫様の助力が出来るのならば、こんなに嬉しい事はありません」

三〇余人の視線が集まって、そして橘媛は決断していた。

ペコリと頭を下げる。

「なら、宜しくお願いします。お給料はちゃんとお支払いしますので」

「だからそんなのは良いんだって。俺たちゃ、後は死ぬだけの年金暮らしだ。日々の暮らしに不足は無い。そうだ、代わりと言っちゃ何だが、ここのプラントが巧く行ったら、俺達にもお握りとか言うのを御馳走してくれないか?」

『はい!』

八〇八〇に向かって、姫が嬉しそうに微笑む。

そして、少しだけ考えてから言葉を付け加えた。

「皆さんに、一つだけお願いが有るんですけど・・・」

「今更遠慮は無しだ、何でも言ってくれよ」

姫がおずおずと、言葉を選びながら言った。

「あの、皆さんの数字のお名前って、何とかなりませんか?」


「はぁ?」


近々に章構成を変更しようと考えています。

具体的にはサブタイトルを、第○章、第○話 ○編と言った形に変更する予定です。

改の字が並ぶかも知れませんが、文章の内容は変わりませんので読み返す必要はございません。

※5/31に実施しました。

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