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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第三章
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第五話 英雄の行方 後編

いやいやいやいや、待て、待ってくれ。


「お父様は、始まりの男と呼ばれていました」

橘姫がそう言うのを聞いて、ヴェロスは呆然としていた。

驚く事が多すぎて、何から驚いたら良いのか分からない位だった。

それならこの少女は、ファウストの娘なのか?

普段なら笑い飛ばす与太話だったが、メナンドロスの存在が少女の話を裏書きしている。

何より、出会ったばかりのこの少女自身が、自らの出自を証明していた。

職業柄ヴェロスは人を見る。嘘を付いていれば、それがどんなに優秀な役者であろうと見抜ける自信がある。

ファウストの娘だと言われて、それを信じさせるだけの物を、ヴェロスは少女の中に見つけていたのだ。

ならば話の前提条件が全て違ってくる。

少女の存在自体が告発文になってしまう。


「ハインドは、知っているのか?」

メナンドロスがぴくりと反応して、ヴェロスはそれだけで話の筋立てが見えた気がしていた。

少女が、多分ファウストが、それを許さないのだろう。

メナンドロスは政敵を追い落とす為の切り札を手に入れて、それを使え無いでいるのだ。

「ハインドって誰なんですか?」

橘媛がヴェロスに訊ねる。

公主はまだ少女に伝えて居なかったのかと思い、公主という立場上、それが出来無いでいたのだと気が付いた。

「ハインドって言うのは、ファウストと同じあざななんだ。ファウストがfore(前)と言う意味でのhind(後)。二番目の男の事さ」

「なら、セカンドさん、って事ですよね」

知り合いを見つけたような顔で橘媛が微笑む。

でも、ヴェロスは首を振った。

「その名前は、ワールドの住人なら誰も使わない。彼はあくまでhind(後)で、behind(裏側)な奴なのだから」

姫が首を傾げる。

「証拠は無いんだ。だから今も、彼がファウストが居るべき立場にある。だが、この世界の者なら誰でも知っている事だ。彼は裏切り者で、だから彼が、ファウストを壷に閉じ込めた犯人なんだ」


   ◇   ◇   ◇


戴く者を過たなければ、独裁政治は人々に最大限の幸福をもたらす。

現にファウストは、軍事独裁政権を持って銀河連盟を構築し、ワールドを建設して、人類の敵を銀河の彼方へと追いやった。

人々は、来るべき繁栄の時代に歓喜したのだ。

それは独裁だからこそ出来た事で、他の政治形態では決して実現出来なかっただろうと言われている。

けれど、繁栄の時代は遣って来なかった。

それは、ファウストと共に消えてしまったのだ。


戴く者を過った独裁政治は、人々に最大限の不幸をもたらす。

ファウストに成り代わったハインドの政権は、人々に上意下達の管理社会をもたらせた。

それは、遅効性の毒のように、人々から活力を奪う社会だった。

その後ワールドは、メナンドロスらが中心となって半議会制の民主主義国家となったが、あくまでも半であり、軍部の主権は堅く、独裁者を罷免する事は不可能だった。


そんな中で、ハインドがファウストを裏切ったのだと言う噂は、まことしやかに伝わって行った。

人々は、嘗ての英雄を求めていたのだ。


   ◇   ◇   ◇


「それでも告発はしません。誰であろうと、お父様を壷に閉じ込めた罪を、購わせる事もしません」

橘媛はそう言い切った。

姫はハインドを裁かない。けれど、ハインドはどう出るだろうか?


「あなたは降りた方が良い」

メナンドロスがヴェロスにそう言った。

「才能云々では無く、危険が及ぶ可能性があるわ。美帆には、私の知るムービーメイカーを紹介します」

ヴェロスにとって、正直それは有り難い申し出だった。

独裁者の気に障る動画を作るのがどんなに危険か、少しでも頭の回る人間なら誰でも分かる。

けれどヴェロスは、橘媛が微笑むのを見てしまっていた。それに、姫が作り上げようとする映像を、ヴェロス自身が見てみたかった。


「タチアナ姫」

ヴェロスがそう言うと、緋色が吹き出した。

姫がもの凄い形相で弟を睨み付ける。

ヴェロスに向き直って言った。

「た・ち・ば・な、です!」

「済まない。異星の名前は発音し難いんだ。それでタチアナ姫」

「美帆で良いわ」

姫が諦めたように言った。

「お姫様が映像を作るのに、どうか協力させて欲しい」


銀河英雄、無敵の魔神。ファウストを主題にしたムービーは、それこそ星の数程有った。

けれど、人間としてのファウストを扱った作品は一つとして無い。

それは、必要以上にファウストを神格化しない為の軍部からの要請だったのだ。

人間としての魔神。

けれどそれは、ムービーメイカーならば誰しもが挑戦したいと考える題材で、例えそれが自分の最後の作品と成ろうとも、不足は無かった。


何故か異国の花の香りがした。

橘媛がおずおずと手を差し出すのを見て、ヴェロスはそれが、そんなに間違った選択では無かったのではないかと、そう思っていた。


盛り込み過ぎを懸念しながら書き進めています。

理解しずらい等、御感想を頂けると助かります。

※5/31に章立てを変更。内容の変更は有りません。

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