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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第三章
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第四話 英雄の行方 前編

いつまでも食料品店の店先で話している訳にも行かず、居場所をレンタル・オフィスへと移していた。

そこは、時間貸しの貸し事務所で、回線の太い端末が使える事から、ヴェロスが動画作成の作業場所として良く使う場所でもあった。


「つまり、君が作って欲しい動画ってのは、ご両親のメモリアルビデオって事なのか?」

橘媛が頷く。

ヴェロスにとって、それは期待外れの依頼だった。

メモリアルビデオとは、個人の思い出を編集した動画で、要は結婚式の披露宴で流される、新郎新婦の紹介動画の様な物である。

需要はそれなりに有って、ヴェロスのようなフリーのムービーメイカー達の主な収入源ともなっていた。

でもそれは、見る者が友人知人のみの、関係者以外の者には何の面白くも無い映像である。

制作者の名を上げる物とは成り得なかったのだ。

しかし、年若い少女が業者に制作を依頼する動画が、その位の物である事は有る意味当然とも言えた。

それに、それでも仕事は仕事である。

前金で幾らか貰えれば、食い繋ぐ事が出来る。文句を言う筋合いの物では全く無かった。


「お話は、一応作って有るんです」

そう言って、橘媛が懐から巻紙を取り出した。

文章は姫の郷里の大和言葉で書かれていて、勿論ヴェロスに読む事は出来なかったが、それでも彼は巻紙に沢山の推敲の跡が有るのを見逃さなかった。

「えっと・・・」

「私の方で翻訳を致しましょう」

橘媛が、ヴェロスが読めない事に気が付く。

直ぐに黒猫が翻訳を名乗り出て、殆ど間を置かずに、翻訳した冊子がデスクの上に現れた。

「便利な物ですね」

姫の許可を取って冊子を手に取り、ヴェロスが内容を確認する。

ヴェロスは橘媛の父親が、波乱に満ちた人生を送って来た事に、感嘆の声を上げていた。

文章もこなれていて、読み応えがある。ヴェロスは直ぐに物語に引き込まれて行った。

橘媛は物語の書き手として、中々に優れていたのだ。


「面白い。面白けれど、でも、これがもし本当だとしたら、明らかな犯罪行為が行われていた事になる」

「犯罪行為?」

姫がきょとんとした表情で訊き返す。

「そう。時間停止システムを使った、拉致監禁は重大犯罪だ。これが事実だとしたら、君のお父さんは宇宙船の救難カプセル、いわゆる時間の壷に閉じ込められて、辺境の星に流された事になる。しかも、カプセルの救難信号は、どんな事が有ろうと無視出来ないのは常識だ。ここに有るように、お父さんの救難要請が無視されたのだとしたら、それは、救難要請シグナルに違法な改造を加えられていた事になって、二重の意味での重犯罪なる」

「それは、お父様を壷に閉じ込めた者が悪人だと言う事ですね。そんなのは当たり前です」

橘媛にヴェロスは首を振った。

「いや、当たり前とか、そんな事じゃなく、君は司法当局に告訴すべきなんだ。例え犯人が死んでいようと関係ない。救難カプセルメーカーを訴えたって良い」


   ◇   ◇   ◇


「何故、そんな事を言うの?」

橘姫のその表情に、ヴェロスは思い切り狼狽えていた。

親切で言った積もりが、姫が顔を曇らせ、首を振っていたからだ。

「何故って、そんな・・・」

「だって、あなたは知っているじゃない。復讐よりも、素晴らしい事があるって」

それは、後頭部をバットで殴られたような衝撃だった。

「だって、だってそんな・・・」

ヴェロスはようやく気が付いていた。少女の笑顔の意味、自分が選ばれた訳。

なら、少女の創ろうとしている動画は、ただのメモリアルビデオでは無いのではないか?

プロットの原本に加えられていた、執拗な推敲の跡を思い出す。

自分はこの本に込められた想いを、幾らも理解していないのだと思い至る。

でも、もう一度を取り上げようとした冊子が机の上から無くなっていて、少女の供の一人が、それを食い入るように眺めていた。


供の者から冊子を取り戻そうとして、邪険に腕を払われる。

文句を付けようとして、それが、知った顔で有る事に気が付いた。

「メナン、ドロス・・・」

間違い無かった。彼女は紛れもなく、この星の最重要人物なのだ。どうして公主がこんな所に?

でも、そんな事よりも、彼女は冊子を読みながら涙を流していた。

「酷いわ。こんな風に心を縛ってしまったら、ファウストは二度と帰って来れないじゃない!」

それなりに感動的なストーリーでは有ったが、泣くような筋立てでは無かった筈。


『ファウストだって!!』

公主の言葉に、ヴェロスは弾かれた様に立ち上がっていた。

ファウストって誰だ? けれど、それが彼の人ならば知らぬ者などはいない。

銀河英雄、無敵の魔神。けれど現代に置いて、彼がなお人々の支持を得ているのは、彼が清廉潔白な人物だったからだ。人々の安寧を願い、ワールドを建設した人物の名が何故ここに出てくる?

「まさか、そんな・・・」

そしてヴェロスは、メナンドロスの想い人の噂を思い出していた。

目の前のこの人物は、彼の英雄を想い、二十万年を待ち続けて居るのだと。

まさか、嘘だろ・・・。


「この壷の魔神ってのは、ファウストの事なのか!?」


※5/31に章立てを変更。内容の変更は有りません。

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