第二話 買い物 中編
「ちょっと待ってくれ。今日には入金の予定だっただろ? それをいきなりキャンセルとか、あり得ないだろう」
ヴェロス・ストリェラーはムービーメイカーだった。
ムービーメイカーとは映像コーディネーター。一言で説明するのなら、映画監督の様な職業である。
二年前まで大手のビデオ配信プロダクションに勤めていたが。今はフリーランスで、羽振りは大変宜しく無かった。
今も、あてにしていた取引先に入金を断られ、茫然としていた所だった。
数日前に入稿したショートムービーが、不採用になったのだ。
食料品店の店先で、今や珍しくなった公衆電話の受話器を戻すと、彼は腰が砕けるように踞っていた。
彼自身は、自分には才能が有ると信じていた。
下積みを経て、漸く手掛ける事が出来たショートムービーは、ネットワーク検索でも常に上位百位以内にランクインしていたし、クライアントの受けも良く、大手軍需産業のプロモーションだって手掛けた事があった。
彼が構想していた大作ムービーにも、スポンサーが興味を示し始め、正に後もう一歩と言う所まで来ていたのだ。
ただ、そのもう一歩が届かなかった。
出張旅費の二重取とかいう、本当に下らない嫌疑の為にプロダクションを首になった。
後から考えて見れば、あれは、彼の成功を妬んだ上司の企てだったのかも知れなかった。
その時は、彼はまだ自分は遣れると信じていた。自分には才能が有るのだからと。
けれど、完全に成熟し、後退さえ始まった世界の中で、彼のようなフリーランスが活躍出来る場は極端に少なかった。
成熟した世界では安定こそが尊ばれる。
スポンサーは彼の名では無く、彼の所属するプロダクションにこそ金を払っていたのだ。
まだ若い彼にはその事が分からなかった。
いや、分かってはいたのだと思う。ただ、その現実が理解出来てはいなかったのだ。
ムービーメイカーは人気の職種だった。
一山当てる事によって、その後の人生が約束される。例えその確率が宝くじより希少であっても、若者達は皆、将来のスーパープロデューサーを目指し、ネットワークに動画を上げ続けるのだ。
それは、この成熟しきった社会に置いて、何の後ろ盾もない若者が成功する為の、殆ど唯一と言って良い道筋だった。
ヴェロスが自分の信じる才能を生かす為に、仕事としてムービーを作る道は絶たれていた。
だから彼は、泣け無しの経験を生かしてジャーナリスト紛いの仕事をし、探偵紛いの仕事をこなして、得られた僅かな収入を、趣味としてのムービー制作に注ぎ込んでいた。
彼も又、他の若者たちと同じ道を選んだのだ。
勿論ムービーの制作環境もプロダクションに属していた頃のような訳にはいかなかった。
動画制作に必要なプロセッサ(演算装置)やストレージ(記憶容量)も、個人で借りられる程ともなると高が知れている。
当然映像も彼のイメージする物とは、雲泥の物しか出来上がらなかった。
けれど彼は、自分はあともう一歩の所まで行ったのだから、自分ならば届くと信じたのだ。
少なくとも他の若者達よりは、ずっとましだと思っていた。だから、そうやって無限に広い一歩を越える為に、不毛な努力を重ね続けて来た。
けれどその努力も、もう限界の所まで来ていた。起死回生の為に個人で作り上げたショートムービーが、著作権に引っかかった。それも、元勤めていたプロダクションから、ヴェロス自身が作ったムービーの類似品だと訴えられたのだ。
そんな莫迦なと思った。
だが、訴訟を起こす金も無ければ、個人が企業を訴えて勝てる筈が無い。
その上、著作権で言い掛かりの着いた曰く付きのムービーに、金を払うクライアントなど居る筈も無かった。最早ヴェロス自身が、社会から抹殺されたも同然だったのだ。
◇ ◇ ◇
家賃を滞納して、殆ど無一文で部屋から叩き出された。所定の住居を失った者は、職にさえ有り付く事は出来ない。
もう何日もシャワーを浴びていない。それ所か、真っ当な食事さえしていなかった。
職を探しに行く気力が失せていた。どうせ、この身なりでは雇ってくれる所など有る筈も無い。
自分も収容所行きか。
何の感慨もなくそう思った。
社会不適合者収容所。それが、社会に自分の居場所を見い出せない者達が、最終的に行く場所だった。
そうした者達がどうなるのかは、誰も知らない。
辺境の惑星に人足として送られるだの、中には使用済みのレプリカント同様、タンパク質のスープに迄還元された後、新たなDNAを与えられて再生するのだとか、そうした都市伝説のような噂が囁かれていたが、本当の所は誰も知らなかったし、興味を持つ者も居なかった。
何故なら、自分がそうなる等とは、誰も思わないからだ。
もうどうでも良かった。
一つだけ、ただ一つだけ未練が有るとしたら、それは、自分が創る筈の大作のムービーの事だった。
それを、世の中に出して遣れなかったのが不憫でならなかった。
壊れ掛かった「世界」を、天使が救ってくれる。
そんな手垢の付いたストーリーだが、自分が創れば、他とは違った切り口で出来ると思っていたし、それなりに客を呼べる代物となった筈だった。
市場の片隅で、腹を空かせ、惨めに踞る自分を笑う。
道を行く者達が、汚い物でも見るように彼から距離を取り、通り過ぎて行く。
食料品店の店員が、ヴェロスを見ながらハンドフォンに話し掛けている。たぶん、保安機構にでも通報しているのだろう。
まだ、警察のご厄介になる訳にも行かないと、立ち上がろうとして、腹に力が入らなかった。
「万事休す。か」
そう呟く。
すると、まるで浮浪者のようなヴェロスに、声を掛けて来る者があった。
「何かお困りですか?」
中学生位の女の子が、そう話しかけてくる。
その少女は、見た事もないエキゾチックな民族衣装を身に着け、供の者を従えていた。
「姉さん。その様な者に声を掛けては・・・」
供の者が少女を注意する。それはそうだろう。ヴェロスが供の立場だったら、こんな浮浪者に声を掛けさせるなんて事は決してしない。
「だって、この人困ってるみたいだし、捨て置くのは、お父様の教えを違えるもの」
美しい。
ヴェロスはその少女を美しいと思った。
少女と女性の中間点に有る様な、独特の儚さがある。
それに、彼が知り得る女性には決して持ち得無い、確かな気品の様な物を感じさせた。
その少女はまるで、ヴェロスが理想とする救世の天使のみたいだった。
そして、それが美帆だったのだ。
※5/31に章立てを変更。内容の変更は有りません。




