エクスプローシブ・トラウマ
風が見えない爪のように肌を引き裂く。まるで空そのものが俺の皮を剥ごうとしているかのようだ。それは耳の中で唸り声を上げる——人間が聞くべきではない旋律。
俺はどれくらい落ち続けているんだ?何時間だ?何日だ?もはや時間なんて概念、俺には抽象的なものでしかない。
目が焼けるように痛む。速度に押されて眼窩の奥まで沈み込み、閉じることすらできない。無理やり見開かれ、この落下を目撃させられている。
涙が顔を伝って後ろへ流れていく。薄く、粘つく膜となって俺を覆う。それでも構わない。
見たくない。
この場所は嫌だ。奴らも嫌だ。
渦巻く闇の底からこちらを見下ろす、あの形をしたものたちも。
人間のどんな分類学にも属さない形。手足が多すぎるか、足りないか。泣き続ける穴。横向きに囁く口。観察されていない時にだけ開く目。奴らは優雅にも悪意にも動かない。ただ、「ここに存在する権利」を持って動く。嵐が雷鳴を轟かせる権利を持つように。重力が引く権利を持つように。火が燃える権利を持つように。
それは、この場所の下では決められた法則なのだ。
俺は侵入者だ。
奴らはこちらを見ている。全員が。その視線は冷たく、そして愉快そうだ。憎しみではない。愉快さだ。
まるで、好奇心旺盛な小さな生き物が、安全な場所から深淵へと飛び込み、「見て!」と叫んだかのように。
愚か者。
愚か者だ。
俺は落ちている。だが、もう「落下」という感覚じゃない。もっと——解かれていくような感覚だ。自分の身体という感覚が、糸を一本ずつ抜かれるように失われていく。まるで現実に忘れられていくかのように。
まるで、最初からここに馴染んでいなかったかのように。落ち続けるほど、上にあった世界がフィクションのように思えてくる。
怖い。恐ろしい。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
見たくない。
なノに、見テしまウ
そして奴らは、俺が見たことに気づく。
ヴェールが割れる。一瞬の、赦されざる明瞭さ。
この土地は……もはやそう呼ぶことすらできない。人間が決して名付けてはならない概念の、絡み合う糸で縫い合わされた、砕けた次元の格子だ。空気は裂け目そのもの。空は時を涙のように零す。
山々は、眠れる巨大な精神の思考で唸っている。その眠りが揺れるだけで、星々すら狂気に染まるほどの、規格外の存在たちの。
正気は、もう保てるものじゃない。冗談だ。玩具だ。切られて放置された糸だ。
そして俺は、声を出す。
最初はごぼりという音から。
それが上がっていく。高く。大きく。笑いとすすり泣きの中間にある何か。生々しく、湿って、壊れた何か。喜びからでも、皮肉からでも、ヒステリーからでもない。ただ——俺が今まで知っていたすべてが、こんな場所から俺のような精神を守るために作られた嘘だったのだと気づいたことから生まれた声だ。
俺の身体の奥から響いてくる、このリズミカルな音は何だ?
何なんだ。
ああ、笑っているのか、俺は。
他に何ができるって言うんだ?
そして——
ドシャッ。
反響のない音。慈悲のない鈍い音。地に塗り広げられた染み。草と石と、神なき大地に絡みついた、無惨な形。
ただの肉。骨。かすかに意識を残す精神。溶けかけた筋肉と思考のモザイク。
冗談だ。
奴らの冗談。
裂け目の狭間に住む神々は、沈黙のうちに見守っている。歓声を上げることもなく、呪うこともなく。ただ、記録するだけだ。
もう、「カイト」は存在しない。
ただ、
「墜ちた愚者」だけが。
✧ ✦ ✧
ドタドタという音。
さっきより大きい。ゆっくりと近づいてくる。
全身を掴む手。
逆さまの城。
玉座に座る女。
「ドジね。あの魚、あんたには良くなかったのに〜」
✧ ✦ ✧
「――ヒュッ!!」
肺が爆発するように開く。誰かが胸に針金を突っ込んでスイッチを弾いたみたいに。
地面に激しく倒れ込む。膝が芝生に叩きつけられ、両手をついて崩れ落ちる。地面は冷たく湿っている。現実だ。俺は起きている。生きている。
胃が何度もせり上がってくる。腕が震え、胸がガタガタ鳴っている。心臓が喉から這い出そうとしているみたいだ。汗が波のように噴き出す。
背筋を伝い落ち、シャツを肌に貼りつかせ、すべてが十倍も重く感じられる。
目が左右に揺れ、周囲の環境を理解しようとしている。おそらく充血していて、涙が伝っているんだろう。
髪が顔に張りつく。呼吸は、いや、喘鳴はめちゃくちゃだ。息を吸うたびにナイフのように肋骨を刺す。肺に空気が入らない。震えが止まらない。
口から唾液が垂れ、細い糸を作って地面に落ちる。今すぐ吐かないように必死にこらえている。目が瞬きすらできない。こうして固まったまま、地面をまるで答えがあるかのように見つめている。
ないのに。
未来なんて見えなかった。未来なんて見えなかった。
俺は本当に死んだんだ。あらゆる意味において。
予知や夢と呼べるようなものじゃなかった。あまりにも現実的すぎた。地面に叩きつけられた衝撃は、あまりにも現実だった。
暗闇への旅の中で何が起きたのか、俺は覚えていない。だが、覚えているべきではない気がする。
視線が右下へと引き寄せられる。かすかな白い光に。
あの忌々しい光る頭蓋骨が、俺の魂を覗き込んでくる。虚ろな眼窩が、耳障りな笑みを浮かべているかのように。
両手が拳に固まる。爪が土に食い込む。指の下に土が挟まり、皮膚を切っているのが分かる。ヒリヒリする、いや燃えるようだ。だが遠い。山火事の中の小さな残り火みたいなものだ。
泣きたい。だが、こらえなければ。騒ぎを起こしてはいけない。
胃がまた締め付けられる。吐きたい。もう動きたくない。
こんなの耐えられない。
やったことを知った後で、あいつらの目を見られるわけが――
「カイト、様子がおかしいようですが」
その声が霞の中を刃のように切り裂く。掠れて、落ち着いていて、聞き覚えがある。
キロス。
生きている。
生きている。
だが俺が殺したはずだ。
その記憶が銃弾のように脳を突き抜ける。奴の顔、血、あの真珠。止める間もなく身体が痙攣する。
もう堪えきれない。
胃の中で短い音が鳴り、決着がつく。
「クハッ――!!」
激しくえずき、口から胆汁が溢れて地面に飛び散る。喉を焼く苦い酸。咳き込み、むせる。全身が吐き気の波に震える。
息ができない。
こんな姿、見られるわけにはいかない。
コルスの身体が、突然の嘔吐に反応して緊張し、すぐさま動き出す。
「ハイアーガルド様!」キロスが背後に向かって叫ぶ。「カイトの様子がおかしいのです!」
「だ、大丈夫だから!」俺は彼が叫んだ方向へ向かって咳き込みながら言う。嘘だと自分でも分かっている。よだれと鼻水が顔を伝い、その言葉と真逆の証拠を晒している。
キロスが俺の腕を掴む。
「治療いたします。どうか持ちこたえてください」
彼の手は小さく冷たい。石のようだ。だが強い。強すぎる。振り払おうとするが、壁と戦っているようなものだ。
「は、放せ!大丈夫だって言ってるだろ!」
「明らかに様子がおかしいです、カイト!」
奴は俺を、まるで重さなんてないみたいに軽々と持ち上げる。抵抗する力すら残っていない。
吐瀉物が唇にこびりついている。袖で拭う。まるでそうすれば、自分がしたことをなかったことにできるみたいに。視界の細部が欠けている。世界がレンダリングを忘れたみたいに。
パニックになっている。
みんなの前で崩れ落ちていく。
そして、呪いのように、また起こる。
あの声が。
「どうしたの?」
ああ、彼女か。
俺 が 首 を 絞 め て 殺 し た 女 だ。
視線が彼女に向かって跳ね上がる。
ナビ。
生きている。目覚めている。困惑している。
死んでいる。眠っている。困惑している。
こちらへ歩いて戻ってくる。
その顔は落ち着いている。無傷だ。無垢だ。
だが俺は覚えている。彼女の目が充血していったことを。
覚えている。彼女が痙攣していたことを。
覚えている――
覚えている。俺自身のこの手で、彼女の喉を潰したことを。
なのに今、彼女はここにいる。まるで何もなかったかのように。
だが、あったんだ。
もう自分を保てない。
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」
✧ ✦ ✧
「ガキィン!」
金属同士がぶつかる鋭い音が森の中に響き渡った。武器がぶつかった箇所から火花が散り、束の間、暗い森を照らした。
アリヴィアは横に身を捻り、目の前に着地したゼンバイの振り下ろしを間一髪でかわした。
「その大きさの武器を持っている割には、随分と速いのね」
ゼンバイが軽い、どこか面白がるような口調で言う。
アリヴィアは何も答えず、ロングソードを大きく横に振り、相手の胴を狙う。
ゼンバイは軽々とそれをかわし、刃は近くの木の幹に鈍い音を立てて突き刺さった。
ゼンバイは剣の平らな部分に飛び乗り、腕を組んで見下ろす。その目には得意げな光が宿っていた。
その表情に、アリヴィアは歯を食いしばった。
技量が足りないわけではない。ロングソードの扱いは磨き上げられている。だが、この鬱蒼とした森の中では、その武器のリーチが仇となる。大振りは現実的ではない。木々が行く手を阻み、ゼンバイに全ての優位を与えてしまう。
明らかに、それを利用されている。
戦術を変える必要がある。突きに重心を移し、より狭い動きにするか、あるいは奥の手を使うか。
剣の上にしゃがみ込んだまま、ゼンバイはアリヴィアの頭を狙って素早い蹴りを放つ。アリヴィアはすんでのところで身をかがめ、髪の上を空気が鳴りながら通り過ぎる。
うなり声とともに、木から剣を引き抜く。ゼンバイは空中で後方に宙返りし、幹からの反動を使って再びこちらへ突撃してくる。鎌が構えられている。
アリヴィアは刃を上げてその一撃を受け止めるが、あまりの力に数歩後ろへ押し返された。
その反動に逆らわず、むしろ利用する。勢いを両腕に流し込み、全身を回転させて、次の一撃のために身をひねる。
ゼンバイが鼻で笑う。「無駄よ。正面からは勝てない。奥の手があるなら使ってみせなさいよ」
刃が空を切り裂き、獰猛な弧を描く――
だが、アリヴィアの足が突然地に食い込み、動きを止める。
彼女は刃の柄と刀身の中間を、籠手をつけた手で半剣の構えのまま掴む。制御された力とともに、突きを繰り出す。
ゼンバイの目が見開かれる。彼女は身を反らし、剣先をぎりぎりでかわす。
「フェイントですって?!その大きさの武器で?!」
体勢を立て直し、アリヴィアは息を整えながら再び武器を構える。
「勢いは双方向に働く」彼女は息を切らしながら言い、武器を元の構えに戻す。
二人は暗がりの中で再び睨み合い、円を描くように動く。どちらも瞬きすらしない。相手の構えのわずかな兆候を待っている。
ゼンバイの姿勢が変わっていた。先ほどまでの余裕は消え、代わりに警戒が見える。
最初は、アリヴィアを、重い刃を力任せに振り回すだけの、粗野で無謀な相手だと思っていた。
だが今は――
今ははっきりと見える。相手の目の中に。
これは、自分の武器を極めた人間だ。
アリヴィアもまた、相手を注意深く観察していた。ゼンバイの反射神経は尋常じゃない。まるで、こちらの攻撃の軌道を一瞬前に予測しているかのようだ。
もし、そうなったら――
もし本当にそうなったら――
自分の能力を使わなければならない。
自分の能力を使わなければならない。
「さあ、私の愛しいアリ!あんたに勝ち目はないでしょうね!その力を解放しなさいよ!」
女が両腕を広げ、嘲るような格好で呼びかける。
アリヴィアは歯を食いしばる。
認めたくはないが、ゼンバイの言う通りだ。
このままでは勝てない。この地形では無理だ。木々一本一本が振りを制限し、相手はまるで木々の間を舞台のように踊っている。半剣術でさえ、短い隙にしか有効ではなく、その効果も薄れつつある。ゼンバイは適応してくる。いや、今まさに適応している最中だ。
空き地の反対側からため息が聞こえる。落ち着いて、どこか面白がるような声で。
「なるほどね」ゼンバイがようやく口を開く。その声は変わっていた。相変わらず軽いが、獲物を狙うような響きが混じっている。「本気を出さないつもりなら……」
彼女は右目を覆う包帯に手をかけ、引っ張る。
布が落ちる。その瞬間、アリヴィアの胃が沈んだ。
森の中に、光り輝く鮮烈な緑の光が滲み出た。相手の虹彩はもはや人間のものではなかった。細長く鋭く、切れ込みの入った不気味な輝きを放つ爬虫類の瞳。蛇のような。
「動くな」
アリヴィアの本能が視線をそらせと叫ぶ。
だがそらせない。
それが攻撃そのものだったのだ。
身体が凍りつく。
ロングソードが指の間からこぼれ落ち、芝生に鈍い音を立てて落ちる。手足が固まる。目に見えない鎖が締め付けられるように、胸に押しつぶされるような圧力がかかる。全身の筋肉が、まるで鉄の針金で縛られたように痙攣する。
指一本すら動かせない。
「どうしたの、アリ?」
ゼンバイが悠然と歩み寄ってくる。両手の双子鎌がそれぞれの歩みに合わせて緩やかに回転している。金属の唸る音が沈黙を満たす。アリヴィアはその音が近づいてくるのをただ見ていることしかできない。近づく。近づく。
額から汗が滴る。
息ができない。
息ができない。
ゼンバイがアリヴィアの前に膝をつく。片目はまだ輝いている。口元には目に届かない笑みが浮かんでいる。一本の指でアリヴィアの顎を持ち上げ、嘲るような、それでいてどこか優しい口調で囁く。
「あんた、ほんと可愛いわね」彼女が囁く。「こんな顔、台無しにしたくないんだけど」
左手の鎌がアリヴィアの首元、ほんの数センチのところに浮かんでいる。これ以上近づけば、皮膚を貫いてしまう。
「でも、かなりの報酬をもらってるのよね」
反応はない。
これは何かの能力なのか?聞いたことのないセヴェラントの機能なのか?いや、彼女は武器を使っていない。
なら一体、これは何なんだ?
相手の動きと目を観察しながら、アリヴィアの頭は答えを探して駆け巡る。
その沈黙の中で、閃きが訪れる。
ゴルゴン。
ゼンバイは人間じゃない。ゴルゴン、あるいはゴルガリ。稀少な種族の一つで、戦況を単眼で覆すことができる。ほとんどが女性で、その眼差しだけで麻痺を引き起こす。両目を晒せば、一瞥だけで石化、あるいは殺すことすらできると言われている。
ゴルガリが稀少である最大の理由は、単純だが暗いものだった。斬首された際、その頭部が稀少な物質へと結晶化するのだ。その物質は極めて強靭で、ほぼ破壊不可能とされ、高値で取引される。
だからこそ、この種族はほとんど常に社会から身を隠し、特徴を覆い隠して生きている。
なんとも哀しい生き方だが、それがこの世界の理なのだろう。
ゼンバイの右目が再び脈打つ。瞳の中の像が、互いを食い合う無限の螺旋を描く蛇のように歪んでいく。それがアリヴィアの視界を渦のように引き寄せる。
もう鎌が見えない。頭上に構えられ、今にも振り下ろされようとしている、あの鎌が。
「あんたの頭、部屋に飾っておこうかしら」ゼンバイが呟く。「こんな美しさ、無駄にはできないもの!」
鎌が陽光に光る。
パアンッ!
銃声が空気を切り裂く。鳥たちが空へと飛び立つ。木々が震える。
ゼンバイがその音にびくりと反応する。
コルス。
アリヴィアの頭に即座に登録される。コルスのセヴェラント拳銃――グルームの音だ。
ゼンバイはミスを犯した。
視線をそらしたのだ。
一瞬の動きの中で、アリヴィアの身体が反射的に動く。手が腰へと落ち、隠していたナイフの柄を握る。片手の下からの一突きで、ゼンバイの喉を切り裂く。
皮膚は抵抗なく、布のように容易く切れた。見事な一撃だった。
血が噴き出す。細く赤い弧が宙を舞い、地面に降り注ぐ。
続けて鋭い蹴り。アリヴィアのブーツがゼンバイの腹に叩き込まれ、よろめかせながら後退させる。
残酷ではあるが、これは距離を取るためだ。喉を切られていても、まだ攻撃してくる可能性がある。
ゼンバイがよろめく。喉を詰まらせている。
両手が喉に伸び、必死に出血を止めようとする。指の間から赤いものが溢れ出す。手足の連携が失われ、バランスを崩している。
アリヴィアは躊躇しない。
腕の内側で刃を拭い、鞘に収め、ロングソードへと手を伸ばす。
その目は一瞬たりとも相手から離れない。相手の切迫した表情とは裏腹に、その表情はぞっとするほど冷静だった。
ゼンバイの目は、かつての得意げな色を失い、大きく見開かれていた。信じられないというように。
まだ喉を詰まらせている。
まだ詰まらせている。
あまりにも長すぎる。
アリヴィアの眉根が寄る。何かがおかしい。
なぜ倒れない?あの傷は――
そして、突然――
「アハハ……やられたわね」ゼンバイが咳き込みながら言う。血に染まった包帯に覆われた口元が弧を描く。「認めるわ、あれは予想外だった。まったく、振り返るなんて馬鹿なことしたものね……」
彼女は背筋を伸ばし、鳴らしながら首を回す。
アリヴィアは一歩下がる。
死んでいない?いや――あの傷が……治って……いる?
アリヴィアの目は高速で相手の身体の異常を分析しようとする。
「……」
その身体は――
その身体は、解けていっていた。
そうとしか表現できなかった。まるで包帯が自ら剥がれ落ちていくように、その姿は崩れ、そして編み直されていく。首の傷が閉じていき、皮膚が糸のように織り込まれていく。
再生している。
アリヴィアの目が恐怖に見開かれる。
ゼンバイの腕が前方に突き出される。手足が解けて、鞭のように伸び、捻れる――
それがアリヴィアのみぞおちを容赦なく打つ。
「――ガハッ!」
肺の空気が全て逃げていく。
回復する間もなく、次の一撃が顔面を捉え、後方へと吹き飛ばされる。空と草が入れ替わるように世界が回転する。
地面に叩きつけられ、転がる。
一体何だったんだ、今のは?
土を掻きながら、方向感覚を失う。肺が焼けるように痛む。肋骨が疼く。血が唇を汚す。姿は今、影に包まれている。大きな木が頭上に迫っている。
ゼンバイの能力について――
名前は呼ばれていない。セヴェラントの機能ではありえない。
呪文も唱えられていない。ソーサリーの魔法でもありえない。
体勢を整え、よろめきながら立ち上がり、見上げる。
ゼンバイの身体が再構成されていく。突き出された腕が元の位置に折りたたまれ、糸巻きを巻き戻すように肉と筋肉へと形を変えていく。
口元を覆う包帯の曲線が、限度を超えて曲がっていた。まるで顎が大きすぎるかのように。
「あんなことしちゃって、ほんと悪いと思ってるのよ」彼女が笑う。「でも、あの顔……」彼女はうめくように言う。
再び足を踏み出す。
アリヴィアは自分と包帯の女との距離を計算する。六メートル。
ゼンバイは話し続ける。
「あんたがここでド派手な能力でも解放してくれるんじゃないかって、本当に期待してたのよ。大抵こういう戦いってそうなるものだから。でも、あんたは使わなかった」
五メートル。
「じゃあ……あんた、能力なんて持ってないのかもね。ただ、この騒動に巻き込まれただけの、普通の女の子とか」
まだ五メートル。
アリヴィアの手がぴくりと動き、口元へとにじり寄る。
ゼンバイがのんびりと手を振る。
「ああ、これ?これはセヴェラントじゃないわ。ソーサリーでもない」
一拍置く。
「これは、ヴォケーションよ」
四メートル。
アリヴィアの身体が強張る。
ヴォケーション?
なるほど。
それは、パターンの中に存在する五つの主要な道の一つだった。精霊との契約ではなく、概念、真理との契約。「理念」。生きることでしか完全な発現を許さない、自らを何か以上のものへと形作る誓い。
契約を結び、力を得る。
だが、概念が強ければ強いほど、それは稀少だった。そして、その力を保つためには、自らのアイデンティティがより絶対的でなければならなかった。
例えば、激情的な気質を持つ者は、熱のヴォケーションの力を扱えるようになる。だが、もしその人物が時間をかけて徐々に落ち着いていけば、その炎もまた鎮まっていく。
ヴォケーションの使い手は他の道の力も扱えるようになるが、自らのヴォケーションの頂点に達した者だけが、他の道の次の段階へと進めるようになる。
それはまるで、「私が主として追求するのはお前だけだ。他の力はすべて、私にとって二の次だ」と言っているようなものだった。
メンタリティやパーソナリティを基盤とするヴォケーションも存在した。そちらの方がより一般的だった。
だが、この世界では、ある能力がもう一方より一般的だからといって、その戦闘における有用性が損なわれるわけではなかった。光のヴォケーションを扱う者だからといって、悲しみのヴォケーションを扱う者に負けないとは限らない。
女がさらに近づいてくる。
解く。
同胞の虐殺から逃れ、敵の社会に紛れ込んだこのゴルゴンは、この概念を体現していた。
彼女は再び腕を伸ばす。肌が揺らめき、姿を変える。
「私は解ける。そしてその真理を信じ続ける限り、生き続ける限り、私は決して崩れない」
彼女は微笑む。
「でも、あんたは?何もかも抱え込んでるみたいね」
ゼンバイはまだ知らなかった。彼女の時間はすでに尽きていたことを。
今この瞬間彼女が抱いている自信に満ちた振る舞いは、まもなく現実という冷たい風に消し去られることになる。
アリヴィアは数分前、自分の指を噛み、必要な分の血を流していた。
彼女の唇が動く。静かに、冷たく。
「ノクティロス3――拘束」
地面から手が突き出る。
紫色。ほとんど黒に近い。その形は不自然で、影の塊が爪のような形をしている。ただ暗いだけではない。虚無だ。奥行きもなく、光もなく、質感もない。見ているだけで違和感を覚える。まるで現実の中に存在すべきではないもののように。まるで誰かが絵を描き、それをページから引き裂いて現実に持ち込んだかのように。
その手がゼンバイの脚を掴む、反応する間もなく。
「?!」
彼女の頭が視線を落とす。手の中に鎌が現れ、切り下ろす。閃光が散る。彼女は力を込めてうめく。
だが、手は動かない。
アリヴィアはゆっくりと立ち上がり、籠手の甲で口の端についた血を拭う。動くたびに鎧がかすかに擦れる音を立てる。手をゼンバイに向け、指を銃の形に曲げ、血に染まった手のひらを見せる。
「私の勝ちよ」
ゼンバイの単眼が見開かれる。彼女はようやく相手が何をしていたのかに気づく。
「あんた……」
「あんた……ずっと……誘い込んでたのね……!」
ノクティロス級の呪文は特定の条件下でしか機能しない。夜。影。闇。日光の下では発動できない。影と光の間の契約は、対立の契約だから。
一方がもう一方を打ち消す。
だからこそ、アリヴィアは一撃ごとにゼンバイを追わなかった。
だからこそ、何度も後退し続けた。相手が、まさにこの木の影の真下に立つまで。
他の木々もそれぞれ影を落としていたが、この呪文の重みを支えるほど強力ではなかった。この一本の木だけが、その条件を満たすほど大きかった。
ゼンバイは黒い手に向かって何度も斬りつけ続けるが、どれも次第に必死さを増していく。それでも決して効かない。
彼女はもがく。身体が布のように風の中で解けていく。その姿が激しくのたうち、筋肉が締まり、血が荒々しく脈打つ。
だが無意味だった。
その手は、単に脚を掴んでいるだけではなかった。彼女の影を掴んでいたのだ。そして影の領域では、それは魂を掴んでいるのと同じことだった。
ノクティロス3は拘束ではない。処刑人の握力だった。
彼女の鎌が背後の土に落ちる。両手が自分の脚を、そして地面を、そして何もない空間を掻きむしる。呼吸が荒くなっていく。
その顔に絶望が滲む。
彼女は見上げる。
アリヴィアがゆっくりと、確実な足取りで歩み寄ってくる。
二人の目が合う。
ゼンバイは凍りつく。
アリヴィアの眼差しの中に、彼女は何も見出せなかった。喜びも、憐れみも。
ただ、すでに殺すと決めた者だけが持つ確信だけがあった。
殺人者の冷たい眼差し。
ゼンバイが口を開く。
だが、何も出てこなかった。
「雑魚に手の内を明かす趣味はないの」
✧ ✦ ✧
「死んで……そして時間を遡ったって言うの?」ナビが尋ねる。
その表情は読み取れない。不信と侮蔑の間のどこかにある。まるで、俺が完全に狂ったのか、それともただ哀れなだけなのかを見極めようとしているみたいだ。
これ以上彼女を見つめていたら、本当におかしくなってしまう気がする。
生と死の境界線……それは薄いものじゃない。剃刀のように鋭い。何かが死ぬとき、それは眠りじゃない。一時停止じゃない。消えるんだ。魂も、火花も、存在も、何と呼ぼうと関係ない、消え去る。残るのは、ただの物体だ。物。死体だ。それ以上でも以下でもない。死体は笑わない。死体は呼吸しない。死体はただ、そこにあるだけだ。
一方通行の道のはずだった。
なのに俺は戻ってきた。
そして今、俺が殺した同じ人間たちを見ている。呼吸し、動き、話している。
吐きそうだ。だがもう中身は何も残っていない。
もっと恐ろしいのは、それがどれほど簡単だったかということだ。何の躊躇もなく、まるで当たり前のことのように。これが一番、俺を怯えさせている。
俺はあいつらを、自分が抱えていた苦痛を和らげるための薬のように見ていた。
思考は静電気のようなものだった。まるで頭が水中に沈んでいて、絶望で泡立っているような。身体が止める間もなく動いた。本能が叫んでいた。神経が炎のように光った。それ以外の全てがシャットダウンした。
そして、しばらくはその方が良かった。
今は?今は、これと共に生きなければならない。
むしろあの状態に戻りたいくらいだ。少なくともあの時は、自分がしたことを処理する必要もなかった。
死とは……起きた瞬間だけじゃない。その後の感覚だ。
そしてそれは、もっと悪い。ずっと悪い。言葉にすること自体が、それを侮辱してしまう。
これほど堪えるとは思わなかった。この世界が……反撃してくるとは思わなかった。まるで罰のように感じるとは。
手が震えている。
だが、分かっていたはずだ。
この旅は、俺に与えられるものじゃなかった。それを甘く見ていた。これは夢じゃない。ルールがある。代償がある。
それでも……俺には何かがある。振るうことのできる、独自の力が。
こういう物語は前にも見たことがある。だが今度は、正しくやる。この力を最大限に使う。物語をコントロールする。壊れたりしない。
俺は違う人間だから。
俺は特別だから。
俺は――
なんで手がまだ震えているんだ?
キロスは黙っている。その表情は読めないが、姿勢の何かが、不確かさを物語っている。慎重さ。もしかしたら、怖がっているのかもしれない。俺にじゃなく――俺のために。
古い木にもたれかかっている。風が草を揺らし、冷たい空気がようやく胸の熱を鎮めていく。
口を拭う。息を吸い、吐く。
ようやく瞼が元の位置に戻り、神経からアドレナリンが抜け落ちていく。
「ああ、狂ってるように聞こえるだろうな。でも、今度は証明できる」
ナビはすぐには答えない。視線がどこかへ逸れる。
「……前にもそう言ってなかった?」ようやく彼女が言う。その声は柔らかい。ほとんど静かなくらいに。
「いや、違う、嘘じゃない――」
鋭い痛みが腹を突き刺す。腹を押さえてうめく。あの感覚だ。さっきほどじゃないが、まだ――
ビリッ
「クハァ……」
キロスが火の方を振り向く。
彼が見ているのは、焚き火の脇でまだ焼けている、半分食べかけの紫色の魚だ。
彼の身体がびくりと動く。
「カイト。あの魚を食べたのですか?」彼が鋭く言う。
「へ?あ、あ、ああ……?」
もう動いている。
突然、彼の手が俺の口の中に入り、あまりにも深く押し込まれて、えずく間もない。目が大きく見開かれる。
「?!」
腹の中で何かが強引に引き出されるような感覚。背中が反り返り、キロスが腕を引き戻す拍子に喉から悲鳴が裂ける。
その悲鳴は、俺自身からではなく、俺の内側から発せられている。
崩れ落ち、草の上に黄色い胆汁を吐き出す。
彼が何かを俺の横に落とす。重い音とともに。
見て、胃が沈む。
それは……蟲だ。
巨大な、二メートルはあろうかという寄生虫が、身をよじり、空気に噛みついている。真っ黒な身体には無数の脚が並び、牙を鳴らす触手状の顎を持っている。生きた悪夢そのもの、俺の内臓の体液にまみれてもがいている。
「なんだよあれ!」
逃げられる前に、空気を切り裂く閃光が走る。ナビのサーベルがそれをまっすぐに突き刺し、生き物を真っ二つに斬り裂く。緑色の体液が飛び散り、地面でジュッと音を立てる。
ナビは腕を下ろさない。
「ラーカーよ」彼女が言う。
俺は後ずさりし、自分の足に躓きそうになる。
「はぁ?!」
「これらの寄生虫は宿主に巣を作る。大抵、幽界渓谷の魚が最初の宿主ね」ナビが説明を始める。サーベルを回収しに歩きながら。「一度取り込まれると、内側から徐々に食い荒らしていく。臓器を一つずつ」彼女の声は冷たい。サーベルを拾い上げ、投げつけたことによる損傷を確認しながら。
キロスは二つに裂かれた身体の脇にしゃがみ、震える脚の一本を掴む。
「最初の宿主の中では小さく始まります」彼が説明する。生き物を揺らしながら。「そこから寄生虫は、宿主を捕食者にとってより魅力的に見せるようにします。より肥えているように見せかけて。そして、この生き物の味を、極めて美味なものへと変質させるのです。二番目の宿主、つまり最初の宿主を食べた捕食者の体内に入ると、成長を始めます。二番目の宿主を内側から食い尽くしていく、緩やかですが確実な過程です。完了すると、強力な毒を注入して脳を変質させ、自らを解放して世界へと脱出します。成体となった際には、想像を絶する惨事を引き起こすでしょう」
俺は二つに裂かれた生き物を見つめる。息が喉に詰まる。血がゆっくりとその身体の周りに広がっていく。見つめ続けた時間の長さを物語るように。
こんなものが、俺の中にいたのか。
胃はまだ疼いている。手は汚れている。口の中は金属と胆汁の味がする。
ただ、そこに座って見つめる。
静かに。
他に言うべきことなど、何もないから。




