獲物
1時間前
「はぁ、なんでまだあいつを殺してないの?」アリヴィアがうめきながら、椅子に深くもたれかかる。「それに、このマスク、息苦しいんだけど! 息するたびにどんどん苦しくなってく……!」
「いや。それは外すな。俺たちがこれを着けたまま捕まったのは、極めて幸運なことだ」コルスが答える。「ゴブリンはほぼ完璧な顔認識能力を持っている。それを遺伝的に受け継ぐことすらできる。もし俺たちがそれなしで逃げていたら、彼らは俺たちを不倶戴天の敵として記憶していただろう」
キュロスが無言で頷き、その事実を裏付けるかのようだ。
アリヴィアがさらに後ろへともたれかかり、椅子を後ろ足だけで支える。大きなきしみ音がその過程で響く。
グループが囲むテーブルは広く不揃いで、その表面は長年の使用で摩耗している。そのテーブルは今、即席の町広場にある掘っ立て小屋の下に置かれている。その小屋自体にはドアがなく、単なる座席スペースとして機能しているようだ。天井には藁が飾られ、地表から漏れ出る光から守っている。
外では、ゴブリンたちが通り過ぎていく、何体かは睨みつけ、何体かは無関心だが、結局のところ、その疑念は薄れていく。
彼らとタイロクスの間で、何かしらの意思疎通があったに違いない。
ナヴィは静かに座り、いつも持っている黒い布でサーベルを磨いている。その腕はほとんど機械的に動き、何の乱れもない。
アサカワは目を閉じ、会話には加わらずに耳を傾けている。
コルスがテーブルに前腕を乗せ、アリヴィアに話しかける。
「お前の苛立ちはわかる。この生物たちを簡単に排除することもできただろう。だが、タイロクス自身がかなりの力を放っている。彼の支配下では、このゴブリンたちですら、注目に値する戦力になり得ると疑っている」
「ふーん、ふーん」
アリヴィアが椅子をドンと前に戻し、注意と体をナヴィの方へと向ける。
「ねえ、ナヴィ、あんたのボーイフレンドが恋しいんじゃないの?」彼女が尋ねる、顎を両手に乗せながら。マスクの下で笑みが形成される。その意図は明らかだ。
「……」
ハイアーガルドから何の反応も出ない。彼女はまるで話しかけられてもいないかのように、サーベルを拭き続ける。
「あいつがあたしを追ってきても、あたし全然構わないけどね、知ってる? あたし、年上っぽい男好きなんだよね」
「……」
「はぁあ……最近、あんたずっと暗くて陰気ね。あんたみたいなのもう一人相手にするのは無理。もうアサがいるんだから」
アサカワが片目を開き、鈍い視線を彼女に向けてから口を開く。
「最近、あなたが奴隷とあまり話さなくなったことに気づきました。二人の間に何かあったのですか?」
ナヴィの手がわずかにつまずく。ほとんど気づかないほどに。よく観察していた者だけが、それに気づけるほどに。
もちろん、アリヴィアはすぐにそれに気づく。
「あら、あいつがあんたの気持ちを傷つ――」
一瞬の残像。
それが、次に起きたことに与えられる唯一の説明だ。
一拍前、ナヴィは座っている、次の一拍で、彼女のブーツはテーブルの上に乗り、サーベルはアリヴィアの口先わずか数センチのところに構えられている。
「話し続けてみなさい、そしたらあんたの舌がこのテーブルの中心飾りになるから」
「……ぐっ」
「……あんた、本当に変ね」アリヴィアが感心しない様子でため息をつく。
「ハイアーガルド様。落ち着きなさい」コルスが命じる、彼女の方すら見ずに。
アサカワは動じない。
だがキュロスは、爆弾のカウントダウンを見守る人間のような身のこなしをしている。
傭兵の集団の中では、こうした内輪もめは珍しいことじゃない。こうしたフリーランスの組織では、よくあることだ。
軍隊は共に育成され、共に訓練され、うまくやっていくことを強いられる。最初は互いを嫌うかもしれないが、必然的に馴染んでいく。そうした仲間たちは、その事実を考えれば、めったに互いに背き合うことはない。
だが、傭兵についても同じことが言えるとはいえ、彼らの核心は、単に金のために殺し、盗む個人の集まりでしかない。
それが彼らの心の最前面にある。家族や人間関係は二の次、あるいは、場合によっては三の次だ。
セイブル・ヴェイルは、組織として、こうしたことに馴染みがなかったわけじゃない。他の組織よりも統率が取れていたとはいえ、彼らにも小さな内輪もめの発作があった。もちろん、グループに割り当てられたリーダーなしには解決しないような類のものだ。
ナヴィがサーベルを鞘に収め、腕を組んで座る。前髪が目に影を落とし、すでに鋭い表情にさらに重みを加えている。
「コルシャク、次の一手は?」アサカワが目を細めながら尋ねる。
ワイトの姿勢がわずかに緊張する。
「タイロクスの『ゲーム』が始まるまでは、留まるべきだと考えている。監視されているのは承知しているが、少なくとも、できる限りの情報を集めるべきだ。彼が俺たちを自由にしたのだから、それを利用すべきだろう」
アサカワが腕を組む。
「彼が収容されている要塞を偵察しようとしましたが、警備が密集しています。それに、その周囲には呪文を無効化するルーンが設置されているので、その方法での監視も不可能です。現時点で、彼の暗殺は不可能です」
コルスがゴブリンの方を向く。
「キュロス、この『ゲーム』について、何か知っているか? どんな詳細でもいい」
キュロスが首を振る。
「このゲームが何を含むのかは存じませんが、もしそれが見世物に関連するものなら、おそらく闘技場で行われるでしょう」
彼が遠くにある、大きく粗末な構造物を指し示す。そのデザインは荒削りだが、意図が感じられる。その上には、洞窟の天井が大きく裂けていて、鋭い日光の筋が街全体を照らしている。
アリヴィアが口笛を吹き、それからキュロスを肘で突く。
「あんたを即座に殺さなかったなんて意外ね。追放されたっていうのに」
「私も驚いております」キュロスが認める。「もしタイロクスが私を、あなた方全員はおろか、生かしているなら、彼は何か危険なことを計画しているに違いありません」
「彼は自分の防衛に極めて自信を持っているか」コルスが結論づける。「あるいは、まったく別の攻勢を準備しているかのどちらかだろう」
「我々は、そのゲームの最中、あるいはその前に、あの闘技場を制圧しなければならないかもしれない。このゲームは、奴隷の解放に何らかの関係があると推測する」ワイトが締めくくる。
「……キュロス? あなたなの?」
全員の頭が振り向く。
小さなゴブリンがそこに立っていて、食料の入ったバスケットを抱えている。
「――ウリオス?」
「あんたらって本当に、名前の最後に『オス』をつけるの好きだよね――痛っ!」
「静かにしなさい」アサカワが命じ、アリヴィアの頭を鋭くはじく。
―――――――――――――――――――――――
現在
明るい太陽の中に足を踏み入れる、光が全身に爆発するように降り注ぎ、目を細めずにはいられない。ああ、暗闇にいたことは間違いなく体に負担をかけていた。ウォールに、いつも通り涼しい顔をしているあいつに、サングラスを貸してくれと頼みたい気分だ。
驚いたことに、スティルもこの突然の光の氾濫にまったく動じていないようだ。あいつの目、そもそも開いてるのか? まだわからない。
新しい仲間、アラックスと名乗った男でさえ、平気そうにしている。まあ、それも当然か、こいつは文字通り擬人化した昆虫なんだから。こんなの見たら、本当ならもっと動揺すべきなんだろうが、これまでいろいろ見てきた後だと、こいつは正直、それほどイカれてるわけじゃない。
アラックスはタミテだ。確か、何かより高位の魔術師種族だったはずだ。よくわからない。まだこの世界のルールに慣れようとしている最中だ。彼の説明の続きを教えてやれればいいんだが、今は周囲の状況に圧倒されすぎて余裕がない。
目がようやく慣れてくるにつれ、あらゆる方向から歓声が湧き上がる。ぼやけていた塊が、段々になった座席にひしめくゴブリンたちの群衆へと鮮明になっていく、興奮して跳ねながら叫んでいる。
視線が観客席をなぞる――
――そして、固まる。
腰に二丁のリボルバーを下げた、マスクの人物。
コルス?
その隣に、長い黒髪。アサカワ?
それにナヴィ?
なんであいつら、俺を見物してるんだ?!
あいつら、俺のことを諦めて、俺が死ぬショーを楽しむことにしたのか? いや、それは馬鹿げてる。何か計画があるはずだ。結局、俺のことは置いておいて、あいつらの本当の仕事は、あの一人の男を殺すために報酬を払っているこの奴隷たち全員を解放することだ、えっと……
そうだ、ゴルスロだ。
うわ、本当にずいぶん久しぶりだな。
ため息をつく。あいつら、俺が今この瞬間死んでも、本当に気にするだろうか? タイロクスに何らかの恨みを抱くだろうか? 俺がここで死んでも、瞬きひとつするだろうか?
……。
そうだ、あいつらにとって、俺はただの奴隷なんだ。
視線が再び座席を巡る、いわば二度目の確認だ。
このゴブリンたちは、基本的に俺が死ぬのを見物するために集まっている。もし俺がどうにかこの全部に勝ったら、たぶん暴動が起きて、それから何らかの形で競技場に群がってきて、それから俺の仲間たち全員が死ぬまで戦うことになるだろう。
……。
これはまずい。
メディアが俺をこんな風にしてしまった、文字通り俺が予想してるのはそういうことだ。
この全部が、まさにあの映画――『グラディエーター』っていう、ぴったりのタイトルの映画そのままの光景に感じられる。
まあ、実際の戦闘はないけど。ただのかくれんぼだから。
死の条件付きかくれんぼだけどな、それでも。
かくれんぼと言えば、アリーナ全体が濃い茂みに覆われ、人工の霧が木々の間を漂っている。古い構造物が霧の中から覗いていて、蔓に飲み込まれた腐りかけの家々もある。この闘技場の壁がここに建てられる前は、この場所は何かの集落だったに違いない。
「うわ、思ってたよりでかいな、ここ」ウォールが呟く、その声が霧の中に消えていく。
「同感だ」答える。
そのとき、あらゆる方向から同時に声が轟く。
俺たちは頭をその出所へと向ける。
「我が兵士たちよ! お前たちの前には、俺の敵がいる! 俺と同じく、自らの手による暴力を拒み、戦術に頼る者だ。この哀れな簒奪者は、その終わりを迎えるだろう! ルールはすでに説明した。ゲームはすでに始まっている。俺こそが、優れた知性の持ち主だ」
思わず顔をしかめる。
神様、あいつの声、まさに片頭痛の言語版だ。
「参加者諸君に告げる。制限時間が切れれば、アンブリオス系の呪いがお前たちの体を蝕み、命を奪うだろう。お前たちには、『隠れる者』を見つけるための1時間が与えられる。もし30分経過しても隠れる者を一人も見つけられなければ、お前たちのアルカナの蓄えが再び発動する」
「タイロクス……」アラックスが唸る、拳を握りしめながら。
そのメッセージが途切れると同時に、それまで足元にまとわりついていただけの霧が、突然膨れ上がり、アリーナ全体を覆い尽くす。群衆が霧の壁の向こうへと消え、煙の中で揺れるシルエットだけが残される。
なんで観客から俺たちを隠す必要があるんだ? まったくわからない。もしかしたらマジックミラーみたいな状況なのかもしれない。思考が、タイロクスの隣に隠れていたあのゴブリンへと戻る。なんでよりによって、隠れる側の仲間の一人を、俺の目の前に置いたんだ?
あれは意図的だったはずだ、それがさらに、この全体が俺と俺自身の間の戦いにすぎないという考えを強める。この全体が自分のためだけのものだと考えるのは、自己陶酔的なんだろうか?
まあ、理解できない人間にとっては、そうなんだろう。
髪を後ろへと撫でつける。
「あのクソ野郎、樹冠を霧で覆いやがった、これじゃ地形すら偵察できない」うめく。
「へえ、お前、なんかさっきより落ち着いたな」ウォールが言う。
「確かに。ついさっきまで、もっと不安そうに見えたけど」スティルが付け加える。
視線が二人の方へと落ちる。
「今この状況が、思ってたほど悪くないってことに気づいただけだよ」
二人が互いに顔を見合わせ、それから肩をすくめる。
今、俺たちは全員ただ立って待っている。おそらく誰もが多少なりとも、どこから始めればいいか考えはあるはずだが、礼儀からか、あるいは何か誤った指揮系統の意識からか、俺を待っている。
アラックスの触角がぴくりと動く。
「どうすべきだと思う? 俺には計画があるが、まず君の意見を聞きたい」
顎を叩く。
「お前が先に言えよ。お前の方がここに長くいる。俺たちの知らないこと、たぶんいろいろ知ってるだろ」
彼が頷く。「私が地下を掘るのを提案する、その間、君たち三人は地上を担当してくれ」彼が両手を上げる、キチン質の体が輝いている。
「うーん。魅力的だけど、やめとこう。この一帯は広大すぎる。地下に潜っても大して役に立たないだろう、そもそも、どれくらい深くまで行けるんだ? 俺たちはすでに地表から何千マイルも下にいる。地形はまばらだ。4人全員で地上をカバーするのが最適だ」
腰に両手を当てる。
「でも、この霧はイカれてる。俺たちが迷わないように、目印か道しるべが必要だ」
スティルが近くの木を指す。
「あれを使おう。ここを『拠点』にする。ここに火を焚いて、目印にするんだ」
「いい考えだな」
「木を切り倒すことなら私にできる」アラックスが付け加える。「そして余った部分を、大顎で削って、道しるべ用のチップにする」
「またいい考えだ」
「君たちがそれをやってる間」ウォールが言う、すでに一番近い木の幹を半ば見ながら。「俺はこの辺の木の一本に登ってみる。霧の上の視界が取れるか確かめてくる」
「俺は火起こしを手伝うよ」言う。
「よし」アラックスがカチッと音を立てる。「取りかかろう」
―――――――――――――――――――――――
当然、時間制限があるので、俺たちは驚くほど速く作業を進めた。全部でわずか10分ほどしかかからなかった。ウォールに何か見えたか聞いたとき、返ってきたのは断固たる「いや」だけだった。
ためらいすらしなかった。もっとよく見ようとするふりすらしなかった。ただ「いや」だけ。
アラックスは、それぞれ約40個の木のチップを作っていた。幸い、俺たちの服には破れたポケットがたくさんあって、それを押し込むには十分だ。おしゃれじゃないが、実用的だ。収納機能付きのボロ布。
火が目の前でパチパチと燃えている。燠火が上へと漂い、まるで小さな魂が逃げていくように顔の脇を通り過ぎていく。ほとんど催眠術のようだ。
霧に包まれたモンスターの縄張りを走り回り、頭上には魔法の死のタイマーが刻まれているという状況を、ほとんど忘れさせるくらいに。
すでに計画は話し合っておいた。スティルとウォールが闘技場の外周の片側を走り、俺とアラックスが反対側を担当する。
チップを落とし、迷わないようにし、死なないようにし、隠れる者を見つける。
言葉にすればすごくシンプルだ。
「じゃあ、決まりだ。もし迷ったら、ここが目印だ」空へと立ち上る煙を見つめながら言う。霧をまっすぐに突き抜けて上っていく、何マイルも離れたところからでも見えるくらい鮮明に。
「頑張れよ、K男。お前には必要だろうな」ウォールが笑う。
「お前も探すんだよな……? それに、またあだ名かよ……」
「一生懸命努力して、以前の自分を超えていくのが真理だ! 運なんて偽りの概念だからな!」彼が親指を立てる、サングラスが光を反射する。
「また矛盾商人が現れたぞ!!」
「ああ、君にも幸運を」アラックスが付け加える、片方の触角が同意しているかのように、渋々と揺れる。
スティルに頷きかける。彼がゆっくりと頷き返す。何かをためらいなく殺す覚悟を心の中で固めているときにする、あの類の頷きだ。
「みんな、ここから出よう。プロセスを信じてくれ」努めて微笑もうとしながら言う。顔の上でそれが乾いて感じられる。
すべての男たちの顔に、たとえ一瞬でも、前向きさが輝く。
「よし! 作戦開始!」ウォールが叫び、即座に霧の中へと駆け出す、まるで普通の速度で状況に入ることが物理的にできないかのように。スティルがほとんど音も立てずにその後を滑るように追う。数秒のうちに、二人は完全に飲み込まれる、まるで霧が二人を存在から消し去ったかのように。
あの二人、間違いなく長い付き合いだな。典型的なコンビだ――うるさいバカと、静かな処刑人。
アラックスの方を向く。
「よし。俺たちも探しに行こう。チップは持ってるか?」
「ああ」彼が胸部の側面を、工具箱のようにタップする。
俺たちは、もう一瞬だけそこに立ち尽くす。おそらく二人とも、相手が何か鼓舞するような言葉を言うのを待っているんだろう。どちらも言わない。ただ、二人の男が躊躇しているだけだ。
「よし」勇気を生み出せるとでも言うかのように、一度手を叩きながら言う。「ホラー映画に足を踏み入れる時間だ」
「それが何なのかはわからないが、行こう」
―――――――――――――――――――――――
10分が経った。
放棄された家々を引き裂き、地下室をひっくり返し、この場所が提供するあらゆる不気味な隅を這い回った。今、脱水症状の犬みたいに息を切らしながら、ドアを肩で押し開けようとしている、この状況にしてはあまりにも怪しすぎる何かを。隠れる者だけが、自分の身をこんな風に閉じ込めるはずだ。
「アラックス、このドア手伝ってくれ!」叫ぶ。
「カイト。中には何もない」彼の声が反対側から反響する。
「あ」
「……」
反対側の壁にある巨大な穴が、中に入ると視界に入る。ただの空の板とクモの巣。何もない。
「くそ」
「まだ40分ある。それで十分だ。続けよう」
頷き、彼の後を追う。霧に覆われた地面を目でなぞりながら、再び息が上がる。時間が刻一刻と無駄になっている。時間は、戦闘機よりも速く駆け抜けていくように感じられる。
状況にもかかわらず、ある考えがゆっくりと心に沈み込んでくる。特に重要なことじゃないが、それでも……
「アラックス、もし嫌じゃなければ聞きたいんだけど、なんでそこまでタイロクスに対して怒ってるんだ?」
言った瞬間、後悔が押し寄せる。もちろん彼は、自分を奴隷にしたモンスターを憎むだろう。それは別に、そこまで深い質問じゃない。
俺たちの足音が、湿った草の上でドスンドスンと鳴る。周囲の世界は静かだ。彼の昆虫のような背中だけが目の前にある、まるですべてを隠し続ける殻のように。
彼のペースが緩む。完全に止まったわけじゃない、ただ……緩んだだけだ。さっきまでは数ヤード先を歩いていた。今は、ちょうど俺の肩のあたりにいる。
「もし、俺が――」
「――今、そう言うのって、変な感じがするな」
黙ったままでいる。
「ほんの数日前、彼女はそこにいた。本物だった。存在していた誰かだった」彼の声が低くなる。「彼女を見ることができた。彼女を感じることができた」
風が変わる。葉がざわめく。霧すら一瞬止まったように見える。
「『いた』って、『いる』の代わりに言うだけで……まるで誰かが胸から何かを引き抜いたみたいだ。俺を支えてくれてたって、自分でも気づいてなかった何かを」
「彼女が俺を暗い場所から引っ張り出してくれた。彼女は、決して揺らがない唯一の光だった」
「そして……」
「そして、あの光線は……」
彼の息が途切れる。
もう、ほとんど小走りにすらなっていない。
「あの光は、死体へと変えられた。悔いのない怪物によって消された。彼女は鉄のようにすべてに立ち向かった。少なくとも、俺はそう信じてた。何も彼女を壊せないと思ってた」
彼が歩みを緩め、ついに歩くだけになる。
「これが最後のとどめなのかもしれない。あるいは、まだ俺がショックの中にいるだけかもしれない」
彼の声が震える。
「一度、彼女の腕にとげが刺さったことがあった。いや……彼女は笑いながら、俺にそう言った。後で、浴槽の中に、剣くらいの大きさの棒を見つけた、血まみれの」
彼が立ち止まる。完全に。
「……今、実感が湧いてきた」彼の声が割れる。
彼が俺の方を向く。
「……彼女は、もういないんだな?」
彼の両手が震えている。声が小さい、彼のような体格の者にしてはあまりにも小さい。
「サイラ……もし俺が復讐を求めたら、お前は怒るか?」
「もし俺があの野郎をお前のために殺したら……お前は泣くか? 俺にそこまでの価値はなかったって言うか?」
彼を見つめる。
悲しみがまだ完全に彼を飲み込んでいなかったから、前へと進み続けていた男。それがその仕組みなんだろう、そうだろ? 悲しみはまず噛みつく、それからゆっくりと、その毒を神経に染み込ませていく。しばらくはショックを受けているかもしれないが、その事実にかかわらず、いずれはやってくる。
そしてタイロクスは、その蛇を解き放った男だ。
こいつはこれまで、どれだけの家族を、生活を、破壊してきたんだ? どれだけのものを引き裂いてきたんだ? 何のために? 何らかの軍隊を育てるためか? こいつは明らかに知性を持っていて、無思考の怪物じゃない、じゃあなぜ話し合えないんだ? なぜ、俺たちに何か求めるだけじゃいけないんだ? なぜ、俺たちをただの肉袋としか見ないんだ?
拳を握りしめる。
「知性があるってのが、さらに質が悪いな」心の中で呟く。こいつは、これを選んでるんだ。
「サイラ……頼む。あと一回だけでいい。もう一度、お前の顔が見たい……」
彼の背中が震える。涙が地面に落ち、かすかな光の輝きを捉える。
目を閉じる。
長い3分間の後、前触れもなく、アラックスが体を起こす。時間が無駄になったと言いたいところだが、彼を見ていると、この瞬間が彼にとって癒しになっていたように感じる。
「はは。時間の無駄だったな」彼が言う、大顎が上向きに曲がる。「もうこれ以上は無駄にしないようにしよう」
「俺は……何かの助けになったならいいんだけど」
「前に進むしかない」
頷く。
「俺――」
叫び声が湧き上がる。
人間じゃない。動物でもない。その中間の何か。木々が震え、鳥たちが空へと爆発するように飛び立つ。霧が曲がり、濃くなる。何か巨大なものがその中を動いている、一歩一歩が太鼓のように打ち鳴らされている。
アラックスが凍りつく。
体が冷たくなるのを感じる。
その形が、理解する前に現れる。
皮のない人型、馬にくっついている。
皮のない人型、馬にくっついている。
皮のない人型、馬にくっついている。
頭が何度もそれを理にかなった形に並べ替えようとするが、収まらない。収まるはずがない。
馬にくっついた、皮のない人間。
脳がそれを何度も繰り返す、受け入れることを拒んでいるから。
一体、俺は何を見てるんだ?
一体あれは何なんだ――
モ ン ス タ ー
その筋繊維が光り、生々しく濡れている。人型の胴体が馬の背骨から突き出ている、まるで地獄の悪ふざけで接ぎ木されたかのように。顔は頭蓋骨で、垂れ下がった眼球が壊れたランプのように揺れている。両腕が馬の腹をこすりながら垂れ下がり、地面を擦っている。
その馬は、そう呼べるならだが、歯をがたつかせるほど鋭い音で金切り声を上げる。背中にはひれのような突起が並んでいる。脚は間違った方向に曲がっている。すべてが間違った方向に曲がっている。これは冒涜だ、あまりにも神をも恐れぬもので、俺の正気をほとんど狂わせそうになる。
人型の頭が痙攣し、それから後ろへと反り、腕を振りかぶる。何か湿った、糸のようなものが、その動きに続く。それは、その内臓だ、ロープのようにぶら下がっている。
「あれ、一体何なんだ?!」
アラックスが、大顎を広げながらシューッと音を立てる。
「くそ。ナックラヴィーだ」
そして、森全体が、その言葉の周りで縮こまっていくように感じられる。




