第四十二話
「……それほどまでに、彼女は……」
ああ、強い。いや、強いというか、ひどい。さっき見た通り、まず人体程度なら軽く貫いたり潰したりできる怪力。そしてあの幼心。まず間違いなく、冗談抜きに、血の風が、それこそ台風のように吹き荒れるだろうよ。
それもこれも、あの角。あの角のせいだ。あれさえなきゃ、まだこの区画程度で済んだものの、あれがあった以上、一度ああなったら、もう、自身の激情が、まさに心底すっきりするまで止まらない──まったく、厄介なものが混じってるもんだよ。
「角、ですか……気になるところではありますが、まずは二つ目の方案を。口調から察するに、そちらのほうが、確実、なんですよね?」
ああ。っても、別にさっきのと大して変わりゃしない──俺が止める。
俺が、あの第一級危険物の前に躍り出て、そんで思いっきり気を引いて、そこから、文字通り気が済むまで相手をしてやるって、言っちまえばただの囮作戦さ。
これなら、まず間違いなく時間は稼げるし、最低でもそっちは確実に逃げられる。それに、俺も、あの程度で殺られるほどやわじゃないからな、死なない程度に付き合ってやるさ。
ったくよお、あの野蛮人、余計な一言をくれてやったもんだぜ……ま、もう死んでるから、これ以上は文句言ってもしかたないけど。
「ですが、それでは……、いえ……」
眉を寄せる。目を閉じる。──葛藤している。
ああ、わかる。わかるとも。ここでその、ある意味、いや、間違えなく、俺をたった一人で死地に向かわせるような手段を取って、はたしてそれでいいものか、と。
本当ならば、叶うならば、自身もその助太刀として、この場に残りたい。けれど、そうするには、自身があまりにも実力不足だということが、彼には理解できてしまっている。
それはそうだろう。いくら彼が、そこらの同族の同年代よりは嗜んでいるといっても、所詮まだまだ子供の範疇。あの、一握りで命すら圧し砕く災害もどきには、逆立ちしたって敵わない。せいぜいが羽虫扱いだ。ただ払われただけで、その指先に当たっただけでも終わりだろう。
だから、葛藤している。拮抗させている。
ただ、憧れた人の隣に並び立ちたい、という幼い年相応と。
だけど、憧れた人の足手を引っ張ってしまう縄にもなりたくない、という、大人びた年不相応を。
「……、……、……。
尋ねます。それが、最善なのですね?」
絞り出すように。求めるように。そうであってくれ、と懇願するような。あるいはそうならないでくれと取り縋るような。そんな相反するなにかが込められた、問い。
どう答えたところで、きっと彼が納得を覚える事は無く。なら、俺は──
「ああ。そうだ。これしかない。これ以外には存在しない。これが現状、最も確実に目的を達成できる。
……。だから、少年。おまえは、あの二人を、頼んだぞ」
笑みを。頼られるぐらいの、余裕を込めた、込めたように見せつけられる、大人の笑みを、頑張って、取り繕う。えてるよな?
わからない。こんな無理は、けっこう久しぶりで、今、自分の表情が、どうなっているかすら、我がことながらわからない。
でも、ああ、きっと、目の前の、今にも泣き出しそうで。もう、実際に、涙袋にいっぱいの感情を蓄えている彼にとって、必要だったのは、そんな精いっぱいの虚勢なんかじゃなく。
「っん、ぐぅ、……──、
はい! わかりました!!」
自分の、迷ってばかりで情けないその背中を、無理矢理にでも押してくれる──言葉だったんだろうから。
「──あとは! お任せします!」
くるり。身体を、未だ状況を飲み込みきれていない女性二人に向け直し、そのまま彼女達へと、激励を残して走っていく。
そのときの、やけに水気を含んでいた声は……ま、気づかなかったことにしてやるか。




