第四十三話
「さて……」
ぺろり。思わず、いつの間にか乾いていた唇を、舌で軽く湿らせ、そこで自分が思ったより、この事態に、柄にもない緊張ってやつに、身体を浸らせていることを自覚する。
だが、ああ、仕方ない、仕方ないさ──だって、なにせ、あの勇者一行以来の、俺に傷を付けられるやつを、しかもそいつの癇癪に任せた全力を相手取ろうってんだ、そりゃ、身体だって、久し振りにひりついちまうってもんだろう。
ああ、だが、少年。俺は、おまえにたった一つだけ、ウソをついた。
その実、別に俺がわざわざ気を引かなくても、そこらにある全てを囮にすれば、まだ全員一緒に逃げられる目はあった。
いくら相手がどれだけすばやく人を処理できるからって、周りの建物だの障害物だのに邪魔されれば、まず一手、それに注意と暴力を割かざるを得ない。それに人通りも多い。それらの環境をうまく利用しながら逃げ走れば、まあ町を出るまでならどうにかなっただろう。しかもけっこう高い確率で。
では、なぜそうしなかったのか。それは、まあ、なんというか、簡単で、でも、話すとなると、ちょっとばかし恥ずかしい話なんだが……まあ、因縁ってやつだ。
とはいえ別に、あの子自体にそうあるわけじゃない。むしろ誰だあれは。まったく見覚えも記憶にもない。
因縁があるのは──あの子に混ざっている、とある一要素。その一点、その一線だけで、俺は……
あの子を、自分の手で、止めることを決めた。
あれを、たかが一要素とはいえ、それが入っているのなら、そしてそれが暴れだしたのなら、それは俺がどうにかしなくてはならない。
これは──ああ、ここからが恥ずかしいのだが、うん、俺の、自分で勝手に決めた、俺に課した使命、ってやつだ。いやこれほんとうにはっずいな。今から命懸けだってのに、顔から火を吹きそうだ。良い年して使命とかな、なにカッコつけてんだって話だ。
だが、こればかりは譲れない。ああ、譲れないとも。これだけは……俺がやらなくちゃいけない。他の誰でもない、俺が。
よし。じゃあ一通り恥を掻いたところで、……うん、命を懸けた大乱闘に赴きますか!
……うーん、なかなかしまらんな、俺も。
そう。それが自分の恥だと思うようになったのは、はて、いつのころだったか。まあ、特に覚えてないってことは、どうせ大したきっかけじゃあないんだろう。
だが、それが、それらが、自分のあずかり知らないどこかでどうにかなっているのだと思うと、……無性に腹が立ってくる。
決して正義感、とか、義憤、とかではない。そんなきれいなものなら、今ごろとっくに擦り切れている。やめてしまっている。
だからこれは、どちらかと言えば、ただむちゃくちゃにやっているやつらへの、暴れているやつらへの、ただの仕返しなんだろう。
ただ──その力を以て、何かをぶち壊しているやつらが、見てるととてもとてもむかつくから、その情のままに、俺もまた力をぶつけているだけ、なんだ。
そして、これも。目の前の、今にも破裂しそうな苛立ちを、隠そうともせず周囲を睨み付けているこいつに対しての──実を言ってしまえば、ただの八つ当たりってやつで。
だから──




