第三十一話
アラゴさんも、そのまま二人を追う……のかと思いきや、こちらの隣にするりと、自然な仕草で入り込み、
「手伝いますよ。一人では、少し手間がかかるでしょう?」
こそっ、と唇を耳に寄せ、ささやき、しかしすぐに、不自然を嫌ったのか、一歩引いてにこっ、と柔らかく微笑んだ。
ありがたい。正直ここからは、確かに一人だけだと作業の量が多くて、下手すれば手に余る可能性もまあまああった。まあ誤差の範囲だが。
しかし、だからといって彼女の申し出がいらない、というわけではなく。むしろ足りないところを埋めてくれるだろうおかげで、その成功が確実なものになった……しかし人をよく見ているな、この人は。
「おぉっと! 今回の恩人であるきみ! きみの名前は……「ラルド・ドラウトっす」そうかラルドくんか、いやぁいい名前だ、どことなく精悍で誠実な印象を受ける!」
そうか? 今適当に思い付いた単語をくっつけただけのくっそ安直な偽名なんだが……まあ、いいや。酔っぱらいにはどうせどれだってそう大した違いは無いんだろう。
さて、問題は、このあと……
「いやいや、そっちのも中々いい名前してるぜ? と、それはともかくとして……」
「ああ、わかっているとも。このジルコニア、先の言葉、違えることはしないとも。
だが……」
そら来た。恐らく、次に続く案件は、
「ついては、わが不明を啓いてくれた礼をしたい。今から、この町にある、僕の別荘に来ていただきたいのだが……」
だろうな。大体改心した風の貴族ってのは、こう、なんだろうな、やたらと礼を歓待で返したがるよな。まあ、そっちのほうが気持ちを一番楽に示せるってことなんだろうが……うーん……
「ああ、それはとても嬉しい。嬉しいのだが、こちらにも予定があってね。どうにもその招待、受けるわけにはいかないのさ」
「ええ。こう見えて私たち、行商を営んでおりまして。このラルドが背負っております背嚢の中身、全て売り切らねば、今後の生活にも困る有り様でして……」
上手い。上手い補佐だ、アラゴさん。これなら体よく、この貴族様から逃れられる……さすがに人の生活を無下にしてまで、無理に足止めを食らわせるってのは、今の相手の本意じゃないだろうし……
「ほう、行商! ならばその商品、僕が全ていただかせてもらおうじゃないか! それなら問題は無くなるだろう?」
そう来るってのは、まあ、わかってた……この男、金だけはあるだろうしな……けど、
「いや、すまない。俺たちの商品ってのは、少なくとも工芸品とか、そういったかたちに残るものばかりでなく、どちらかと言えば食料が中心でね……しかも、そっちの舌に乗せられるほど上等なもんじゃない。
そんなもの。どうせ買っていただいても、どうあれそちらが消費するってのはあり得ないだろう──」
「はい、そうですね……さすがに買われた商品が、そう、死蔵ないし廃棄されてしまうのは、こちらの望むところではありません。
ですので、そちらには、申し訳無いのですが……」
そうか。と、それまで熱を帯びていた彼の態度が、わずかに冷め、少しだけ残念そうに目尻を下げる。
ここでわがままこかれたら、いっそもう殴り飛ばして記憶ごと意識消しちまうしかないところだったが、どうやら思いの外、素は良識的であったらしい。
「悪いな。これでも良心的な商売ってのが座右の銘でね。商売人だから金には浅ましいが、それでもまあ、せめて気持ちいい取り引きってのをしたいのさ」
うーん、我ながら、よくもまあこうもおべんちゃらがべらべらと湧いて出るもんだ、まるで詐欺師かペテン師だな。いや、そう間違ってもいないか。目の前のこいつ騙してんだもんな。
いや、でも、これも穏便に片をつける方便ってことで、どっかで見てる神さんも許してくれよな。いや、うん、人様の神にゃあ嫌われてるかもだが。




