第十九話
よし、と一つ気合いを入れ、席を立ち、ゆっくりと、あえて音を立てて床を踏み歩き、いかにもそっちに近付いていることを知らせながら、今も自身の憤怒と対峙している三人のとなりを通り過ぎ──
「おい、そこのあんた」
口調と声色を粗野に染め、あからさまに怒ってますよ、といった仕草で雰囲気を出し……出てるかな、わからんけどとりあえずそれっぽくそれっぽく。
「おや! なんだね! そこの明らかに怪しい不審者! この! 高貴なる私に! 偉大になる私に! 何かご用かな!
出来れば! 今! この! 平民三人に! 私の素晴らしさを! 教授してやっているところだから! 話しかけないでくれないか!」
うるさい。いちいち声がでかい。うるさい。こんな音量で自慢話延々と聞かされてたのか、ごめん無理難題押し付けたわほんとごめん。
「いや……それもちょいと限度があるだろ。ここは大衆酒場、そこそこの酒と癒しを楽しむための憩いの場だ。
あんたが貸しきってるならともかく、ほかに客がいるところで、そんな大音量を撒き散らされるのは、はっきり言って迷惑なんだよ。やるならよそ行ってやってくれ」
心底うんざりしたような声と仕草。これだけで相手には、さっさと出ていけ、という俺の拒絶が伝わったことだろう。
そして、そんなはっきりとした嫌悪を、まるで白手袋を投げられたように叩きつけられた彼は、
「──なんだと?」
──憤怒。しかも逆上に近いそれを、臆面もなく、言った俺に浴びせかけた。
どういうことだ。彼の対応をしていた三人が、一斉に、疑問を込めた目でこちらを見つめてくる。
まあ、そりゃそうだ。あれだけ穏便に、と、口を酸っぱくして言っていた張本人が、こうしてわざわざ相手を挑発するような、というかもろに挑発を浴びせかけたのだから。
だが、ここで下手に立ち止まって長々と説明するわけにはいかない、なにせこれはもう時間の問題、ここからは手際と手管の見せどころ、というやつだ。
ゆえに最低限、微かなうなずきと目配せだけで、こっちに任せろ、と……伝わったかな? いや伝わるわけねーか、そんな長い付き合いでもないし、むしろ伝わったら怖い。
なので、
「いやぁ、俺はここの客代表として代弁しただけだぜ? みぃんなあんたの立場にびくびくして言えなかっただけで、ほんとうなら、ああ、今すぐ出ていってほしい、いちいちあんたみたいなひとがこんなところで弱いものいじめなんてしないでほしい、と、そりゃあ全員で押し掛けて言いたかっただろうよ!
あんたの前で、そうやって無理矢理誘われた三人だってそうさ、今だって、心の中じゃうんざりした顔でげんなりため息吐きながら、早くくそつまんねえやつのくそつまんねえ自慢話終わんねえかな、と、きっとくだ巻いてるだろうぜ!」
悪いな、と内心で手を合わせながら三人を貴族様の怒りの嵐に巻き込ませてもらった。こうしたほうが、色々話も早いし都合も良い。
……まあ、予定通りぎろりと睨まれた三人は、ますます深まった疑問と、あとわずかな焦燥を含んだ目をこちらに向けてきたが……うん、今はあえて、話を倒すように前へと進めさせてもらおう。じゃないと色々手遅れになるし。
「き、きさまぁ……!」
「おやおや、なぁに顔真っ赤にして怒ってらっしゃるのかな、高貴なるひと。俺はただ事実を堂々と、まっすぐ憚ることなく告げただけだぜ?
それともなにかい、あんたみたいな、立場しかない人間の、ぺらっぺらな身の上話が、まさか面白いだなんて、くく、ほんとうに思っていたのか?
だとしたら──こんなに滑稽な話は、ああ、ああ、無いなぁあ! は、っは、はははははははははははははははは!!!!」
煽る。煽る。煽る──これ以上無く、最低に、最大に、相手の弱点を、過剰過激に引っかき回し、その相手から、敵意という感情以外を意図的に削ぎ落としていく。
いやぁ、こういうの、昔はよくやったなぁ……ほら盾役って相手に注目と殺意を向けさせなきゃいけなかったからさ、いつの間にかこういう挑発言動が得意になっちまった。
けど、やー、それがこんなとこで役立つんだから、人生なにがあるかわからんよなー。




