第十六話
それで唯一、この二人を諌めることのできる彼女はといえば、しかしなぜか黙ってこの場を俯瞰するように一歩引いて場を見つめている。
どうしてだろう。ふとその横顔をちらと見てみ
「これは……殺しても……」
なんか穏やかな声で一番とんでもないこと言ってらっしゃる。え、なんで、この中じゃ一番良心的だと思っていたのに。
「名誉……トルマちゃんだけでなく……その恩人をも……」
ああ、そうだ、忘れていたけどその人騎士の家の使用人だった……そりゃ自分の主と、世話になった人同時に侮辱されれば怒りもするわな……しかも乳母なんて任せられてるってことは、つまり護衛も……任されてたって話で……ならそれ相応の……
……。あ、やばい、やばいぞぅ……実はこの人、どれぐらいかまではわからんが、少なくともこの沸騰しそうな二人よりは、強……
ええい、俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、それでここで暴力沙汰なんて起こされたら、色々後々動き辛くなる……ここは俺が身体を張って止めるしかない。
ないが……だが、どうする。こうしてあからさまに無視しているんだ、ここで俺が間に割り込んだりなんかしたら、目の前の彼の不興を盛大に買ってしまい、結果俺が蔑ろにされ、するとこのぎりぎりで保っている三人の怒りが爆発、場合によっては外にまで飛び火するかもしれない。
だからこのまま直接止めるってのは無し。そうなると、この三人に上手いこと断ってもらうしかないが、……今の精神状況ではそれもまた難しいだろう。下手に酌について、そんで酔っぱらってるこいつが何か粗相をしないとは考えにくい。つまり肯定しても遠からず彼は死ぬ、ないし死にかける。
それに……この酔っぱらい自体の怒りの限界も問題だ。今はまだ二人が言った言葉に対して少々鼻白んでいるだけだが、これ以上追撃が入れれば、酒でタガが外れてるんだ、いつキレ散らかすかわかったもんじゃない。そうなれば、こいつの位までは知らないが、少なくとも共に来ているであろう護衛や、ともすれば外の憲兵までも巻き込んでの大ゲンカに発展してしまうかも……ああ、くそ、八方塞がりじゃねーか、なんだこの最悪の事態。
出来れば穏便に済ませたい、が……うーん……これが傭兵とかの粗野な連中なら、軽く酒奢れば丸く収まるんだけど……でも貴族って言うし……いや、うん、まずはとにもかくにも止めるべきか。
でも、貴族に話しかけても拗れるだけだから……ここは、頭に血が上りすぎている三人を……
「おい、まずは落ち着いてくれ。人間相手に暴力振るったらどうなるか、ちゃんと教えたはずだろ?」
制止──ただし、あくまで貴族様には聞こえないよう小声で。
「いや、でも……」
「せっかく……これから……」
わかる。わかるぞ、お前らの気持ちはよぉくわかる。俺だって知り合いがこんな侮辱受けたらいてもたってもいられないさ。
でもな、よく考えてみろ。ここはな、はっきり言って人目に付きすぎる。なにせ多くの人の憩いと交流の場、大衆酒場なんだからよ。
そんな中で、もしお前らの正体が、衆目に晒されればどうなる? まず間違いなく憲兵に、衛兵に捕まって、いや捕まらなくたって指名手配されて、二度と人の町には行けなくなるかもなんだぞ……少しは頭を冷やしやがれ。
「う、……はい、すいません」
「……ごめんなさい、ちょっと子供っぽかったわ」
よしよし、わかってくれればそれでいい。
アラゴさんも、少年少女が納得したんだ、これで、その……今にも放たれそうなやべー殺気……飲み込んでくれますよね?
「……はい。少し、大人げなかったですね」
よかった、これでこの人だけ納得しなかったら、さっきまでの殺る気を俺一人で受けきらなきゃいけなくなるところだった。いや別にそれは構わなかったのだけど、それでそこの赤ら顔の坊っちゃんになにかあったりしたら、すっげぇ事態が拗れそうだったし……上手くいってよかった。




