第十一話
良いことだ。こうしてひまつぶしに巻き上がる火の粉の数を数えられる程度には余裕がある。あとついでに、なんか最近趣味になりつつある木工に没頭できるくらいにも。
木工はいい。彫刻用の小さな刃物を、こうして木に滑らせていると、そしてその度に思い描いたかたちに素材が変わっていく様を見ていると、こう、なんだろう……心が安らいでいく。
しゅっ、しゅっ、かっ、くくっ。音が響くごと、落ちる木屑ごと、余計な罪悪が削れていくようで。つまらない思考も、無くなっていくようで。
けれど、ああ、これは、つまるところ逃避、というやつなのだろう。こうしてなにかに集中を浪費することで、目の前に、いや、背後に転がるすべてから、文字通り目を逸らしている。
いけないことだ。わかっている。けれど、今は、まだ、それどころじゃないから。まだ、なんとなくだけど、やるべきことがあるから、だから……
「いや。言いわけか、それも……」
いかんな。一人になると、ついついこんな下らないことで頭を満たしてしまう。うーん、やっぱ俺って心が弱いわ。
……あー、やめだやめ、こんなこといちいち思い返してたって、問題が解決するわけでもねえ、第一暗いのは今の空だけで十分だっての……うーん、例えがいまいち。こういうのやっぱ向いてないな。
とにかく。今は今の目的を果たすことだけを考えよう。なんかほとんど成り行きで始まった遠出だが、色々買い揃えたいものがあったのは事実。幸い行商の人たちからは、売上金の一部を報酬……いや、半ば無理やりなのに報酬ってのも変な話だが、報酬にしてくれるってことで話ついてるし、それならこれを機に、少しやりたいことでも見つけてみよう。
けど、あるだろうか……こんな歳いったおっさんに、こう、長く続けられるような趣味、みたいなものが……とりあえず今は、この木工でお茶を濁しているけど……
でも、これ、始めた経緯が経緯だからな……別にそのものに忌憚は無くても、それでも一つ、木を彫るたび、思い起こされる苦味がある。
だからできれば、これはあくまでもたまにやる特技ってことで、ほかに趣味を見付けたい。人はそういった心を癒すなにかが無いと、いずれどこかで壊れてしまう。
別にそれがいやってわけじゃないが、でも出来れば穏やかな心持ちで天寿を全うしたい。まあ死んだ時点でそこがそうなんだろうが。
うーん、これじゃおっさんってかおじいさんだよな……こう、庭とかで、のんびり植物とか世話してる感じの。でも、まだ、老後っていうには……余生だよ? 余生だけど……
「あっ……」
やっべ、せっかく上手く整えられたのに……ああ、これじゃあまたマラヤに笑われるなあ……失敗、失敗。
「はぁ……」
からん、と、削っていた木を火の中に放り込み、それがぱちばちと燃えていく様を見つめながら、これで何回目だっけ、と、火に沈んだ数々の失敗作に思いを馳せる。
まあいいか。材料ならそこらにたくさんあるし、それに本命自体はもう完成してるし……やっぱり色気出そうとするとミスっちまう……飾り気なんて付けるもんじゃないな。
かろん。また新しい材木を手に取り、次はどうしてやろうか、とためつすがめつ見つめながら、次のかたちを構想して
「──」
ふと。首の後ろに、ほんの少しの痺れが走った。ような気がした。




