第四話
とはいえ、別にそんな女性の年齢なんて、そんな野暮を知りたいわけじゃないからな。それより気になるのは性格と取っつきやすさ、この二点だ。
けど、これも……見ただけでわかるもんでもない……というかお茶とお菓子を載せた盆を、重いのだろう、首の高さまで上げて運んでいるから、正直言ってよく見えない。わかるのは精々、歩くたびにふらふらと揺れている、紐かなにかで括ってある長い長い黒髪だけだ。なんだあれ、あとちょっとで床に付きそうになってるじゃん、危ないな……
ただ、白髪とかそういうのは見えないから、少なくとも年配ではなさそう。けっこう意外……てっきり乳母っていうから、もっとこう……もう少し、お年を召しているのかと思っていた。
ああ、でも、少年があの若さだもんな、そりゃ乳母も相応の年齢になるか……むしろそうだったからこそ、避難施設に行く彼の付き添いを任されたのかも……そうなると、なおのこと罪悪感が……いや、こればっかりは、思っても仕方の無いことなんだが……ううん……
「よい、しょっ、と……」
ごとん、と、およそ木で出来ているとは思えない重い音を立てながら、持っていた盆が卓上に置かれ、そして彼女が、少し腰に手を当ててふぅ、と、詰まった息を抜くように吐き、
「あら……えっと、あなたが……?」
柔らかく、穏やかな、落ち着いた声と顔。見た限りでは、なんか仕草が老成している年若い女性、といった感じだな……おっと、女の人をあんまじっくり見るのは失礼か。
笑みを浮かべ、会釈。するとあちらも、頭を下げ、優しく笑み、笑んだまま、てきぱきと歓待の支度を整えていく。
その手際は見事なもので、卓を布巾で丁寧に拭いたり、奥からお菓子だけ載せた皿を少年と協力して次々と持ってきたり、お茶を淹れて並べたり、床をホウキで、ほこりがなるべく立たぬよう掃いたり、と、ひどく手慣れた様子で細々と家事をこなしていた。
その様子からは確かに日々から連なる熟達を感じ取れ、……なるほど確かに彼女はこの家での“母”なのだと理解できた。
やがて茶菓子を並べ終え、簡易的な清掃も終わり、二人が俺の両側に据えられた椅子に、わずかな疲労を含ませた息を吐いて着席する。
けれどこちらに向き直ったときは微かな笑みを浮かべ直し、さあ、どうぞとお茶と菓子をずずい、といった勢いで進めてきた。
お茶や菓子にはあまり詳しくはないのだが、どれからも香ばしく、暖かい、甘い香りが漂ってきて、けっこうな量が運ばれてきたが、全てぺろりと平らげてしまえそうなほど、どれもこれも美味しそうだ。
近くにあった、小さく、指でつまめる程度に焼き上げられた……多分ビスケットだよな、ビスケットをいくつか手に取り、まずは一つ、あ、うまい、二つ三つと口に放り込み、さくさくと噛み砕いて、ごっくん。
そして、なにやら紅く染まっている茶をくい、と一口……おお、なにやら不思議な味だ、甘いような苦いような、でもこのさくさくしたお菓子にけっこう合うなぁ……っと、
「すいません、自分一人だけで、こんないいものをいただいてしまって……」
思わず夢中になっていた自分を少し恥じ、誤魔化すように苦笑い。
けれど二人はそんな俺の言動に、不快を示すどころかより菓子と茶を勧めてきた。
出来ればこの茶と菓子に没頭したいところだが、ここに来た本題を忘れてはならない。というか今言っておかないと、この、文字通りの甘美に溺れてしまいそうだ。
手早く、用件を伝える。その際、近くにあった焼き菓子をいくつか手に取り、口に運んでしまったが、……うん、ちょっと、意志が……弱くて……
「ええ、はい、うかがっております。なんでも、あの私たちのかつての誇りを預かってくれるそうで……」
目尻を下げ、少しだけ、寂しそうに。
まあ、そうか。そうだよな。聞いた話じゃ、その盾、少年の両親から預かった、今となっては在りしころの家そのものといえる代物だし、そりゃ未練だのなんだのがあるに決まっている。
けど、なんて言うのかな。彼女の声には、それだけじゃなく、他の思い……どことなくだが、少し……安堵のようななにかが含まれている、ような気がした。気のせいかもしれないが。




