第三話
「さあ、着きましたよ、ライトさま。ここが今、ぼくと乳母のアラゴが住んでいる我が家です」
あっと、着いたのか。外の門から大体数分ってところだな。これなら引き継ぎを頼んだ同僚(女性。見た目は三十代)に何かあってもすぐ駆けつけられそうだ。
で、なんだ。これがトルマ少年の住んでいる家か。……へえ、けっこう立派な一軒家じゃないか。少なくとも俺が住んでいるとこより大分大きい。
いや、一軒家っても、さすがに造りは粗末な木製で、素人が頑張って崩れないように建てたって感じの、地震が来ればすぐにでも崩落してしまいそうなそれだが。
「ちょっと待ってて下さいね、今もてなしの準備を済ませますから」
にっこり。本当に嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、彼は家の中へと、こちらが止める間も無く入っていく。
ううん、別に盾を取りに来ただけだから、別にそんな歓迎してもらわなくてもいいんだが……いや、いや、さすがに家の宝をもらうんだ、礼儀としてそれぐらいは受けるべき。か。
よし、俺もそろそろ腹を決めよう、そして存分に、相手が満足するまで、もてなされてやろうじゃないか……!
「すいません、まだ準備の途中ですが、アラゴが、人を外で待たせるとは、などと叱られまして……
慌ただしくはありますが、どうぞ、家にお入りください!」
ドアが開き、笑顔のままの少年が、手でこちらを招く仕草。
見れば彼も、何やら前掛けを身に付けており、鼻なんぞには何かのソースみたいな紫が付いていて、慌てていたのか格好のそこかしこ雑に乱れてしまっている。
いやはや、そんな急がんでも、俺はじっくり待ったってのに……はは、だが、ここまで準備を急かす価値がある、と思われているのは、ちょっと、いやけっこう嬉しいな。
さあ、まずはきっちり、彼らの歓待を受けきるとしますか……
中に入って、まず一つ驚いたことは、外からの見た目とは裏腹に、きちりと整然・清潔に整頓されている、というところで、家具や床、壁こそ簡易な作りであったものの、一見ではそうとわからないほどに、品よくきれいに手入れされていた。
ほほう、これはこれは。騎士位なんて聞いていたから、てっきりこういった掃除なんて使用人にでもやらせていて、全くできないのかと思っていたが、けっこう手慣れているじゃないか。
ああ、いや、確か乳母と住んでいる、と言っていたな。その人が家事とか炊事とか得意なのかもしれない。仮にも騎士の家の乳母やってた人だもんな、それぐらいは必須技能だったのかも……っと、あんまりじろじろ見るのは失礼か、さっさと席に座ろう。
俺は隣に立っていた少年に席を尋ね、彼は笑みのまま指を──え。
え、あのいや、なんか質素な椅子や卓が並んでいる中に、異様にド派手に飾られた、すっごい大きな椅子があるんだが、座るだけで羞恥にまみれそうなんだが、まさかあれが俺の席ってことは「こんなこともあるかと思いまして、あらかじめあなたさま用のお椅子をあつらえておきました! どうぞどうぞ、お座りください!」ダメだあれだった。
くそ、本当ならあんなぎらっぎらな、どっかの悪徳領主が作らせていそうなあれに座りたくなんかない、ないが……ええい、受けると決めただろ、こんなこと、いやけっこうなことだけど、こんなことで怯んでたまるか……座ってやる、座ってやるともさ。
ふぅ、と一度、決意を打ち込むために息を抜き、ぐっと拳を握って意思を固めると、笑顔で装飾華美、いやさ過多の椅子を進める彼に頷き、いかにも喜んでますよ、という素振りを、なるべく自然を装いながら見せ、そしてためらうこと無く、いやごめんちょっとだけためらった、とにかく勢いのままにどっかり座り込んだ。
よし、よし。恐らくは最初で最大の関門を乗り越えた。あとはこのまま歓待を受けて、盾をもらって帰るだけだ。
はぁ、と、なるべく少年に聞こえないよう、疲れが載った息を小さく吐き出し、じっと少年の着席を待つ、と、奥の方から、とん、とん、と、規則正しい音が聞こえてきた。
お、どうやら今まで姿が見えなかった乳母さんとやらが来たみたいだな。はてさて、推定この整然を作り出したお人ってのはいったいどんな人物なのか……
「トルマちゃん、お菓子、出来たわよ……っとと……」
お、けっこう若い感じだな……っても、魔族は年齢がいまいちわかりづらいからな、何せ種族としての寿命がすっげえ……確か植物と同じくらい生きる耳長族ぐらいだったかな、もうちょっと短かったっけな、まあ大体そんぐらい長いし。
しかもそのわりに成長速度、というより大人になる速度が大体そこそこ……人間の十倍遅い程度で、なったあとは数百はそのままだから、それで余計に見分けが難しくなっている。
実はマラヤも、あんな見た目と情緒で百歳越えって言ってたし……いや情緒は関係無いか。とにかく外見だけじゃ、実年齢が分からない。




