第六話
だが、まだ油断は出来ない。道中、マラヤから得た情報によれば、この魔の大陸、そういった自然が急速に成長しやすい場所であるらしく、大体三日もあれば大抵の植物は、根本までほじくったにも関わらず、また同じ箇所に生え直っている、という。
なるほど、それならあの村が困窮しないのもうなずける。そりゃあ食える草や木の実、野菜なんかもほっときゃ短期間で元通りなんだ、食料には事欠かないだろう。
こうなってくると、言っちゃなんだが生き残ったのが数十人でよかった、とも言えちまう。人手が無くなったのは大きな痛手ではあるが、そのぶん、こうして自然の恵みだけで暮らしていけるどうにかにまでなれたのだから。
おっと、思考している間にも、例の大蛇とやらが現れてしまうかもしれない、さっさと採るもん採って村に帰らねーと。ついでに少し大きめの木片も。
俺はいつもここまで来ていたという彼女にどれを採ればいいのか確認すると、早速隣で手伝ってもらいながら、一つ一つ丁寧に花やら草やらを採取、背中の籠に入れていく。
幸い、素材自体の重量は、まあ植物だから当たり前だが、結構軽い。時々ずしっとくるものもあるにはあるが、大半は籠いっぱいに詰めても余裕で背負い歩けるぐらいのものしかない。
これなら帰りも歩く速さで落とさなくてすむなぁ、なんて軽く気を抜きながら、ひょいひょいと植物全般を採り集め、
──ふと、後ろの首に、ちりりと痺れが走った。
慌てて、辺りを見回す。だが、なにも、どこにも、無い。
話に聞く限りではあるが、こちらが警戒する大蛇、少なくともその周囲の自然を破壊しながらでしか進めないほどに巨大、な、はず。ならば、こうしてこちらの危機察知が反応する位置まで来たなら、さすがにもうどこかに見えていないと、おかしい。
しかし、いない。変わらない。どこにもない。
どういうことだ。思わず採取の手を止め、目以外の感覚──耳や鼻など──に意識を集中させ、探っていく。
だが、それでも、なにも、……なにも、おや、待て、なんだ、なにか、なにか引っ掛かったぞ、今、感覚に、なにかがかすめたぞ……
どこだ、どれだ、目か、鼻か、それとも、それとも、──みみか。
そばだてる。分割していた神経を、耳のみに、一点に──ばざり。
「は……?」
思わず。口から、自分ても惚けたと思える間の抜けた声が出る。
だって。だって、そうだろう、そりゃそうだろう、しかたない、しかたないぜ、これは──だって。
だって、聞いていたのは、でっかい蛇って話だったのに──上から、なにも無いところから、……まるで飛竜がはばたくみてーな風音か、さぁ……
何層にも重なって、
聞こえ始めたんだぜ……?
隣の彼女にも、今ようやく届き始めたんだろう、え、え、と戸惑いの声を上げながら、それが響いてくる空を見上げ、なにも無い、とわかると、その顔を混乱に染め上げ、こちらの腕に両手を置いてきた。腕を絡めなかったのは、いざというとき離れやすくするためだろう。
覚えがある。この羽音、この透明、この、この……いあつ。傭兵時代、何度も何度も苦渋と辛酸を舐めさせられた、人生の中でもう二度と相手したくないやつの上位に入る、常識はずれの魔空の大蛇……
──溶碧の大災害。
あいつ、……あいつは、やばい。問答無用でやばい。なにをどこから説明したものか悩むが、とりあえず脅威について端的に言えば、
昔も昔、それまで一切のまとまりが無かった国中の傭兵たちが、
こいつ一頭のために、
団を興して対処した……
と言えば、少しは伝わるだろうか。ちなみに当時の団、人数で言えば優に千は越えていた。
あいつの凄まじいところは、まあ色々ありすぎて一から話しているとキリが無くなるが、まずなにより恐ろしいのは、背中に生えてる何枚もの翼と、それの先から魔で起こした風を使って空を飛べること。そしてその音と姿をある程度隠せること。この二点だろう。
そう、あいつの擬態、恐らくはこれも魔を使ったそれなのだろうが、こいつがまた厄介で、まさに空の碧に溶け込むように自身の姿をごまかす。しかも音まで。これが名前の由来。そうだよクソだよ。
とはいえ、さっきも言ったとーり、それも完璧ではない。姿も音も、ある程度まで近付くときちんと認識できるようになる。じゃなかったら討伐できていない。まあ討伐できたの発見から数年経ったあとだけど。
でもね、これがうまくできてるものでね、そのある程度の距離ってのが、まさに大人二人をタテに並べたぐらいで……そうだね、大蛇にとっては確実に殺せる範囲だね。そうだねクソだね。
つまり。つーまーりーだ……こうしてあいつの、クソでっかい翼の風切り音が、ばっざばっざと聞こえてるって、ことはさあ……
もう、ここは、あいつの射程圏内なんだよ──




