第四話
だが、それは思っていたよりも、それほど複雑で面倒ではない、つまるところの所用、というやつで、なんでも、先ほどまで遊んでいた子供のおもちゃ、もっと言うなら木彫りの人形をぽっきり折ってしまったらしい。
ちょうど寝付いた子供を一人一人見て回っていた最中のことらしく、幸いにして音は小さく、子供たちの睡眠を妨げることは無かったものの、それでもそれは持ち主がとても大切にしていたものらしく、それでどうしたものかと途方に暮れていたところ、俺が訪ねてきたのだという。
なるほど、確かにそれは放ってはおけないな……まず間違いなく泣かれるし嫌われるしついでにそれが子供の情報網で共有されて、最悪孤児院で働けなくなるかもだなぁ……わりと死活問題だからな、子供のなつき具合って。
しかし、木彫り……木彫りか。はは、また懐かしいな……
「うーん、とにかく、折ったもんは仕方ねえ、それはあとで誠心誠意謝るしかないとして……あとは、代わりを用意してやらねえとな」
代わり? 彼女がおうむ返しに問い返し。
「ああ、代わりだ。つっても、なに、そう難しいことじゃねえよ、こっちは。
何せ、木の彫刻なら、……俺の数少ない趣味だったからな」
「えっと、それで……本当なんでしょうね?」
「ああ、本当だよ。俺は木だけなら彫刻っていう器用なことができる。さっき言ったろ?」
いや、でも、と。まさに、魔の森と呼ぶに相応しいうっそうとした森林の、比較的均されている道を連れだって歩いている彼女が、採取用の籠を背負った(孤児院の人が貸してくれた。感謝感謝だな)俺に疑惑の目線を向ける。
まあ、でも、しかたないか。確かにぱっと見こんな、普通の人より大分大きい、むくつけきおっさんが、彫刻などという繊細な芸術活動なんて、できそうになんて見えねーもんなあ。
うーん……意外に思うかもしれない、というより、想像したくないかもしれないが、昔、たった一人で実家のある山に住んでいたとき、手慰みとして、動物を象った木彫りを延々と彫っていた時期が、俺にはあった。
それはとある事情から、ある意味現実から逃避する一手段として使っていたのだが、……まあ詳しい事情を話すと長くなるからまた今度。とにかくそんな過去を十数年続けた結果、木彫りってだけなら、それも動物ってだけなら、俺の彫刻はちょっとしたもんだ。
いや、やっぱり、だった……が、正解なのかな、今は。さすがに魔王討伐とか、傭兵の時分にはやめていて、それが何年も続いたから……でも、簡単なのくらいなら、まだ手先が動いてくれる、はず。多分。ちょっと自信無くなってきたけど。
まあ、専用の刃物なんかは……無さそうだが……最悪、短剣があれば……森にいる動物の、簡単な模型ぐらいなら作れるだろ。ちょっと思い出すのと合わせて彫るのに時間かかるかもだが、どうせ時間ならしこたまあるんだ。たまの芸術活動も悪くはないさ。
おっと。俺には服の材料の確保という最重要課題もあったな、むしろそれが本命だったな、危ない危ない、かつての回想でちょっと埋もれていた、気を付けよっと。
「それよりも、だ。こっちこそこう聞きたいぜ……本当にあるんだろうな、この先に」
尋ね返す。と、彼女はその目に確信を滲ませ、薄く笑み。
「もちろんよ。村ができたときに、このあたりは、村を作るって決めたときに、村の人総出で調査したの。安全と資源を得るためにね。
で、そのときにちゃあんと地図も作ったのよ。……まあ、必要最低限しか書いてない簡単なものだけど……で、」
それがこれ、と、彼女は自信満々の手つきで、肩から下げた簡易な布製カバンから一枚の、少しぼろついた、折り畳まれている紙を取り出す。
おお、そうか、そりゃそうだよな……でないと、あんなに村の食料やら飲料やら衣料やらが、安定的に供給されてるわけないもんな……さすが魔に長けた種族、そういった探索系の魔とか使ってきっちり調べていたんだな……
ん、あれ? でもじゃあなんで、簡単なものしか……
「ああ、それね……だって、その、地図をうまく描ける人が、ちょっと……」
あー、確かに、あれって結構手間だもんな、簡略化するにしても描く量大分多いし……それに記録できる何かがあるわけじゃないから、どうしても人の口伝てになっちゃって、どんどんあやふやになるしなぁ……むしろよく簡素なものでも描けたな、死活問題だとしても素直にすごい。
それに、あの村の具合を見るに、結構信憑性は高そうだ。じゃなかったら今頃行方不明者続出しちまってるだろうし……で、
「目的地について、もう少し詳しく聞いておきたい。確か何度か行ったこと、あるんだよな?」
「ええ、あたしも時々採取とか伐採とか、そういった資材集めに参加してるからね、行き慣れてはいるわ」
ただ、と、そこでうっすらと彼女の顔が……不安か、不安かな? 不安に曇り始める。
どうした、と問うと、わずかばかり恐怖に濡れた瞳を向け、もごもごと何度か口ごもっていた、が、こちらの姿をまっすぐに見ると、一つうなづいて口の中で回していた懸念を話し始める。




