第九話
気絶した俺が目覚めたとき、時計の針はとっくに夜を指し示していて、辺りはすっかり暗闇に満たされていた。
ここで月明かりでも出ていればよかったのだが、こんなときに限ってお天道様の機嫌は悪く、雨こそ降っていないものの、唯一の光源はぶ厚い雲に覆われて塞がれてしまっていた。
一応夜目が利かないかどうか、近くで座ってた案内役に尋ねてみたものの、当然答えは否、じゃあお得意の火の魔でランプできないか聞いたが、少しの間ならともかく、流石に村に帰るまで、どれだけ出力を絞っても途中で切れてしまうだろう、とのこと。まあそりゃそうか、結構歩いたもんな、具体的には何時間も。
じゃあどうするか、という段になって、そりゃここで一夜明かすしかないだろう、となって、ならどこに身を置くか、という話になって、そりゃあお前、この猪の古巣しかないだろう、ってことで──
今。俺達は、猪がいたあの巣の中で、壁を背にして座っていた。
いや、しかしここ、すっげえ色んな臭いが混じりあって、なんだ、ぶっちゃけ環境最悪だな。糞だの毛だの動物の死骸なんかがおえっぷ普通に置いてあるし、いるだけで鼻がひんまがりそうだ。これなら外で木でもぶち折って簡単な家でも作ったほうがましだったかな……いやもう外暗かったし、それに大きな音立てたら別の獣が寄ってくるかもだし、まあ大体離れていくだろうけど、それでも警戒するに越したことは無いしな。それに、さっきからなんか知らんけどじっと黙ってるこいつもいるし。
しかし、どうしたんだ? 隣(といってもそこそこ離れてるけど、大体二人分ぐらい)に座り込んでから、抱えた膝に顔を埋め、じっとして、そこからそれこそ十数分経つのに、彼女全く何も喋らない。なんだろう、何か不服でもあるのだろうか、いやあるか。そりゃこんな劣悪な環境で一晩ってんだから、むしろ無いほうがおかしいな。
けど、我慢してくれ。この夜をやり過ごせば、後は村に帰るだけ。丁度あの今も外でぐったりしている長猪から牙一本折って取れたんだしごぇふ、これであの村の奴らも俺を認めざるを得まい。ふふ、今から驚いた顔が楽しみだぜ。
ただ……この牙……結構かさばるんだよな。この洞穴に、縦だと全然入らないくらい、目算で膝抱え女の二倍……三倍? くらいある、とてもじゃないが俺でも担いで歩くのがすげー不便だ、運べないわけじゃないが。
いや、下手に叩き折るわけにもいかんし、とりあえずは肩に担いで運ぶけどさ、面倒だな「ねえ……」あん?
「あんたって、あの、あれ……大分、強かったのね」
え? おう、そりゃこれでも傭兵だったからな、ほれ、町出たときとかに襲われた、すんげー強い奴らいただろ、あれの元仲間だから、俺。やってたのはもっぱら盾役だったけど。
「ああ……あの……なんか剣振ったら光の軌跡が起きて、それが飛んで襲ってくるやつとか、
明らかに意識してない角度と高度から急に人の首筋狙ってくるやつとか、
なんか属性違いの魔を連続同時平行で起動して間断無く打ち込んで周りの地形ごそっと変形させてくやつとか、
あと、あと、は……」
おい、無理して思い出すのやめとけ、膝がやべー勢いで笑ってるから、埋めた顔がぶるぶる震えてるから、恐怖の対象なのは分かったから、もうその辺にしとけ、死にそうだぞお前の声。
「あ、うん、ありがと……でも、そっか、そうよね、あんな化け物どもの元仲間って言うんだったら、そりゃあれぐらい出来て、当然、かぁ……」
え、でも、待って、と。彼女の声が疑問に染まり。
「仲間だったんなら、どうしてあんた襲われて……」
……あれは……悲しい……すれ違いだったな……いや、俺も悪かった(話題の出し順が)、悪かったんだが……でも、もう、彼らにとっては、俺の存在は無かったことにされていた(あの戦いで死んだと思われてた)から……それに、あそこにはもう、俺の居場所は(どうせ終わったら引退して実家帰るつもりだったし)無かった。だから、これで良かったんだよ(襲われるのはまるで想定外だったけど)……
「……。ごめん、悪いこと、聞いちゃった……」
いや、別にそんなことは無いんだが、なんだろう、しんみりしちまったな……俺は本当に気にしてないんだが。
「あんたにも、色々事情があるのね……まあ、でも、落ち込むことないわよ、これからは、きっとうちの村でいいことあるって!」
やめて、なんか明るい声出すのやめて、こっち向いて無理に笑うのもやめて、すっごい気ぃ遣わせてるみたいで逆にこっちが恐縮する。
ええっと、とりあえず別の話題、話題……何か無いか……流石に家族の話題は、無いだろうし……かといって、ううん、村のことを聞いても余計湿度が上がる……どうすれば……あ、
「そ、そうだ! お互いにさ、自己紹介、しとこうぜ……な? そういえば、俺、名前ぐらいしか言ってなかったし。
……だよな? まだそれぐらいだったよな?」
あれ、どう……だったっけ……いや、詳しくはしてないしてない、お互い結構慌ただしかったし、道中どっかでしようしようと思っていたんだが、勇者一行に追われていたせいですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
そこからは常に勇者一行の影を警戒する道行きだったし……ずるずると、こんなときにまで引っ張ってしまった、まずいまずい。こいつに名前聞かせたのも、あれだ、村長に言ったきりだし……この機会に、名前ぐらいしっかりと交換しておくか。




