第八話
うーん、どうすっかなっといや、別に受け流してるだけだから体力全然使ってないけどえいや、このままだと一向に近づけないちょいや。
もういっそのこと、この猪突猛進どもの方向を誘導してあいつにぶつけてみるかな、いやそうしても普通に受け止められるだけか、じゃあ、やるだけ無駄だな、せめて気を惹ければいいんだけど……あ、そうだ、ちょうどいいのあったじゃん。
どこに置いたっけ……ああ、あれだ、あの原っぱの入り口の木んところ、あそこに立て掛けておいたんだった。
こっからだと……うん、いけるか。長とは逆方向だし、あいつらも警戒はするだろうけど、こうまでこっち殺す気満々なんだし、追っかけてくるだろ。
はい、じゃあ、そうと決まったら──
「はっはー! 猪さんこちら、いや語呂悪いな、とりあえず草の鳴る方へーってなぁ!」
踵をくるりと返して反転、そのまま相手に背を向け走る。
猪どもは……姿は見えんが、音だけ聞けば、はは、言った通りに追っかけてきやがる。なんだ結構煽り耐性低いな、こっちにとっちゃありがたいが。
よっしゃ、こっからは足の勝負、いや早さの勝負だな、どっちが先に目的を果たせるか、まさに命を懸けた戦い、いや俺はどっちみち死なねーけど。
だから悪いな、これは最初から結果が目に見えている勝負なんだ、お前らに悪気はないが、大人しくほうほうの体で逃げ帰ってくれ、そして二度とこの大陸に近づかないでくれ、まあ近くの大陸に移ったら勇者一行かさもなきゃどっかの騎士団あたりに始末されるだろうけどっぷ、それも運が悪かったってことで。
さあ、そんで、辿り着いたぞ──いや、二、三回背中にでかっ鼻と図太い牙を押し付けられたのはご愛嬌ってことで。どうせ今から大逆転するからね、いや追い詰められてすらいないが。
俺はよいしょ、とわざとらしく声を上げ、立て掛けていたそれを、ぐいと片手で持ち上げる。
するとそれまで一心不乱に突撃を繰り返していた獣どもの足が、体が、まるで急制動を掛けた馬車みたいに、俺の……いや、正確に言えば、俺が持っている、斥候猪の折れた牙の前で、止まる。
これは一応、せめて一頭ぐらいは倒しましたよ、という、村に持ち帰るための証明品だったのだが、……どうやら、やはり、こいつには、反応してしまうか。
そりゃそうか。だって、これ、あいつらと同じ、獣特有の臭いがぷんぷんしているからなぁ……そんで猪は鼻がとてもいい。そして、目は……見えないわけじゃないが、少なくとも鼻よりは格段に落ちる。
だからこそ。だからこそこいつらは、今、目の前にある物体が、自分達の仲間のもの、と、はっきり分かってしまう。
じゃあ……止まるしか……ねえよなぁ? だって、仲間の遺品かも……なんだから、さぁ?
「おっと、そんなにこいつが気になるかい。
そんじゃ、ほれ……」
ぐぐぐ、と、牙を、騎士様が投げる槍のように、掲げ、構え、抱えた腕を弓なりに。
「くれてやるから──とっぷりじっくり確かめなぁ!!」
そうして──ぎゅん。と、牙を放った矢のように、思いっきり、上空へと、ぶん投げた。
当然、猪どもは、その臭いのついた物体に気を引かれ、鼻を、そんでそれが付いている顔面を上向かせる。それは、その一瞬だけ。
俺の存在を、彼らはすっかり忘れてしまった、という、証拠でもあった。
は、と。思わず口から笑いがこぼれ、しかし身体はやるべきことに向け、駆け出す──確かに俺は勇者一行に比べて足が遅く、正直勝っているところと言えば体力ぐらいしかない。
が、だ。それはあくまでも長い区間で見た場合の話。反応速度、こと踏み込み、反射神経に限って言えば──
「っ、はぁ……
視界に、捉えたぜぇ……お山の大将」
──俺は。あの斥候ちゃんにも、ひけを取らない。
「……っ!?」
へぇ、猪でも、獣でも、息って呑むんだな、知らなかったぜ。
予想外。か。だろうな、だろうよ。今までのどたどた野郎が、急に近くなったんじゃな。
だがな、よくよく考えてみろ、反射が遅かったらそもそも仲間への護衛が間に合わないだろ、踏み込みがとろかったら敵の攻撃防げないだろ、そういうのはちゃんと鍛えられてんだよ、鍛えられたんだよ、嫌でもな。
だけど、このままじゃ届かん。俺の鉄拳ナックルに火を噴かせるためには、もっと、もう少し、近づかなきゃだ。
けれど、もう心配はない。視界に捉えたということ、それはつまり……
すでに、
立ち塞がる何かが、
あいつと俺の前に、
存在しないってこと。
だったら──
「一つ」
踏み込む。また少し、近付いた。
「二つ」
踏み込む。また少し、近付いた。
「三つ──なんだ、」
踏み込む。もう──
「結構、近かったなぁ」
俺と彼の間に、無粋な距離は、無くなった。
ぎゅ、と。斥候を殴った時より、ほんの少し、本当にほんの少しだけ、拳と腕に力を込める。
「ぶ、ぶふ、」
何かを感じ取ったのだろう、長はこちらの様子を見、身震いし、そこから足を、身体を、退却のために回そうとしていた、ようだが……
「おそい」
踏み込む。そして、
「もう、おわりだよ」
──込めた力の分だけを、相手の額に、叩きつけた。
「かっ、ぶぎゅ……」
ぐるん、と。長の目が黒から白へと、反転、と、同時に、その巨大な体躯を、大きな地響きを立てながら、自身の巣穴の前に横たえた。
それが、合図となったのだろう。それまで墜落した仲間の牙に鼻をふごふごと押し付けていた猪どもの顔が一斉に上がり、地に倒れ伏した自身達の長へと、顔を向け。
俺がそこで、倒れている長の前に立って、ぐっと拳を掲げてやる、と、その没落を理解したのだろう、汚く濁った、いわゆる悲鳴じみた鳴き声を各々上げながら、蜘蛛の子を散らすように、いやほんとものの見事にばらばらになって逃げていった。
いや、どうやら、作戦は、成功したみたいだなおぅええええええ……!
どふ、と、両膝から地面に崩れ落ち、……あ、やべ、現状確認とかしてる場合じゃない、もうダメ、もう無理、もう落ちま




