第五話
まあ、とりあえず……まずは……
「ちょい。ちょいそこの、最早鳴き声が“面倒”になりつつある彼女」
「めんど……ん、なによ、まだ巣までは少し歩くわ、もうちょっと我慢なさい」
「ん、いや……そうじゃなくてな、相談したい事があるんだが……」
事情(といっても、精々動物が殺せない事を話しただけだが)を説明。
すると彼女はそこでびたりと立ち止まり、えー、だの、んー、だの、なにやら困った様子で悩み始めた。
「ああ、いや、やっぱり……退治ってからには、どうしても殺さなくちゃえっぐふ、か?」
“動物”を“殺す”……この一節を口にするだけで、身体の奥からぞわりぞわりと、なんとも言えない怖気と吐き気が込み上げてくる……ああ、やはり、俺は、俺は、まだ……あの時の事を、罪を、吹っ切れていないらしい。
まあ、うん、それは……いいや。どうせまだ我慢できる範疇だし、気にしても仕方無い……結構辛いが、堪えきれないってわけじゃないし。
「うーん、むぅ……そりゃ、出来れば、そっちの方が、村としては大助かりだし、大体退治したー、っていう証拠、例えば牙とか持ち帰りやすくなるわけだし……うーん、むむむぅ……」
まあ、そりゃそうか。元々そこら辺も含めてこの試練、出したんだしなぁ。でも……俺は……ちょっと……いや、大分、無理、ですね。
それ以外、例えば、まあ本当に例えは悪いが魔物とか、魔族とか、ドワーフとか、エルフとか、もっと言えば、……人間とか、別にそこら、殺す事には躊躇いはこれっぽちも無い。そこら辺の忌諱感や倫理観は、ぶっちゃけ魔王退治の時でぶっ壊れている。こと対人・対魔の戦闘・戦争において、俺は何の感情も抱くこと無く、あっさりと対象を殺害たらしめるだろう。
だけど、動物、だけは、ちょっと……せめて猪が、魔物とかだったら……余裕かましながら屍の山を築いてやれたんだが……
「えっと、それって、自分でもどうしようもないやつ、なのよね?」
そっすね。もうその行為を頭に浮かべたり、もしくは他人が話してるの聞いたりとかも、もう駄目っすね、きつい。こうして話してるのだって、実は心に結構なダメージが蓄積されてるっす。もうめげそう、めげないけど。
「うーん、そういうのは村長から依頼を受ける前に言ってほしかったけど……」
そうだよね、でもあの空気の中できません! って言う勇気は、俺には無かったので……あと、言っても信じてくれるかどうか、分かんなかったし……
「いやまあ気持ちはわかるけど……でも、そうなると……出来るのって追い払う事ぐらい、だから……」
はい。そっすね。情けないことこの上無いけどね、自分じゃどうしようもないからね、仕方無いね。
「ええと、じゃあ……せめていなくなったって証拠は……欲しいから……そうね、猪の群れの長、そいつの牙を、叩き折ってくれる?
後は全部、追い散らすだけでいいから」
おお、ありがたい……それならどうにか可能ではある。動物を傷付けるってのは、それでも結構心にずぐっとくるんだが、まあ、殺すよりはどうにか堪えきれる。
これならば、何とか、ぎりぎり、こなせそうだ……
「そ、ならよかった。あたしもここで、あんたって戦力、労力、あと人手か、人手をみすみす手放したくないし……おっと、」
がざり。話を途中で遮ったのは、近くの茂みから大きく何かが揺れる音で。目を、向ければ……
「あら、お出ましね」
彼女ほどの身の丈を持った、大きな大きな猪が、鼻息荒く、牙をこちらに向けて、飛び出す気満々と言わんばかりに、がっ、がっ、と前足と後ろ足で、交互に地面を蹴り抉っていた。
大きい。まず目につくのはその巨大さ。先程隣にいる彼女ほどと評したが、それは全長ではなく四つ足で立っている現在での高さ。こんな物体が……確か猪って馬車ぐらいの速度出たっけ、馬車並みの速度でぶつかってきたら、ましてそこらの木よりも太く長い牙をその勢いのまま深々と突き刺されたら──大抵の人型生物は一たまりもないだろう。具体的に言うと全身の骨が一気に折れて身体中のそこかしこから飛び出たあげくに、腹か胸にあのめちゃくちゃでかい牙を突き立てられて死ぬ。唯一の救いは大抵が即死で終わるってとこだな。よかったね、苦しまずに死ねるよ。
加えて、なにやら、全身の毛が赤黒い。いや、正確に言うなら、元々は黒かったものに、所々赤いものが入り交じってる、といった感じだが……うーん、もしや、もしやなんだが。あれ……俺の目が、鈍ったんでなければ……あの赤い毛。もしかして、魔力かなんかで染まってないか?
じっと。よく目をこらせば、うっすらと、あの赤い毛周辺の景色が、うすぼんやりと揺らいでいる。
あれは確か。濃密な魔の素、つまり魔力が吹き出しているからこそ起こる現象で……はは。
あの野郎、動物なのに、なんか魔力を過分に持っていらっしゃる。普通の動物は、というか生物は、あんなに濃いものを簡単には宿せないはず、なのだが。




