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メルダリン  作者: もっちー
はじめての冒険者ギルド、いきなりの休学申請
11/12

いざ転移港(国営施設)、夢が無さすぎる空間転移

毎日、朝から晩までの長時間のデスクワークで凝り固まった肩を回し、既に冷めてしまっている紅茶で喉を潤す長い金髪の女性。

山積みになった書類に囲まれ、今日一日でこれを全て片付けて整理しなくてはならないと思うと、どうしても眉間に皺が寄る。



「はあぁぁぁぁ…」


『ん?どうした、ご主人。渋い顔してため息ついて』


「どうしたもこうしたも…見てくださいよ、この書類の束!確かに私の仕事ですよ?ですけど!いくらなんでも多すぎると思いませんか!?しかも見てくださいよ、これなんて今年後半期の国家予算案の書類ですよ!?私のこと、賢者なんて言って持て囃してますけど、さすがにそんなことまでは対応しきれませんからね!?」


『あ』


『…すぴゃー…すぴゃー…』



あー、もう!と椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がった女性は、今しがた処理を終えたばかりの書類を丁寧に纏め上げると、それを一本のスクロールに加工して、部屋の中央に陣取るソファーへ雑にぶん投げた。

黒猫がその軌道を眺めていたが、その終着点では、回転して飛んでいったスクロールが見事、ソファーで鼻提灯を膨らませながら鼾をかいていた白猫に直撃していた。



『ぶぐにゃっ!?…んな、何すんだこのババア!人が気持ちよく寝てる時に!』


「撤回しなさい、この寝坊助!年齢はあなたたちと変わりませんし、それにあなた人じゃないでしょう!主人と相方がもう働いているというのに、一人だけサボっているなんて認めませんよ!?私だって寝てないんですからね!…あぁ、もうこんな時間!?」


『…とっとと働いたほうがいい。ご主人、ここのところ毎日机にしがみつきっぱなしで荒れてるからな。お前も早々に動け。でないと暴走したご主人に肉球をフニフニされても知らんぞ』


『ぐぐ…ったく。わかったよ。それでババア。俺は何すりゃいいんだ?』



時計を見て現在時刻に焦り、バタバタと忙しく動き回る主人を目で追いながら、口の悪い白猫は指示を問う。

机の上に乱雑に散らばった判子や書類を片付け、窓を開け放って部屋の空気を入れ替えながら、主人である女性はそれに返した。



「もうすぐお客様がここに来ますので、スプーはその方を出迎えに行って、ルナは挽き立てのコーヒー豆を厨房の従業員さんからもらってきて下さい!あの人は紅茶よりもコーヒー派ですので!あ、一番いいものでお願いします!それとスプー?次またババアなんて言ったら、この窓から放り出しますからね?」


『殺す気か!ってあの女また来るのかよ』


『文句言うな。ご主人の茶飲み友達なんだ、ちゃんと出迎えないとならんだろう』


『…全身撫で回してきやがるから苦手なんだよなぁ』


『それは随分と恐ろしいな』



とても猫には開けられそうもない木製の扉が独りでに開き、白猫のスプーと黒猫のルナが二匹で何やらぼやきながら部屋から出ていった。

それを見届けた女性が細い指をひょいと振ると、棚に仕舞われていたポットやティーカップ、茶菓子が入った缶などが宙に浮き、意思を持っているかのようにテーブルへ静かに着地する。



「ベルサリア君の休学届け…でしたね。しばらくは来られなくなるかもって言っていましたが…残念ですねぇ。まぁでも!とりあえずあとは来るのを待つだけ!そろそろ来ると思うんですけどねぇ、カフカさん」



レイナスとカフカが冒険者ギルドでの登録手続きを済ませアルヴィス学院に向かっている最中、別の場所の別の部屋でこのような会話が行われていたのたが、当然二人は知るよしもない。


―――――

―――

――



「結構込んでるわね」


「でもギルドの中ほどじゃないですよ。それに、転移港はいつもこんな感じです」



転移港、それは国営施設の名称であり、空間転移の魔法を用いて移動に数日かかるような長距離を、文字通り一瞬で移動・転移するための施設である。

空間転移魔法は万人が扱える、日常生活系の魔法に区分はされているが、その扱いは非常に難しく、使用する際に必要な魔力量や事前の準備や手順が多く、他にも多くの問題や制限が多いのが特徴。


それらの理由から、人が個人で扱うのは不可能とされるため、国によってこうした施設が大きな町に設けられているのである。

施設の内部はいくつかのセクションに分かれており、行き先を告げて手形を発行するための受付カウンターに、簡単なボディチェックや荷物検査をするためのカウンター、そして二つの手続きを済ませた者を一度に纏めて転移させるために、空間転移魔法を使用するまでに待つための、やや広めのロビーとなっている。


レイナスによれば一番奥に3つほどの部屋があり、そこで一定時間ごとに転移が行われるとのことだが、カフカにとってはただ一つの感想しか抱けなかった。



「普通に空港みたいよね、ここ」


「え?空港ってなんですか?」


「私がいたところにも同じような施設があって、それを空港って言うのよ。でも正直、空間転移ってもっとこう、スムーズで簡単にできるものだと思ってたわ。魔法でも難しいって本当なのね」


「難しい…というよりも一人で扱うには無理な魔法なんですよ。ギルドの黄金級冒険者にだって、そんな人一人もいないんですから。」



とのこと。

この世界に来てからというもの、科学ではなく魔法という超常的な技術が発達した文明に何度も驚かされてきたカフカだが、やはり一番できると言われて驚き、心が弾んだのは空間転移魔法である。


しかし、それは思い描いていたように誰でも自由自在、無制限に好きな時に、かつ好きな場所へ移動できるような魔法ではなく、様々な問題を抱えた魔法だと聞かされた時は、前の世界に銃火器を全て置いてきてしまったと気がついた時以上に本当にガッカリした。

飛行機を乗り継いでの国外へ長時間・長距離移動、仕事柄そういうのも多かったが、それが一切無くなると思っていたのに現実は厳しい。


案外、魔法なんてものは夢が無いものらしい。

と言っても、レイナスから受け取った指輪の魔力が無いと日常生活を送ることすら難しいカフカにとっては、無制限の空間転移魔法があったとしても使える余地がないため、それも夢のまた夢ではあるのだが。


その時、係員の人間から行き先を告げた。

同じ行き先の人間たちがぞろぞろと、開け放たれた部屋の中に入っていく。



「ハーフェン行きって言ってましたね。僕たちも行きましょうか。…そういえば、前に転移酔いしていましたけど大丈夫そうですか?」


「どうかしら…そもそもこれでようやく三回目なのよ?空間転移。あのグラッとしてフワッとした感じ…どうも苦手なのよね…」


「あ、酔い止めのポーション持ってますけど飲みますか?カフカさんにもちゃんと聞きますよ?」


「…いただくわ」



トランクを持ち上げて、列を成す人々に合流する二人。

差し出された薄いピンク色の液体が入った小ビンを、大人しく受け取ったカフカに、この人にも苦手なものあるんだなぁと少しだけ嬉しくなったレイナスだった。


―――――

―――

――


ハーフェン。

大陸の東方、広大な領土を統治するセレクトラウト王国の首都であり、王族の直轄領。


白いレンガが使われて建てられた多くの建造物が軒を連ね、都市の最奥部にそびえ立つ荘厳・純白の王城は、高く頑強な城壁によって守られており、そこから続いている城壁が広い都市をもぐるりと囲んでいる城塞都市である。

都市の近くを流れる大河から清流を引いて、絶えず都市に清水を供給しており、また王族のお膝元だけあって治安もよく、女子供が夜に出歩いても問題ないと言われるほどに安全な町としてよく知られている。


また、この都市には大陸全土を見てもトップクラスの教育を行っているとされる学園、アルヴィス魔法学院がある町だと意味でも有名。



「大丈夫ですか?ポーション、ちゃんと効きましたか?」


「ええ、ばっちりよ。ありがとうレイナス」



ベルサリア領の町であるベルサイユを離れたため、レイナスは目深に被っていたフードをとっていた。

長時間被りっぱなしだったため、髪型が崩れているかと思われたが、彼の髪は相変わらずフワフワといたるところが跳ねている。


なかなか癖が強いようだ。



「よいしょっと。じゃあ学院に向かいましょうか」


「ええ。…ね、そのトランク持ってあげましょうか?私、自分の荷物にこれっぽっちも重さ感じてないし、正直持ちにくそうよ?あなた」


「さすがに重くはないとはいえ、女性に自分の荷物を持たせるような真似はできませんよ。でもそうですね…やっぱりかなり持ちにくいので、なるべく早くなんとかしたいですね」



先にも述べたが、二人のトランクは収納した荷物の重量を大幅に軽量化する効果のあるマジックアイテムである。

そのため、それなりの大きさに反してさほど重くはないのだが、やはりレイナスの身長には大きすぎて持ちにくそうに見えてしまう。


カフカならば普通に片手で持っても問題外の無い大きさでも、彼の場合は片手で持てば引摺り、それを避けるために身体の前で両手で持てば、歩く度に足がゴツゴツと当たって歩きにくかった。

それはレイナスも感じていたようで、これからもこのトランクを使い続けるなら、早めになんとかしたほうがいいだろう。



「そういえば、お金ってどうしたの?特に餞別とかも受け取ってないみたいだけど、今後の資金とかは大丈夫?」


「昔、父上の執務の補助をしたり、使用人の業務を興味本意で手伝った時にいただいたお金を残してあったたので、それでしばらくは凌げると思いますよ。父上は「正当な労働には、それに見合った適正な賃金を」って言って、家の手伝いをしたらお金をくれてましたから、それで結構な金額を稼がせてもらいまして。お小遣い…のようなものはありませんでしたけど」



ベルサイユの転移門で手形を発行してもらう際、カフカは自分があまりお金を持っていないことを思い出し、レイナスに料金を負担してもらっていたのだが、そのお金はどこから出ているのかが気になっていた。

聞くに、彼の父上は大貴族の当主という立場でありながら、かなり厳しめというか現実的な教育を息子にしていたようだ。


カフカも何人かの貴族の子息や令嬢に会ったことはあるが、彼のように庶民的な雰囲気や考え方をしている者は少なく、だいたい平民を見下して自分の血筋を誇る選民思想に染まった人間がほとんどで、「身分の低い者は跪くのが当然」と話す者も多かった。

レイナスの友人である貴族の子息はそういうわけではなかったが。



「それでも大した金額ではありませんし、あまり贅沢とかはできませんから、なるべく早くギルドの依頼をこなしてお金稼がないといけませんけどね。じぃやが餞別をって言って金貨の袋を渡してきましたけど、経済状況があまり良くないですしお断りしました」


「…あなたの父親って、相当立派な方だったのね。奥様も素晴らしい方だけど、一度お会いしてみたかったわ」


「え?どうしたんですか、突然」


「あなたって本当にいい子ねーって思っただけよ。よしよし」



傲慢な者が多い貴族らしかぬ、心優しい少年の柔らかい金髪の頭を撫でるカフカだが、レイナスは顔を赤らめてその手から逃げる。

逃げはしても、力ずくで振り払おうとしない辺り、やはり心優しい男の子である。



「ま、町中で頭を撫でないで下さい、ていうか子供扱いしないで下さいよ!今年で17才ですよ!?来年成人なんですよ!?」


「あなたの年齢を当てられる人間なんていないわよ。自分でそうやって叫ばないと誰もわかるわけないわ。ほら、大人しくしなさい」


「うわっ!?な、なにするんですかぁっ!?」



町中で騒いだため、町民たちの好奇の視線が二人に集中する。

賑やかな町であるため、こういったささやかな騒ぎは日常茶飯事だろうが、冒険者として厄介ごとでは顔をあまり知られたくはない。


そう考えて町民の注目から早めに逃れるため、カフカはレイナスにとっては最も屈辱的であろう行動を実行に移した。

自分のトランクを持ちやすいように左手に移動させてレイナスの背後に素早く回り、肩と膝の下から腕を通して彼の身体を持っていたトランクごと軽々と抱き上げる。



「暴れたら舌、噛むわよ」


「や、やだ、降ろして下さい…って、うぅうわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」



その晩、その場に居合わせたとある主婦が家族との夕食時に話題に上げたのは、黒髪を長く伸ばした長身の美女が、怒る金髪の美少女を突然お姫様だっこすると、その場で跳躍して建物の屋根に飛び乗り、アルヴィス学院方面へ向かって、屋根伝いに凄まじい速さで駆け抜けていったという話だった。

金髪の女の子は嫌がっているふりをしていたけど、素直になれなかっただけなんじゃないかねぇという、主婦の余計な考察も付け加えられたうえで。





※まとめと解説


空間転移魔法

正確には《空間転移(ディメンジョナルムーブ)》という魔法で、A地点とB地点を隔てている空間そのものを繋ぎ合わせることで、どのような長距離でも一瞬で移動できる瞬間移動魔法。

日常生活における魔法に区分される魔法では上位にあたり、転移する人数ではなく移動する距離に応じて必要な魔力量が増減する。


使用に当たっての術式が非常に複雑であるうえ、使用には大量に魔力を消費するという、魔法陣などの外部の補助がなければ、まともに発動できない超絶高等魔法。

ならば魔法陣があれば問題ないのかと思えば、求められる魔法陣は極めて複雑かつ精密で、緻密で巨大な魔法陣であり、その大きさや書き込む必要のある術式や文字などの規模や量から、5人がかりのうえ不眠不休で3日かかるほどに難解な代物。


しかも入り口と出口を必要とする魔法であるため、それと全く同じ魔法陣が転移先の分だけ必要となるうえ、片方を入り口として使用した場合、対応する魔法陣は自動的に出口となってしまう関係上、A地点とB地点の人間を同時に転移させることはできない。

もし間違ってしようものなら、魔法陣に込められた大量の魔力が暴発し、大爆発を起こす危険性を持つ。


仮に魔法陣を必要とせず、この魔法を扱えたとしても、その場合は一度実際に行ったことのある場所にしか転移できないうえ、転移先の状況が不明であるため、最悪転移した瞬間に馬車などに引き殺される可能性もあることから、そういった危険性のある町中に転移することは避けなければならない。

また、少しでも転移先の座標がズレようものなら、木にめり込んだり石の中に埋没してしまうなど、転移に失敗した場合は命の保証はできないなどの問題が出てくる。


この作品における、現実的すぎて夢がない魔法の筆頭である。

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