それ、罰ゲームだから
翌朝。
目覚ましが鳴るよりも早く、俺は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日を見つめながら、自然と頬が緩む。
昨日の出来事を思い出したからだ。
――美月が、俺に告白してくれた。
十年間、ずっと好きだった幼馴染。
一緒に登校して、くだらない話をして、時には喧嘩もして。
いつか、この関係が変わればいい。
そんな願いを、何度も胸の中で繰り返してきた。
そして昨日、ついにその願いが叶った。
『湊のことが、ずっと好きだったんだ』
あの言葉を思い出すだけで、胸が熱くなる。
今日は何を話そう。
手を繋いでもいいのだろうか。
学校では、今まで通りに接するべきなのか。それとも、恋人らしく振る舞ったほうがいいのだろうか。
考えれば考えるほど、落ち着かなくなる。
「……やばい。楽しみすぎる」
思わず声が漏れた。
俺は制服に着替えると、いつもより早く家を出た。
昨日までと同じ通学路なのに、世界が少しだけ違って見えた。
今日からは、美月のことを幼馴染ではなく、彼女として見られる。
そう思うだけで、足取りは軽かった。
このときの俺は、まだ何も知らなかった。
昨日の告白が、俺にとってどれほど大切なものだったのか。
そして、美月にとってはどれほど軽い出来事だったのか。
その違いを、思い知らされることになるなんて。
*
教室に入ると、いつも通りの光景が広がっていた。
「昨日の課題、やった?」
「やってねえ。あとで見せて」
「お前、毎回それじゃん!」
笑い声が響き、何人かの生徒がスマホを見ながら盛り上がっている。
俺はそんな教室を見渡しながら、美月の姿を探した。
いた。
窓際の席で、橘莉子や相沢大輝たちと話している。
「美月、おはよう」
声をかけると、美月が振り返った。
「……あ、おはよ」
その表情を見た瞬間、俺は少しだけ不安になった。
昨日、告白してくれたときとは違う。
どこか気まずそうで、俺と目を合わせようとしない。
「どうした? 眠いの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
美月は頬をかきながら、莉子たちに視線を向けた。
すると、莉子が口元を押さえて笑い始めた。
「ねえ、美月。ちゃんと言いなよ」
「……分かってるって」
何の話だろう。
俺が首を傾げていると、美月は小さく息を吐いた。
そして、俺を見て言った。
「湊。昨日のことなんだけどさ」
「うん?」
「……あれ、罰ゲームだったんだよね」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え?」
「だから、昨日の告白。友達と罰ゲームしてて、湊に告白することになっただけ」
美月は、まるで宿題を忘れたことでも説明するような口調だった。
「……は?」
頭の中が真っ白になる。
昨日の笑顔。
震えるほど嬉しかった気持ち。
十年間の想いが報われたと感じた、あの瞬間。
全部が、一気に遠ざかっていく。
「いや、でも……昨日、好きって……」
「だから、罰ゲームだってば」
美月は困ったように笑った。
「まさか本気にするなんて思わなかったんだけど」
その瞬間。
教室の一角から、笑い声が上がった。
「マジで信じてたのかよ!」
相沢大輝がスマホを掲げる。
その隣で橘莉子が、楽しそうに画面を操作していた。
「見てよ、これ!」
画面に映っていたのは、昨日の俺だった。
放課後の校舎裏。
美月から告白され、顔を真っ赤にしながら返事をする俺。
『俺も……ずっと好きだった。十年間、ずっと美月のことが好きだったんだ』
自分の声が、教室に響いた。
「うわ、十年間だって!」
「本気すぎるだろ!」
「幼馴染に告白されて、完全に舞い上がってんじゃん!」
あちこちから笑い声が聞こえてくる。
俺は、その場から動けなかった。
画面の中の俺は、幸せそうに笑っていた。
これから始まる恋を信じて。
美月と一緒に過ごす未来を夢見て。
何も疑わずに。
「……なんで、それがあるんだよ」
ようやく出た声は、自分でも驚くほど小さかった。
大輝が悪びれもせずに答える。
「俺が撮ったから。面白そうだったし」
「面白そうって……」
「いや、だってお前の反応、すごかったからさ!」
また笑い声が上がった。
教室の後ろでは、動画を見ていた男子が友達の肩を叩いている。
「これ、クラスのグループにも流れてきたぞ」
「マジ? 俺も見た!」
「本人、今どんな気持ちなんだろうな」
ひそひそとした声が、耳に入ってくる。
誰かが笑う。
誰かがスマホを見せ合う。
誰かは気まずそうに目を逸らす。
その中で、佐藤健太は笑いかけた口を途中で閉じた。
動画の中の俺が、あまりにも真剣だったからだ。
一方、水野葵は困惑した表情で周囲を見渡していた。
「……これ、本当に笑っていいことなの?」
その言葉に、近くにいた何人かが黙り込む。
けれど、笑い声はすぐには止まらなかった。
俺は美月を見た。
「……美月。本当に、嘘だったのか?」
最後にもう一度だけ、確かめたかった。
何かの間違いだと言ってほしかった。
昨日の告白だけは、本物だったと言ってほしかった。
けれど。
「うん。嘘だよ」
美月は、あっさりと答えた。
「ごめんね。でも、湊なら笑って許してくれると思ったんだよ」
――湊なら。
その言葉が、胸に突き刺さった。
十年間、一緒にいた。
美月が困っているときは助けた。
落ち込んでいるときは話を聞いた。
誰よりも近くで、誰よりも長く、彼女を大切にしてきたつもりだった。
だからこそ、信じてしまった。
美月が自分を好きだと言ってくれたことを。
けれど、美月にとって俺は。
傷つけても、笑って許してくれる人間だったのだろうか。
「……そっか」
俺は、無理やり笑おうとした。
でも、うまく笑えなかった。
「俺、本当に好きだったんだ」
教室が、少しだけ静かになった。
美月の表情から、笑みが消える。
「……湊?」
「十年間、ずっと……」
もう、それ以上は言えなかった。
声が震えそうだった。
目の奥が熱くなっていた。
ここで泣いたら、きっとまた笑われる。
そう思った俺は、鞄を掴んで教室を出た。
背後から、誰かの声が聞こえた。
「おい、ちょっとやりすぎじゃね?」
「でも、罰ゲームだったんだろ?」
「いや、そういう問題じゃ……」
そんな声も、すぐに遠ざかっていった。
*
廊下を歩きながら、俺は必死に涙を堪えていた。
別に、告白が成功しなかったことだけが悲しいわけじゃない。
美月に好きな人がいないことも、俺を恋愛対象として見ていなかったことも、受け止めるしかないと思う。
でも。
俺が本気で喜んだ姿を、動画に撮られていた。
十年間の想いを打ち明けた言葉を、笑いの種にされた。
それが、何よりも苦しかった。
階段の踊り場まで来ると、俺は足を止めた。
誰もいないことを確認して、壁に背中を預ける。
「……何やってんだろ、俺」
昨日は、あんなに幸せだったのに。
今日になったら、全部が嘘だった。
スマホが震えた。
クラスのグループチャットだった。
画面を開くと、さっきの動画についてのメッセージがいくつも流れていた。
『朝から笑った』
『湊、ガチだったんだな』
『美月もなかなかひどいな』
『いや、撮って拡散したやつもだろ』
さらに、別のグループにも動画が送られているらしい。
山田翔というクラスメイトが、別の友人たちにも動画を転送したというメッセージまで見えた。
俺はスマホの画面を消した。
もう、見たくなかった。
誰かを好きになることが、こんなに惨めなことだなんて思わなかった。
「……もう、いいや」
小さく呟く。
「もう、美月のことは諦めよう」
十年間、好きだった。
それだけは、嘘じゃない。
でも、その十年間に縛られ続ける必要はないはずだ。
そう思わなければ、立ち上がれそうになかった。
*
「……朝比奈くん?」
不意に、声がした。
顔を上げると、階段の上に一人の女子生徒が立っていた。
白銀の髪。
透き通るような青い瞳。
整った顔立ちに、すらりとしたスタイル。
校内で彼女を知らない生徒は、ほとんどいない。
白瀬雪乃。
成績優秀、容姿端麗。
誰に対しても礼儀正しく、先生からの信頼も厚い。
学園一の美少女と呼ばれる女子だった。
そんな彼女が、どうしてここにいるのだろう。
俺は慌てて目元を拭った。
「白瀬さん……。ごめん、こんなところで」
「謝らなくていいよ」
雪乃はゆっくりと階段を下りてきた。
そして、俺の顔を見つめる。
「……泣いていたの?」
「いや、これは……」
「無理して笑わなくてもいいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、堪えていたものが揺らいだ。
教室では、誰も俺の気持ちを聞いてくれなかった。
面白がる人がいて、困惑する人がいて、見て見ぬふりをする人がいた。
でも、彼女は違った。
俺が泣いていることを、笑わなかった。
「……ちょっと、失恋しただけだから」
どうにか笑おうとすると、雪乃は悲しそうに眉を下げた。
「そっか……」
それ以上、無理に聞き出そうとはしなかった。
ただ、俺の隣に立ってくれた。
しばらく、二人で黙っていた。
やがて雪乃が、静かな声で尋ねた。
「ねえ、朝比奈くん。少しだけ、私の話を聞いてくれる?」
「……俺でいいの?」
「うん。あなたがいいの」
彼女は、まっすぐに俺を見つめた。
その瞳は、普段の教室で見かける完璧な彼女とは少し違っていた。
どこか不安そうで。
それでも、何かを決意したような瞳だった。
「私ね……ずっと、あなたに伝えたいことがあったの」
「俺に?」
「うん」
雪乃は小さく頷いた。
そして、ほんの少しだけ頬を赤くする。
「今日、あなたが傷ついているのを見て……もう、黙っていられないって思った」
胸が、わずかに跳ねた。
「白瀬さん……?」
「今すぐじゃなくてもいい。すぐに信じてくれなくてもいいから」
彼女は、一度だけ深呼吸した。
「私の気持ちを、聞いてほしいの」
その声は、少し震えていた。
俺は黙って頷いた。
雪乃は、ほっとしたように微笑む。
「ありがとう、朝比奈くん」
窓から差し込む朝の光が、彼女の銀色の髪を淡く照らしていた。
その姿は、まるで絵画のように綺麗だった。
そして俺は、まだ知らなかった。
彼女がどれほど長い間、俺を想い続けてきたのか。
俺が忘れていた、ある雨の日の出来事を。
そして、この出会いが俺の人生を大きく変えていくことを。
――嘘の恋が終わった日。
俺は、本物の恋の始まりに出会った。
第3話『学園一の美少女は、ずっと俺が好きだった』へ続く。
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第2話も最後まで読んでいただき、ありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧✨
嘘の告白によって傷ついた湊。
そんな彼の前に現れた、学園一の美少女・雪乃。
果たして、雪乃が湊に伝えたいこととは……?(〃▽〃)
ここから始まる二人の恋の行方を、ぜひ見守ってください!✨
第3話もぜひお楽しみに!
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これからも応援よろしくお願いします!m(_ _)m




