罰ゲームの告白を、俺は本気にしてしまった
「ねえ、湊。ちょっといい?」
放課後の教室。
帰り支度をしていた俺、朝比奈湊は、幼馴染の小鳥遊美月に呼び止められた。
「ん? どうした、美月」
「えっと……その……」
美月は珍しく、もじもじと指先を動かしていた。
普段なら、俺に遠慮なんてしない。
小さい頃からずっと一緒にいたから、俺の家にも勝手に上がってくるし、宿題を見せてほしいと頼んでくることだってある。
そんな美月が、今日は妙に落ち着かない。
「もしかして、何かあった?」
「ううん。そうじゃなくて……」
美月は一度、深呼吸をした。
そして、俺の目を見つめる。
「湊。私ね、ずっと前から好きだったんだ」
「…………え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
好き?
美月が?
俺のことを?
「……え、ちょっと待って。今のって……」
「だから、その……私と付き合ってほしい」
心臓が、うるさいくらいに鳴り始めた。
夢じゃないのか。
何度もそう思った。
だって、俺は美月のことが好きだった。
小学生の頃から、ずっと。
一緒に帰った日も。
誕生日にプレゼントをもらった日も。
何気なく笑いかけてくれた日も。
そのたびに、好きだという気持ちは大きくなっていった。
でも、幼馴染という関係を壊すのが怖くて、告白する勇気なんてなかった。
だから、ずっと諦めようとしていた。
それなのに。
まさか、美月の方から告白してくれるなんて。
「……俺で、いいの?」
情けない言葉しか出てこなかった。
美月は少しだけ目を丸くして、それから笑った。
「湊がいいんだよ」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
ああ。
俺、本当にこの子が好きなんだ。
「……俺も」
「え?」
「俺も、美月のことが好きだ。ずっと前から……十年間、ずっと好きだった」
言ってしまった。
ずっと胸の中に閉じ込めていた気持ちを。
美月は一瞬、驚いたような顔をした。
けれど、すぐに笑顔に戻る。
「そっか……ありがとう」
「こちらこそ……!」
嬉しかった。
本当に、嬉しかった。
十年間、ずっと片想いしていた相手と、ようやく両想いになれた。
そんな奇跡みたいなことが、自分にも起きたのだ。
「じゃあ……今日から、よろしくな」
「うん。よろしくね、湊」
俺たちは、ぎこちなく笑い合った。
その日は、帰り道の景色までいつもと違って見えた。
いつも隣を歩いていた美月が、今日からは彼女になる。
明日からは、もっと一緒にいられるのだろうか。
手を繋いだり。
休日にデートをしたり。
いつか、もっと特別な関係になれたりするのだろうか。
考えるだけで、顔が熱くなった。
「……やばいな」
「何が?」
「いや、何でもない!」
美月が不思議そうに首を傾げる。
そんな仕草さえ、今まで以上に可愛く見えた。
俺はこのとき、本気で信じていた。
この幸せが、明日も続くのだと。
* * *
「――っ、あはははは!」
湊と別れた後。
美月は、駅前のファミレスに入っていった。
そこには、親友の橘莉子と、同じグループの相沢大輝が待っていた。
「どうだった、美月?」
莉子が身を乗り出して尋ねる。
美月はスマートフォンを取り出しながら、笑った。
「やばい、あいつ本気にしてた!」
「マジで?」
大輝が吹き出す。
「十年間ずっと好きだったんだって! もう、こっちが恥ずかしくなるくらい真剣だったんだけど!」
「うわ、純情すぎでしょ!」
莉子も腹を抱えて笑った。
実は今日の告白は、三人の間で決めた罰ゲームだった。
きっかけは、昼休みの何気ない会話。
『美月って、湊のことどう思ってんの?』
『幼馴染だけど?』
『じゃあ、告白してみてよ。絶対面白いって!』
最初、美月は断るつもりだった。
けれど、莉子に何度もからかわれ、大輝にも面白がられているうちに、つい軽い気持ちで引き受けてしまったのだ。
本当に付き合うつもりなんて、なかった。
湊は昔から自分に優しかったし、告白したところで、いつものように笑って終わると思っていた。
まさか、あんなに喜ぶなんて。
「で、動画は?」
莉子に聞かれ、美月はスマートフォンの画面を見せた。
そこには、告白を受け入れた湊の姿が映っていた。
『俺も、美月のことが好きだ。ずっと前から……十年間、ずっと好きだった』
自分の気持ちを真っ直ぐに伝える湊。
その姿を見て、美月は一瞬だけ笑うのをやめた。
……十年間?
そんなに前から?
「……ま、まあ、ちょっと可哀想だったかな?」
美月が小さく呟く。
しかし、莉子はすぐに笑い飛ばした。
「えー? 別にいいじゃん! 明日、嘘だったって言えばいいだけでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「ていうか、これ投稿したら絶対バズるって!」
莉子は、動画を見ながら楽しそうに言った。
「いや、さすがにそれは……」
「えー、何で? もう撮っちゃったんだし、いいじゃん!」
大輝もスマートフォンを覗き込む。
「クラスのグループに流すくらいならいいんじゃね?」
「……まあ、それくらいなら」
美月は、軽く笑った。
たかが冗談。
たかが罰ゲーム。
明日になれば、いつもの幼馴染に戻れる。
そう思っていた。
このときの美月は、まだ知らなかった。
自分が笑い話にした相手が、どれほど本気だったのか。
そして、自分の何気ない行動が、どれほど取り返しのつかない結果を招くのか。
――翌日。
俺の初恋は、教室中の笑い声とともに終わることになる。




