第5話「子供向け?」
第5話「子供向け?」
今日、編集部へ行ったら、僕の机の上に知らない漫画が置いてあった。
正確には、知らない漫画ではない。
表紙の真ん中にキッドがいる。
タイトルも『ビーストギア』。
だから知っている。知っているはずなのに、最初の数秒だけ、自分とは関係のない本を見ているような気がした。
「それ、届いてたわよ」
ミドリが向かいの席から言った。
「見れば分かる」
「じゃあ何で固まってるの?」
「いや……」
僕は本を手に取った。
キッドが笑っている。
ずいぶん元気に。
僕の描くキッドだって笑わないわけじゃないけれど、こんなに真正面から明るい顔をすることはあまりない。
全体の色も明るい。絵柄も丸い。怪人も、僕が描くよりずっと親しみやすく見える。
「……かわいいな」
「でしょう?」
「なんでミドリが得意そうなんだよ」
「別に得意そうにはしてないけど」
していたと思う。
これは前から話のあった、低い年齢の読者向けに描かれている別のコミカライズ版だ。
僕の漫画は、最初から小さな子供を一番の読者に想定して描いてはいない。
高校生くらいから上の読者を頭に置いているし、怪人の描写も戦闘も、人が傷つく場面も、それなりに重い。
特撮版が始まってから、小さな子供たちにも人気が出たことで、もっと入りやすい形の『ビーストギア』を作ろうという話が出た。
その結果が、今、僕の手の中にある。
「読まないの?」
「読むよ」
「さっきから表紙しか見てないけど」
「心の準備をしてる」
「自分の作品の漫画読むのに?」
「自分の作品だからだよ」
ミドリは理解できないという顔をしていた。
僕にも、うまく説明できない。
◇
最初の数ページを読んで、思った。
ちゃんと『ビーストギア』だった。
当たり前と言えば当たり前だ。
設定もキャラクターも僕の作品をもとにしているし、好き勝手に別物を描いているわけではない。
それでも、自分以外の人が描いた紀人が動き、自分以外の人が選んだ言葉で話しているのを見ると、不思議な感覚がある。
紀人の表情は分かりやすい。
キッドの格好良さも、かなり真正面から描かれている。
怖さの強い場面は少し抑えられ、その代わりに「悪い怪人に負けるな」と迷わず応援できる作りになっている。
だからといって、何もかも簡単になっているわけではない。
その年齢の読者が分かりやすい形へ、きちんと組み直されている。
僕ならこうは描かない。
でも、これはこれで分かる。
「……上手いな」
「何が?」
「子供向けにするの」
「褒め方が雑ね」
「いや、本当に」
僕はページを戻して、また読み直した。
「僕だったら、たぶん説明しすぎる」
「時根君、子供相手でも容赦なく設定全部説明しそうだものね」
「馬鹿にしてる?」
「褒めてはいない」
「だと思った」
でも、言われてみると否定できない。
僕はたぶん、「子供向けだから分かりやすく」と考えると、逆に何を残して何を削ればいいのか迷う。
これは、その取捨選択がちゃんとできていた。
キッドが何者なのか。
何のために戦うのか。
紀人がどういう少年なのか。
そこさえ伝われば、その場面で必要のない細かなものは思い切って省いている。
原作者なのに、読んでいて勉強になる。
それも何となく悔しい。
◇
「これ、小さい子が読むんだよね」
「そうね」
「大丈夫なのかな」
「何が?」
「元が僕の漫画だよ」
ミドリが本気で呆れた顔をした。
「今さら何言ってるの?」
「だって怪人とか普通に怖いだろ」
「テレビも見てるでしょう」
「テレビと漫画はまた違うじゃん」
「そのためにこういう絵と構成になってるんでしょ」
正論だった。
僕はページをめくる。
怪人は怪人らしいけれど、必要以上に怖くはない。
戦いも勢いがある。
何より、紀人が僕の漫画より少し素直に格好いい。
「……こっちの紀人の方がヒーローっぽくない?」
「気づいた?」
「そこは否定してよ」
「だって、こっちはそういう方向で描いてるんだから」
言われてみればそうだ。
僕の紀人は、別に「完成されたヒーロー」を描こうとして作ったわけではない。
強いけれど迷う。
正しいことをしたつもりでも、周囲からどう見えるかは分からない。
戦えば全部解決するわけでもない。
そういうところも含めて描いている。
でも、小さな子が最初に触れるキッドとしては、もっと真っすぐ格好よく見える方がいいのかもしれない。
それを見て育って、もし大きくなってから僕の漫画を読むことがあれば、その時にまた違うキッドに会う。
そう考えると、少し面白かった。
◇
午後、別の打ち合わせで子供向け雑誌の見本も見せてもらった。
そこにもキッドがいた。
簡単な紹介記事。
キャラクターの説明。
ポーズの写真。
遊びのページ。
ページの端には、子供が真似しやすいように変身の流れまで載っている。
僕はしばらく黙って見ていた。
「何か問題あります?」
担当の人に聞かれて、慌てて首を振った。
「いや、問題じゃないです。ちょっと……不思議で」
「不思議?」
「僕、これ描いた時、こういうページに載ると思ってなかったので」
相手は笑った。
「そういうものですよ」
また出た。
最近、周りの人が何でも「そういうもの」で済ませる。
僕だけ知らない漫画業界の常識が大量にあるんじゃないかと思えてくる。
でも、その人は続けた。
「子供たちは、テレビから入った子も多いですから。そこから漫画を知るんですよ」
「僕の漫画じゃなくて、こっちから?」
「もちろん原作へ行く子もいます。でも最初は、年齢に合ったものからでいいと思います」
それを聞いて、昨日までなら少し寂しく感じたかもしれない。
原作者なのに、自分の漫画が入口じゃない。
そんな変な意地があった気がする。
今日は、さっき低年齢向けの漫画を読んだあとだったからか、少し違った。
「入口って、一個じゃなくていいんですね」
「その方が広がりますから」
広がる。
昨日ミドリが言っていた言葉を思い出した。
作品が自分より先へ行っているんじゃない。
いろんな方向へ広がっているだけ。
もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。
◇
編集部を出る前に、ミドリが例の漫画を一冊、僕の鞄へ入れた。
「持って帰って」
「もらっていいの?」
「原作者に献本しない方が変でしょ」
「そうなんだけど」
「何?」
「自分の本じゃない自分の本を持って帰るの、変な感じする」
「また面倒くさいこと言ってる」
今日は何回それを言われただろう。
「で、どうだったの?」
「何が?」
「子供向けのビーストギア」
少し考えた。
「面白かった」
「ならいいじゃない」
「悔しいけど」
「なんでよ」
「僕に描けないから」
「時根君が全部描く必要ないでしょ」
前にも似たようなことを言われた。
でも今回は素直に頷けた。
僕が描けない『ビーストギア』があってもいい。
むしろ、僕に描けないから別の人が描く意味がある。
何でも原作者本人がやるなら、広がるんじゃなくて、ただ同じものが増えるだけだ。
「……そうかも」
「珍しく納得した」
「僕だって納得する時はあるよ」
「年に何回?」
「担当が作家を何だと思ってるんだ」
「面倒な生き物」
「否定しづらいな」
◇
帰りに電車へ乗ると、僕の向かいに小さな男の子と母親が座った。
別に昨日みたいに『ビーストギア』を見ていたわけじゃない。
今日は本当に、ただの偶然だ。
男の子は別の子供向け漫画を読んでいた。
ページをめくるたびに楽しそうな顔をしている。
僕は何となく、鞄の中の本を思い出した。
あの低年齢向けの『ビーストギア』も、誰かがあんな顔で読むのだろうか。
その子は、僕の名前なんて知らないかもしれない。
時根脱才なんて作家が最初に何を描いたかも知らないまま、キッドを好きになるのかもしれない。
それでいいのだと思った。
作者を知ってもらうために描いているわけじゃない。
作品を好きになってもらえれば、それで十分だったはずだ。
いつの間にか『ビーストギア』が大きくなりすぎて、その当たり前のことまで分からなくなっていたのかもしれない。
◇
家に帰ってから、もう一度その漫画を読んだ。
今度は仕事としてではなく、普通に最初から最後まで。
やっぱり僕ならこうは描かないと思う場所がたくさんあった。
紀人は少し素直すぎる。
怪人はちょっとかわいすぎる。
台詞も明るい。
でも、それでいい。
僕が描いているものと同じである必要はない。
その世界にも紀人がいて、キッドがいて、怪人がいる。
僕の描いた『ビーストギア』を知らない子にとっては、そちらが最初の『ビーストギア』になるかもしれない。
そして、その子がいつか僕の漫画を手に取ったら、
「思ってたより怖いな」
とか、
「紀人、こんなに面倒くさい奴だったのか」
とか思うのだろう。
それはそれで面白い。
昨日は、サクラが読者の中に僕の知らない居場所を持っていることに驚いた。
今日は、『ビーストギア』そのものに僕の知らない入口ができていることを知った。
知らないものが増えることを、ずっと怖がっていた気がする。
でも、全部を知っていなければ原作者ではいられない、なんてこともないのかもしれない。
僕の仕事は、僕の『ビーストギア』を描き続けること。
別の人には、その人のやり方で世界を広げてもらえばいい。
そう思って机に向かったら、少しだけ気が楽になった。
ただ一つ問題がある。
子供向け版のキッドが、思っていた以上にかわいい。
あれを見たあとで自分の原稿を見ると、紀人の顔がやたら険しく見える。
……少しくらい笑わせた方がいいだろうか。
いや。
そこまで影響されたら、それはそれで負けた気がする。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




