「サクラを返して」
「サクラを返して」
今日、編集部でミドリから分厚い封筒の束を渡された。
最初は読者アンケートかと思った。『ビーストギア』宛ての感想が増えていることには、もう驚かないようにしている。驚かないようにしているだけで慣れたわけではないけれど、少なくとも毎回「こんなに来たの?」と聞くのはやめた。
ところが、今日の束は少し違った。
「これ、ほとんど同じ内容だから」
ミドリがそう言うので、一番上の手紙を開いた。
サクラをもう一度出してください。
二枚目も似たような内容だった。
サクラを復活させてください。
三枚目。
サクラがいなくなってから寂しいです。
四枚目。
あれで終わりなんですか。
五枚目。
お願いします。サクラを返してください。
そこでいったん読むのをやめた。
「……全部?」
「全部じゃないけど、かなりの割合」
「これ、うちに来た分だけ?」
「出版社に来た分ね。テレビの方にも来てるし、事務所にも行ってるみたい」
「事務所って」
「サクラ役の子の事務所」
当たり前の話だった。
特撮版でサクラを演じた彼女は、今かなり忙しいらしい。
もともとこれから売り出していこうという若手だったらしいけれど、『ビーストギア』への出演をきっかけに一気に知られるようになった。雑誌の表紙、テレビ出演、広告、別作品の仕事。僕でも名前を見かけるくらいだから、相当なものだと思う。
少し前までは「サクラ役の子」と呼ばれていたのに、今は彼女の名前を先に知っていて、「あ、この人がサクラだったんだ」と気づく人までいるらしい。
「すごいな」
「何が?」
「いや、全部」
自分でも雑な感想だと思った。
でも、それ以上の言葉がなかなか出てこなかった。
◇
テレビ版のサクラは、もう退場している。
登場して、戦って、キッドたちと関わって、そして第三章にあたるところで倒された。
そこまでは予定通りだった。
脚本も見た。撮影前の打ち合わせにも関わった。放送される内容も知っていたし、もちろん自分で描いた原作が元になっているのだから、何が起きるか知らなかったわけではない。
それでも、放送されたものを見るのと、自分の原稿を読むのとでは感覚が違った。
漫画なら、ページをめくればサクラはいる。
前の巻を開けばいつでも会える。
でもテレビでは、毎週同じ時間に現れていた人が、次の週から本当にいなくなる。
視聴者には、その方がずっと強く「退場」として感じられるのかもしれない。
まして演じていた本人の人気まで急激に上がった。
サクラというキャラクターが好きな人。
演じている女優さんが好きになった人。
両方が重なった人。
そういう人たちから、同じ方向の声が一気に来ているらしい。
「制作側も大変そうだな」
「他人事みたいに言わないの」
「いや、僕が明日から出せって言って出せる話じゃないだろ」
「それはそうだけど」
テレビ番組は漫画と違う。
僕が原稿用紙に一人描き足せば済むわけじゃない。
脚本がいる。
撮影がいる。
役者さんの予定もある。
衣装もセットもスケジュールも、僕には把握しきれないくらい多くのものが動いている。
何より、一度決めて進めている物語を、反響が大きかったからといって翌週から急に変えられるものでもない。
「『人気だから来週復活させましょう』って、そんな簡単じゃないものね」
「簡単だったら逆に怖いよ」
「でも視聴者からしたら、そこは見えないから」
「まあね」
「好きなキャラがいなくなった。だから戻ってきてほしい。気持ちとしては普通でしょ」
それも分かる。
責められているとも思わない。
手紙のほとんどは、怒っているというより、本気で惜しんでいる感じだった。
だから余計に困る。
◇
中には、かなり具体的な提案まで書いてあるものもあった。
「実は生きていたことにしてください」
「双子だったことにしてください」
「夢だったことにしてください」
「時間を戻してください」
途中から、ミドリと二人で読むのが少し面白くなってきた。
「これすごいよ。『サクラの妹を出してください。同じ役者さんで』だって」
「それ、結局同じ人を見たいだけじゃない?」
「でも理屈は通してきた」
「時根君、変なところ評価するわね」
「こっちは『実はあれは偽物だった』」
「便利ね、偽物」
「創作で困った時に使いたくなる気持ちは分かる」
「使わないでよ?」
「使わないよ。たぶん」
「今の間は何?」
笑いながら読めるものもある。
でも、何十通、何百通と同じ願いが積み重なってくると、笑うだけでは済まなくなった。
この人たちは本当に、サクラの続きが見たいのだ。
僕が紙の上に描いた一人の登場人物が、知らない人たちにここまで惜しまれている。
昨日までなら、こういうことを「人気がある」と一言でまとめていたと思う。
今日は少し違った。
人気という数字の向こう側に、一人ずつ人がいるのだと分かった。
その人たちが、それぞれ自分の時間を使って手紙を書いている。
僕は原稿の中で「ここで退場」と決めた。
けれど、読んだ側にとっては、その一行で簡単に片づく話ではない。
作品が大きくなるというのは、たぶんこういうことでもあるんだろう。
◇
「で、どうするんですか?」
今日、テレビ側の人にも聞かれた。
打ち合わせの終わり際だった。
「どうするって?」
「サクラですよ。問い合わせ、かなり来てます」
「聞いてます」
「時根先生のところにも?」
「大量に」
「ですよね」
その人も困ったように笑った。
制作側でも話題にはなっているらしい。
ただ、当然ながら、今すぐ何かを決められる状態ではない。
僕も曖昧に答えるしかなかった。
「今の放送予定は、予定通りでお願いします」
「分かりました」
それだけ。
変えるとも言わない。
変えないとも言わない。
というより、今ここで話せることがほとんどない。
原作漫画はテレビよりずっと先を進んでいる。
僕とミドリは、その先に何があるか知っている。
だからこそ、余計なことを言えない。
質問されるたびに、何気ない一言がどこまで先の情報になるのか考えなければならない。
「作者なんだから知ってるんですよね?」
と聞かれることがある。
知っている。
だから答えられない。
なんとも不便な立場だ。
◇
編集部へ戻ってから、また手紙を何通か読んだ。
一通、短いものがあった。
サクラが大好きでした。
また会えたら嬉しいです。
それだけだった。
僕は、その手紙をしばらく机の上に置いていた。
「何?」
ミドリが聞いてきた。
「いや」
「また何か考えてる顔してる」
「僕、サクラを作った時、こんな人気出ると思ってなかったなって」
「またそれ?」
「昨日の話とはちょっと違う」
「どう違うの?」
「昨日は作品全体が大きくなりすぎたって話。今日は……キャラクターまで僕の予想を超えてくるんだなって」
サクラを書く時、役割は考えた。
物語の中で何をするのか。
紀人とどう関わるのか。
どう登場して、どこまで見せるのか。
もちろん魅力的なキャラクターにはしたかった。
でも、「放送後にこれだけの人から戻してほしいと言われるキャラクターを作ろう」と考えて描いたわけじゃない。
そんなものを狙って作れるなら、たぶん漫画家は誰も苦労しない。
「作った側が全部決められるわけじゃないのかもな」
「何を?」
「誰が人気になるかとか。どこを好きになってもらえるかとか」
「当たり前じゃない?」
「ミドリはすぐ当たり前って言うよね」
「読者の気持ちまで作者が決められたら、その方が怖いでしょ」
「まあ、そうだけど」
「サクラを好きになるかどうかは、見た人が決めることよ」
また簡単に言う。
でも、今回は少し分かる気がした。
◇
帰りの電車で、向かいに座っていた人がスマートフォンを見ていた。
別に覗くつもりはなかった。
画面にサクラが映っていたから気づいただけだ。
ニュースなのか、動画なのかまでは分からない。
少しして画面が切り替わり、今度はサクラ役の女優さんの写真になった。
僕は慌てて視線を外した。
昨日は子供がキッドの真似をしていた。
今日は電車の中でサクラを見る。
どこへ行っても、自分が作ったものの一部が先回りしている。
でも昨日ほど、不安だけではなかった。
サクラはもう、僕一人の頭の中にいるキャラクターではない。
演じた人がいて、見た人がいて、それぞれの中に別々のサクラがいる。
そう考えると、少しだけ不思議だった。
自分が描いたものなのに、自分の知らないところで誰かに大事にされている。
嬉しい。
たぶん、これは普通に嬉しいでいいんだと思う。
その分、怖さもあるけれど。
◇
帰宅して、原稿机に座った。
今日も仕事は残っている。
サクラへの手紙を読んだからといって、締切が伸びるわけではない。
原稿を開く前に、机の端へ置いたメモを見た。
今日、編集部でもらった手紙の中から、印象に残った言葉だけ書いておいた。
――サクラを返してください。
強い言葉だと思う。
僕が奪ったわけではないのに。
でも、物語の中からいなくしたのは僕だ。
そう考えると、完全に間違っているとも言い切れない。
作者というのは、ずいぶん勝手な仕事なのかもしれない。
登場させるのも自分。
苦しませるのも自分。
退場させるのも自分。
そのくせ、好きになるのは読者に任せている。
そして、本当に好きになってもらえたら、今度はその気持ちの大きさに驚いている。
「面倒くさいな、作者って」
誰もいない部屋で言ってみた。
当然、返事はない。
僕はメモを伏せて、原稿を開いた。
今ここで何かを変えるつもりはない。
反響だけで物語を曲げるのも違うと思う。
でも、今日届いた手紙のことは忘れないでおこうと思った。
僕が一人で描いているつもりでも、世に出たあとのキャラクターは、読む人や見る人の中にも居場所を持つ。
昨日は、『ビーストギア』そのものが僕より大きくなったように感じた。
今日は、その中にいる一人まで、僕が想像していたよりずっと大きくなっていた。
たぶん、これからもこういうことは増える。
僕はそのたびに驚くんだろう。
まだ慣れる気はしない。
とりあえず明日は、手紙を全部読もうとするのをやめよう。
仕事が本当に終わらなくなる。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




