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時根の手記  作者: 時根脱才 


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「大きくなりすぎた」

「大きくなりすぎた」


 最近、自分の作品なのに、自分の知らない『ビーストギア』が増えている。


 変な書き出しになった。


 別に、勝手に話を書き換えられているという意味ではない。


 テレビの脚本は確認しているし、漫画の方だって打ち合わせをしている。監修が必要なものは見せてもらっているし、少なくとも僕のところを通るべきものが、何も知らないうちに世の中へ出ているわけではない。


 それでも、知らない『ビーストギア』が増えている。


 今日、それを嫌というほど実感した。


     ◇


 編集部へ行く途中だった。


 駅を出て、信号が変わるのを待っていたら、前にいた小学生くらいの男の子が突然、


「配信開始!」


 と言った。


 危うく振り向くところだった。


 いや、振り向いた。


 男の子は腰のあたりに何かを巻く真似をして、隣の子に向かってポーズを取っていた。


「いいねよろしく!」


「それ違う! 先にこれだろ!」


 今度は別の子が何かを手に持つ真似をする。


 どうやらキッドの変身ごっこらしい。


 僕は信号が青になるまで、なるべく見ていないふりをした。


 別に悪いことをしているわけではない。


 むしろ、作者としては喜ぶべきなんだと思う。


 僕が机の前で考えた台詞を、知らない子供が遊びの中で口にしている。


 そんな経験、漫画家なら誰でもできるものじゃない。


 分かっている。


 分かっているんだけど。


 なんというか。


 落ち着かない。


 その子たちは、僕の顔なんて知らない。


 信号待ちをしている冴えない男が、その台詞を考えた本人だなんて思ってもいないだろう。


 それなのに、僕の頭の中から出てきたものだけが、先に知らない人たちのところへ行っている。


 信号が青になった。


 子供たちは走っていった。


 僕は歩きながら、少しだけ妙な気分になった。


     ◇


「だから、それは売れてるってこと」


 編集部で話したら、ミドリはあっさり言った。


「知ってる」


「じゃあ何が不満なの?」


「不満じゃない」


「じゃあ何?」


「分からないから話してる」


「面倒くさいわね」


 高校の頃から変わらない言い方だった。


 担当編集が作家に向かって言う言葉なのか、それ。


 机の上には、今日確認する予定だった資料が山になっている。


 テレビ関係。


 コミカライズ関係。


 商品関係。


 イベント関係。


 雑誌の企画。


 インタビュー依頼。


 全部、『ビーストギア』。


 少し前まで、僕にとって『ビーストギア』といえば、机の上に積んだ原稿用紙と、締切と、ネームと、担当からの電話だった。


 今は違う。


 テレビの中で人が動いている。


 俳優が役を演じている。


 子供向けの漫画もある。


 僕が描いたものとは全然違う絵柄なのに、そこにもキッドがいる。


 店へ行けば関連商品が置かれている。


 街を歩けば子供が台詞を真似している。


 テレビをつければ、自分の知らない番組で作品の話をしていることまである。


「……多すぎない?」


 僕が言うと、ミドリが顔を上げた。


「何が?」


「ビーストギアが」


「作品名に複数形みたいな使い方しないでよ」


「いや、でも増えてるだろ」


「増えてるわね」


「僕が描いたの、一個だよ」


「知ってる」


「なのに今、何個あるんだよ」


 ミドリが少し考えた。


「数える?」


「やめとく」


「じゃあ聞かないでよ」


 そう言って、また資料へ目を落とす。


 僕も目の前の紙を一枚取った。


 そこには、僕の描いていないキッドがいた。


 もちろん、偽物という意味じゃない。


 ちゃんと正式なものだ。


 別の作家さんが描いた、低い年齢の読者向けのキッド。


 頭身も違う。


 表情も違う。


 台詞回しも少し柔らかい。


 でも、ちゃんとキッドだった。


「これ、人気あるんだって」


 ミドリが言った。


「らしいね」


「小さい子にはこっちから入る子も多いみたい」


「……僕の方、読まないの?」


「読む子もいるでしょうけど、対象年齢違うんだから」


「原作者なのに入口じゃないの、ちょっと変な感じするな」


「そういうものじゃない?」


「そういうものなのかな」


「そういうものよ」


 最近、ミドリは何でも「そういうもの」で済ませる。


 便利な言葉だと思う。


     ◇


 でも、今日引っかかったのはそこじゃない。


 資料の中に、テレビ版の今後の展開に関する意見がいくつか入っていた。


 スタッフからの提案。


 商品展開から逆算した案。


 演出側から出てきたアイデア。


 別媒体との調整。


 もちろん、全部を採用するわけじゃない。


 僕が違うと思えば意見を言える。


 実際、何度も言っている。


 それでも、読んでいる途中で思った。


 面白い。


 僕が考えていなかったのに。


 ちゃんと『ビーストギア』だった。


 それが、少し怖かった。


「ミドリ」


「今度は何?」


「これ、面白いよね」


「どれ?」


 紙を渡す。


 ミドリが読んだ。


「ああ。いいんじゃない?」


「僕、これ思いつかなかった」


「全部原作者が思いつかないと駄目なの?」


「いや……」


「映像の人は映像のこと考えるし、玩具の人は玩具のこと考えるし、漫画の人は漫画のこと考えるでしょ」


「うん」


「それを時根君が一人で全部できるなら、会社いくつ必要なのよ」


「僕が何人いる前提なんだよ」


「十人くらい?」


「死ぬよ」


「一人でも締切前は死にそうな顔してるものね」


 否定できなかった。


 だけど、笑ったあとでも、引っかかりは残った。


 面白い。


 僕の想定になかったものなのに、面白い。


 それが作品を壊しているわけでもない。


 むしろ広げている。


 だったら、いいことのはずだ。


 なのに。


「僕、ついていけてるのかな」


 気づいたら口にしていた。


 ミドリが資料から目を上げた。


「何に?」


「ビーストギアに」


「作者でしょ」


「だからだよ」


 うまく説明できなかった。


 少し前まで、この世界のことを一番知っているのは僕だった。


 誰が何を考えているのか。


 どこで何が起きるのか。


 この先、誰がどうなるのか。


 全部、僕の頭の中にあった。


 もちろん漫画になれば読者にも伝わる。


 でも、その一歩先にはいつも僕がいた。


 今は違う。


 作品から派生したものが増えすぎて、僕の知らないところにも『ビーストギア』がある。


 知らない子供がキッドになりきって遊ぶ。


 知らない作家が別の絵柄でキッドを描く。


 俳優が、僕の想像とは少し違う表情で紀人を演じる。


 監督が、漫画にはなかった間を作る。


 音楽がつく。


 玩具になる。


 誰かが語る。


 誰かが勝手に意味を見つける。


 それら全部が、今は『ビーストギア』と呼ばれている。


「なんかさ」


 僕は言った。


「僕より作品の方が先に行ってない?」


 ミドリはすぐには答えなかった。


 少しだけ考えてから、椅子の背にもたれた。


「先に行ってるんじゃなくて、広がってるんじゃない?」


「同じじゃない?」


「違うと思う」


「どう違うの」


「時根君が一本道だと思ってるから、先に行かれたように見えるのよ」


「……よく分からない」


「でしょうね」


「説明を諦めるなよ」


 ミドリが笑った。


「別に、原作者が全部の先頭を走らなくてもいいんじゃないって話」


「原作者なのに?」


「原作者だから」


 また、よく分からない。


 でも、その言葉だけは妙に残った。


     ◇


 帰りに本屋へ寄った。


 自分の単行本が置いてあった。


 相変わらず見慣れない。


 自分で描いた表紙なのに。


 その近くには特撮版の本。


 子供向けの本。


 別の作家さんが描いた漫画。


 雑誌。


 関連商品。


 棚の一角が、本当に一つの作品だけで埋まっていた。


 僕が最初に描いた時には、こんな景色になるなんて考えてもいなかった。


 そもそも、連載が続くかどうかで必死だった。


 今だって、自分がそんなに立派な漫画家になった実感はない。


 締切には追われる。


 ネームは詰まる。


 担当には直される。


 自分の描いた絵を見て、「なんか違うな」と一時間悩む。


 昔と大して変わっていない。


 なのに作品だけは、とんでもなく遠くまで行っている。


 棚の前で立っていたら、親子連れが来た。


 子供が一冊を手に取った。


「あ、キッド!」


 母親が、


「それ、この前テレビで見たやつでしょ」


 と言った。


「うん!」


 それだけだった。


 僕には気づかない。


 当然だ。


 二人はそのまま本を持っていった。


 僕は少し離れたところから、それを見ていた。


 変な話だけど、少し安心した。


 あの子にとっては、誰が描いたとか、誰が考えたとか、たぶんどうでもいい。


 面白いから手に取った。


 それだけだ。


 だったら、それでいいのかもしれない。


     ◇


 帰ってきてから原稿を開いた。


 描きかけのページには、いつもの紀人がいる。


 テレビの紀人でもない。


 子供向け漫画の紀人でもない。


 僕が描いている紀人だ。


 ペンを持つ。


 少しだけ手が止まった。


 作品が大きくなりすぎた。


 自分がついていけていない気がする。


 その感覚は、たぶん明日になっても消えていない。


 でも。


 ここだけは、まだ僕の仕事だ。


 次の一コマを描く。


 その次も。


 結局、僕にできることはそれしかない。


 全部の『ビーストギア』の先頭に立てなくても。


 少なくとも、この一ページの先には僕がいる。


 今日は、それでいいことにする。


 ……しかし。


 子供が道端で「配信開始!」と言うのは、本当に心臓に悪い。


 次は絶対、振り向かないようにしよう。


 たぶん無理だけど。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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