第4話 担当編集者
第4話 担当編集者
昼を少し過ぎたころ。
玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
返事をしながら立ち上がる。
机の横を通ったところで、床に置いていた資料の束に足をぶつけた。
「痛っ」
崩れた。
拾う。
またチャイムが鳴る。
「今行くって!」
誰に怒っているんだ、俺は。
玄関を開ける。
「遅い」
開口一番。
ミドリはそう言った。
「二回しか鳴らしてないだろ」
「二回鳴らして出てこなかったら十分遅いの」
「そういうものか?」
「そういうものです」
高校のころから知っている顔が、呆れたように俺を見る。
ミドリ。
俺の担当編集者だ。
高校を卒業してからは、それぞれ別の道へ進んだ。
俺は漫画家になった。
ミドリは漫画の編集者になった。
それから。
まさか担当編集者として再会することになるとは思っていなかった。
人生というのは、よく分からない。
「で、何しに来た?」
「担当編集者が漫画家の家に来て、その質問されるとは思わなかった」
「原稿ならまだだぞ」
「知ってる」
「じゃあ何だ」
「その『まだ』が、いつまで『まだ』なのか確認しに来たの」
「…………」
なるほど。
仕事だった。
◇
「汚い」
部屋に入ったミドリの第一声だった。
「そうか?」
「そうか? じゃない」
床を見る。
資料。
ノート。
雑誌。
漫画。
没になった原稿。
描きかけの紙。
消しゴムのカス。
飲み終わったコーヒーカップ。
「歩けるぞ」
「歩けるかどうかを基準に部屋の状態を判断しないで」
「仕事してるとこうなるんだよ」
「前に来たときも同じこと言ってた」
「漫画家だからな」
「漫画家に謝って」
ミドリが鞄を置いた。
そして。
なぜか片づけ始めた。
「おい」
「何?」
「仕事の話じゃなかったのか?」
「この状態で話したくない」
「俺はできる」
「私は嫌」
「…………」
だったら仕方ない。
俺は机に戻った。
「ちょっと」
「何?」
「なんで座るの?」
「邪魔しちゃ悪いかと思って」
「手伝って」
「原稿が」
「まだ描いてなかったでしょ!」
そうだった。
◇
二人で片づけた。
正確には。
ほとんどミドリが片づけた。
俺は途中から、捨てようとする紙を救出する係になっていた。
「それ捨てないで」
「何これ?」
「怪人の案」
「使うの?」
「使わない」
「じゃあ捨てる」
「待て待て待て」
取り返す。
ミドリが俺を見る。
「使わないんでしょ?」
「今は」
「没でしょ?」
「今は」
「二回言った」
分かってない。
没になったからといって、永遠に使わないとは限らない。
別の形なら使えるかもしれない。
別の怪人に一部分だけ使えるかもしれない。
数年後に見たら、ものすごいアイデアに化けるかもしれない。
可能性はある。
「だから取っておく」
「それを全部やってるから、この部屋になってるんじゃないの?」
「…………」
痛いところを突く。
さすが担当編集者。
◇
どうにか人間が暮らしているように見える程度には片づいた。
ミドリが台所へ向かう。
「コーヒーでいい?」
「ああ」
「ちゃんとご飯食べた?」
「食べた」
「何?」
「…………」
「食べてないんじゃない」
「コーヒー」
「それは飲み物」
「砂糖入れた」
「食事にはならない」
冷蔵庫を開ける音がした。
「何もないんだけど」
「コーヒーあるだろ」
「だから、それは食事じゃないって言ってるの」
しばらくして。
ミドリは買ってきたらしい食べ物まで机に並べ始めた。
「用意してきたのか?」
「どうせ何も食べてないと思ったから」
「さすが担当だな」
「…………そうね」
「ん?」
「何でもない」
ありがたい。
俺が原稿に集中できるように、ここまでしてくれる。
本当に。
いい担当編集者に当たったと思う。
◇
「それで」
食べながら。
仕事の話になった。
「『ビーストギア』、評判いいみたいよ」
「そうらしいな」
「編集部にも結構来てる。感想」
「へえ」
「特撮を見て漫画を買ったって人もいるみたい」
「本当か?」
「本当」
それは。
素直に嬉しかった。
テレビから漫画へ。
漫画からテレビへ。
入口はどちらでもいい。
『ビーストギア』を知ってくれる人が増える。
それだけで。
描いてきた意味があったような気がする。
「子供からの反応もいいって」
「それは聞いた」
「嬉しくない?」
「嬉しいよ」
「じゃあ、もうちょっと嬉しそうな顔しなさいよ」
「してる」
「してない」
失礼な。
かなりしている。
たぶん。
◇
少し黙ってから。
俺は聞いてみた。
「なあ」
「何?」
「ミドリは、どう思った?」
「何が?」
「特撮」
ミドリがコーヒーカップを置いた。
「面白かったよ」
「それだけ?」
「担当として?」
「いや」
少し考える。
「俺の漫画、昔から知ってるだろ」
「まあね」
「漫画になる前も」
「知ってる」
「だったら」
言葉を探す。
「変わったと思わないか?」
ミドリは。
すぐには答えなかった。
「変わったよ」
あっさり言った。
「やっぱり?」
「そりゃ変わるでしょ」
「…………」
「何その顔」
「いや」
もう少し。
こう。
否定してくれるかと思っていた。
「でも」
ミドリが続けた。
「変わったから、別物になったとは思わない」
「そうか?」
「私はね」
コーヒーを一口飲む。
「漫画にするときだって、あんた同じようなこと言ってたじゃない」
「言ったか?」
「言った」
「覚えてない」
「私は覚えてる」
少し嫌な予感がした。
「『ここを変えたら意味が変わる』とか」
「…………」
「『この場面は絶対必要だ』とか」
「…………」
「『だったら描かない』とか」
「最後のは言ってないだろ」
「言った」
「本当に?」
「言った」
昔の俺。
面倒くさいな。
◇
「でもさ」
俺は言った。
「今回は漫画から特撮だろ」
「うん」
「漫画にするときにも変えた。その漫画から、また変わった」
「うん」
「だから時々」
言うか迷った。
でも。
ミドリならいいか。
「俺の『ビーストギア』じゃなくなっていく感じがする」
言ってから。
少し後悔した。
格好悪い。
散々。
特撮化を喜んでおいて。
実際に放送を見て。
面白いと思って。
それなのに。
こんなことを言っている。
でも。
ミドリは笑わなかった。
「そっか」
それだけだった。
「否定しないのか?」
「何を?」
「考えすぎだ、とか」
「考えすぎだとは思う」
「思うのかよ」
「でも、あんたがそう感じるのは分かる」
ミドリは少し考えてから。
言った。
「実はね。制作側も、全部好きに変えてるわけじゃないよ」
「分かってる」
「本当に?」
「…………たぶん」
「ほら」
何だ。
その勝ち誇った顔は。
◇
「残したかった設定もあったみたい」
「設定?」
「うん。できるだけ原作を残したいって話は、向こうとも何度もしてる」
それは。
俺も知っている。
俺自身。
制作側とは何度も話をしている。
脚本も読んでいる。
デザインも見ている。
それでも。
俺のいないところで進む話だって当然ある。
「でも、テレビ番組って、漫画とは違うから」
「まあな」
「放送時間もある。対象年齢もある。映像としてできることと、できないこともある」
「うん」
「それに、スポンサーの意向もある」
「…………」
「別に、スポンサーが悪いって話じゃないからね」
「分かってるよ」
「ならいいけど」
ミドリは続けた。
「私も、残してあげたかったところはあったよ」
その言葉に。
少しだけ驚いた。
「お前も?」
「そりゃね。担当なんだから」
「でも、変えるの賛成しただろ」
「仕事だから」
即答だった。
「そこは分けるよ。残したいって気持ちと、番組として成立させなきゃいけないって話は別」
「…………」
「あんたの漫画だけじゃない。制作する人も、放送する人も、スポンサーも、それぞれ考えることがある。その中で一本作るんだから」
「大変だな」
「今さら?」
「いや。分かってたけど」
たぶん。
俺は。
分かっているつもりだっただけなのかもしれない。
◇
「でもね」
ミドリが言った。
「そんなに気にしなくてもいいと思うけど」
「何を?」
「自分の『ビーストギア』じゃなくなった、とか」
「…………」
「だって、あれ見て『ビーストギア』じゃないと思った?」
考える。
第1話。
テレビの前で。
俺は何を思った。
変身を見た。
怪人を見た。
戦いを見た。
そして。
「……思わなかった」
「でしょ?」
「ちゃんと『ビーストギア』だと思った」
「じゃあ、それでいいじゃない」
「簡単に言うな」
「難しくしてるのはあんたでしょ」
「原作者なんだから仕方ないだろ」
「はいはい」
「何だ、その言い方」
「高校のころから変わってないなと思って」
「何が?」
「面倒くさいところ」
「…………」
担当編集者に言われるなら。
たぶん。
本当に面倒くさいんだろう。
◇
ミドリが帰ったあと。
部屋が。
妙に広く感じた。
いや。
広くなったんだ。
片づけられたから。
「…………」
机を見る。
原稿。
資料。
ノート。
そして。
さっき捨てられそうになった。
没になった怪人の絵。
手に取る。
「捨てなくてよかった」
危ないところだった。
こいつだって。
いつか。
何かに使えるかもしれない。
使えないかもしれないけど。
それでも。
俺が一度。
考えて。
描いたものだ。
簡単には捨てられない。
テレビをつける。
『ビーストギア』ではない番組が流れていた。
当たり前だ。
毎日放送しているわけじゃない。
「俺の『ビーストギア』か……」
漫画の『ビーストギア』。
特撮の『ビーストギア』。
その前にあった。
俺しか知らない『ビーストギア』。
どれが本物なのか。
そんなことを考えていたけど。
たぶん。
ミドリの言う通り。
少し考えすぎなのかもしれない。
面白ければいい。
見た人が。
次も見たいと思ってくれればいい。
子供が。
格好いいと思ってくれればいい。
そして。
俺は。
俺の漫画を描けばいい。
「さて」
机に向かう。
原稿用紙を見る。
「…………」
白い。
ものすごく。
白い。
そういえば。
ミドリは何と言っていた。
その「まだ」が。
いつまで「まだ」なのか確認しに来た。
「…………」
時計を見る。
締め切りまでの日数を数える。
もう一度。
原稿を見る。
「まずいな」
特撮について悩んでいる場合じゃない。
俺の漫画のほうが。
何もできていない。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・設定・構成など、作品の根幹となる部分は作者が制作し、それらの設定や展開、作者からの指示をもとに、ChatGPTが文章作成・文章化を担当しています。作者とAIが相談・調整を重ねながら、一つの作品として制作しています。




