本物を見た
本物を見た
今日はミドリと動物園へ行った。
この前、俺が言い出したからだ。
正直。
何で動物園と言ったのかは、自分でもよく分からない。
その場で思いついた。
たぶん、それだけだ。
「ちゃんと来たね」
入口で会ったミドリが言った。
「約束しただろ」
「仕事入れられるかと思ってた」
「俺を何だと思ってるんだ」
「締め切り前になると、仕事以外全部忘れる人」
「否定しづらい」
「でしょ?」
今日は資料も持っていない。
打ち合わせもない。
仕事の話もしない。
前回に続いて、完全に休みだ。
少なくとも、そのつもりだった。
動物園へ入って五分。
「この歩き方いいな」
「何が?」
「ほら、あの足の運び方。四足歩行の怪人描くとき――」
「仕事の話禁止!」
「まだ五分だぞ」
「五分しか我慢できなかったのはあなたでしょ!」
怒られた。
「でも動物園って資料の宝庫だぞ」
「今日は資料を見に来たんじゃないの」
「じゃあ何しに来たの?」
「遊びに!」
「動物見るんだろ?」
「そう!」
「同じじゃん」
「違う!」
何が違うのか分からない。
◇
大型のネコ科の動物を見た。
鳥を見た。
猿を見た。
爬虫類も見た。
最初のうちは、何を見ても仕事に結びついた。
爪。
牙。
目。
皮膚。
模様。
筋肉の動き。
重心の移し方。
全部、怪人を描くときに使えそうだ。
「さっきから目が漫画家なんだけど」
ミドリが言った。
「どんな目だよ」
「資料見てる目」
「普通に見てるだけ」
「じゃあ、あれ見て最初に何思った?」
ミドリが一頭を指さした。
「肩の形面白い」
「ほら!」
「何が駄目なんだよ!」
「かわいいとか、格好いいとかあるでしょ!」
「肩の形も格好いいだろ」
「もういい」
また呆れられた。
でも。
しばらく歩いているうちに、本当に仕事のことを考えなくなった。
「あれ、寝てる」
「さっきからずっと寝てるよ」
「動かないな」
「夜行性なんじゃない?」
「じゃあ俺と同じだ」
「あなたは締め切りのせいでしょ」
「最近は朝も起きるよ」
「何時?」
「十時」
「朝……?」
「午前中だろ」
「そうだけど」
動物を見る。
ミドリが何か言う。
俺が返す。
飯を食う。
また歩く。
それだけ。
こういう日も悪くない。
◇
昼を過ぎた頃。
園内の売店へ入った。
飲み物を買おうとしただけだった。
そこで、近くにいた子供たちの会話が聞こえた。
「本物のキッド、出たんだって」
俺の足が止まった。
「本物?」
隣のミドリにも聞こえたらしい。
二人で少しだけ、子供たちの方を見る。
小学生くらいの子が三人。
俺たちのことなんて気にせず、話を続けている。
「夜に出るんだよ」
「違うよ。公園だよ」
「屋根の上走ったって」
「変身したんだって」
「本当に?」
「お兄ちゃんが言ってた」
俺はミドリを見る。
ミドリも俺を見る。
先に笑ったのはミドリだった。
「出たね」
「何が?」
「都市伝説」
「ああ」
少し前に、二人で冗談を言ったばかりだ。
夜中にキッドを見た。
本物のビーストギアがいる。
変身ベルトで本当に変身できる。
そのうちそんな噂まで出てくるんじゃないか、と。
本当に出たらしい。
「早かったな」
「私たちが知らなかっただけじゃない?」
「そうかも」
子供たちの話は続く。
「怪人もいるんだよ」
「どこ?」
「知らない」
「見たの?」
「見てない」
「じゃあ嘘じゃん」
「本当だよ! 友達のお兄ちゃんが聞いたんだって!」
「誰から?」
「……知らない」
俺は笑ってしまった。
「完璧だな」
「何が?」
「都市伝説として」
「ああ」
ミドリも納得したようにうなずく。
「友達のお兄ちゃんが聞いた」
「本人は見てない」
「証拠もない」
「場所もよく分からない」
「満点だね」
「教科書に載せたいくらいだ」
「何の教科書よ」
二人で笑った。
考えてみると、少しすごい。
自分の作品に、勝手に都市伝説ができている。
有名作品っぽい。
「本物のキッドか」
「会いたい?」
「会ったらサインもらおうかな」
「あなたが?」
「原作者ですって」
「向こうが困るでしょ」
「じゃあ俺がサインする」
「もっと困ると思う」
「原作者だぞ」
「本物のキッドからしたら、知らない人かもしれないじゃない」
「それはちょっと悲しいな」
「名刺持っていけば?」
「キッドに?」
「原作者ですって」
「夢がないな」
「あなたが言う?」
また二人で笑った。
それで、その場では終わった。
◇
帰り。
ミドリがスマートフォンを見ながら言った。
「あった」
「何が?」
「さっきの」
「調べたの?」
「ちょっと気になって」
「俺より気にしてるじゃん」
「都市伝説としてね」
そこは重要らしい。
画面を見せてもらう。
『本物のビーストギアを見た』
『夜の公園にキッドがいた』
『変身ベルトで本当に変身した子がいる』
『怪人みたいなものを見た』
似たような話が、いくつも出てきた。
「本当にあるじゃん」
「結構前からあるみたい」
「知らなかった」
「私も」
一つ開いてみる。
証拠写真はない。
別の書き込みには写真があった。
でも暗すぎて、何が写っているのか分からない。
「これ、街灯じゃない?」
「キッドらしいよ」
「どこが?」
「ここ」
「黒い点じゃん」
「キッドなんだって」
「無理あるだろ」
書かれている内容も、だいたい同じだった。
友達の友達が見た。
兄の同級生が知っている。
近所の子供が言っていた。
学校で噂になっている。
「完璧だ」
「また?」
「都市伝説として」
「確かに」
ミドリは楽しそうに次々と見ている。
「これ見て」
「何?」
「『キッドを見た次の日、テストで百点取った』」
「キッド関係ないだろ」
「御利益あるんじゃない?」
「ヒーローを神社みたいにするなよ」
「こっちは『変身ベルトを枕元に置くと夢にキッドが出る』」
「玩具会社が喜びそうだな」
「売れるかな?」
「その売り方は怒られるだろ」
「じゃあ、これは?」
「まだあるの?」
「『夜中に三回、配信開始って言うと――』」
「それ前に俺たちが考えたやつじゃん!」
「似たようなこと考える人いるんだね」
「やっぱり都市伝説ってそういうものなんだな」
完全に笑い話だった。
俺も面白くなって、いくつか読んだ。
その中に、一つ。
短い書き込みがあった。
『近くで聞いた。ものすごい声だった』
そこで。
指が少し止まった。
「……また声か」
「何?」
ミドリが俺を見る。
「いや」
画面を指さす。
「この前の新聞」
「新聞?」
「大声で苦情が出たって記事、何個かあっただろ」
「ああ」
ミドリは書き込みを読む。
でも、特に気にした様子もなく言った。
「ヒーローの真似してるんだから、大声出すでしょ」
「……まあ、そうだよな」
「あなたもこの前やってたじゃない」
「それは忘れろ」
ミドリがわざと声を落とす。
「……配信開始」
「やめろ」
「体調悪そうだった」
「やめろって」
「全然変身できなさそう」
「もういいだろ!」
ミドリが笑う。
俺も笑った。
その通りだ。
別におかしくない。
キッドの真似をする。
変身の台詞を叫ぶ。
大声になる。
当たり前だ。
しかも、ネットの都市伝説だ。
『ものすごい声』
なんて、いくらでも大げさに書ける。
「気にしすぎた」
「新聞いっぱい並べたせいかな」
「たぶん」
「人のせいにしない」
「じゃあ半分ずつ」
「何を?」
「責任」
「いりません」
ミドリは笑いながらスマートフォンを閉じた。
そして、
「次、どこ行く?」
と聞いた。
もう都市伝説の話には興味がないらしい。
ミドリにとっては。
それで終わった話だった。
◇
家へ帰ってから。
今日聞いた話を思い出した。
本物のキッド。
夜の公園。
屋根の上。
本当に変身できるベルト。
怪人を見たという話。
そして。
ものすごい声。
馬鹿馬鹿しい。
全部、都市伝説だ。
証拠なんてない。
誰が見たのかも分からない。
友達の友達。
兄の知り合い。
近所の誰か。
そういう話ばかりだ。
それに、『ビーストギア』がこれだけ有名になった。
真似する子供がいるのは当然だ。
キッドの格好をする。
変身ベルトをつける。
大声で台詞を叫ぶ。
そこまで全部、説明できる。
説明できるんだけど。
俺は、少しだけ引っかかっている。
たぶん。
ミドリが新聞を何枚も並べたせいだ。
共通しているところばかり、目につくようになった。
人間は一度気にすると、関係ないものまでつながって見える。
そういうことなんだと思う。
俺は漫画家だ。
普段から、ばらばらの出来事を拾って、つなげて、話を作っている。
だから余計にそう見えるのかもしれない。
大声。
変身。
怪人。
本物のキッド。
言葉だけ並べれば、それらしく見える。
でも。
それだけだ。
現実に起きていることを、自分の漫画へ結びつけて考える方がおかしい。
俺の作品が有名になった。
それを真似する人が増えた。
その結果、俺の作品に似た出来事が増えた。
順番を考えれば、何も不思議じゃない。
そう思う。
そう思っている。
ただ。
この前までは、新聞の記事を見ても笑うだけだった。
今日も、ミドリと一緒にいる間は笑っていた。
でも。
家へ帰って一人になってから。
あの一行を、もう一度思い出した。
『ものすごい声だった』
まただ。
そう思ってしまった。
たった、それだけ。
たぶん明日には忘れる。
だから今のうちに。
そのことだけは、ここに書いておこうと思う。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




