子供のビーストギア
子供のビーストギア
今日はミドリと出かけた。
仕事ではない。
少なくとも、待ち合わせをして顔を合わせた直後に、ミドリはそう念を押してきた。
「今日は仕事の話は禁止だからね」
「分かってるよ」
「本当に?」
「何回言うんだよ」
「前回、ご飯食べながら結局サクラの話してたじゃない」
「あれはお前も話してただろ」
「最初に始めたのはあなた」
「そうだったっけ?」
「そうです」
覚えていない。
というか、編集者と漫画家なんだから、多少仕事の話になるのは普通じゃないのか。
今日は映画を見て、それから飯を食う。
予定はそれだけらしい。
最近ずっと机に向かっていたし、外へ出るのは悪くない。
「まあ、いい気分転換にはなりそうだな」
そう言った瞬間。
ミドリの表情が少し変わった。
「……また気分転換って言った」
「何か駄目なの?」
「別に」
「じゃあいいだろ」
「よくないけど、もういい」
「どっちなんだよ」
本当によく分からない。
映画館へ向かう途中、大きな書店の前を通った。
そこで俺は足を止めた。
「……すごいな」
「何が?」
「あれ」
店頭の平台。
かなり目立つ場所に『ビーストギア』が積まれている。
ただし、俺の描いている漫画ではない。
小学生くらいの読者を意識して、別の漫画家が描いているコミカライズ版だ。
表紙には大きくキッド。
色も明るい。
文字も大きい。
俺の単行本とは、見ただけでかなり印象が違う。
「また増刷したらしいよ」
ミドリが言った。
「聞いた」
「すごい売れてるって」
「それも聞いた」
「じゃあ何でそんなに見てるの?」
「数字で聞くのと、実際にこうやって積まれてるの見るのは違うだろ」
「昨日の子供たちと同じ?」
「……まあ、そんな感じ」
売れている。
人気がある。
社会現象だ。
そう言われても、どうしてもどこか他人事だった。
でも、目の前に大量に積まれていると分かりやすい。
「入ってみる?」
「映画は?」
「まだ時間あるよ」
「じゃあ少しだけ」
書店へ入った。
平台の前まで行く。
近くで見ると、やっぱり俺の『ビーストギア』とはかなり違う。
当然だ。
別の漫画家が、別の読者へ向けて描いている。
俺の漫画は、昔から少し年齢層が高い。
人物の頭身も高い。
戦いも軽くは描かない。
怪人が人を襲えば、それによって何が起きるのかも描く。
戦うなら、それなりの痛みもある。
俺はそういうものを描きたい。
それが悪いとは思っていない。
でも、小さな子供にとって入りやすいかと言われれば、たぶん違う。
目の前のコミカライズは、その逆だ。
キッドの表情は大きくて分かりやすい。
動きも派手だ。
敵も怖すぎないように少し調整されている。
話も一話ごとの区切りがはっきりしている。
俺の漫画より、ずっと入りやすい。
以前にも見本を読ませてもらったことがある。
そのときも思った。
俺には、これは描けない。
「何か変?」
ミドリが聞いてきた。
「いや」
「気になるところある?」
「そうじゃなくて」
一冊手に取る。
「これ描いてる人、すごいなと思って」
「へえ」
「何だよ」
「もっと『俺の方が』とか言うかと思ってた」
「言わないよ」
「高校の頃なら言ってそう」
「高校の頃の俺を何だと思ってるんだ」
「面倒くさい人」
「今は?」
「少し面倒くさい人」
「減っただけかよ」
「成長したじゃない」
「褒めてる?」
「たぶん」
「お前まで『たぶん』使うなよ」
ミドリが笑った。
俺はページをめくる。
同じ『ビーストギア』なのに、俺のものとは違う。
でも、ちゃんと『ビーストギア』だ。
キッドはキッドだし。
世界も、大事なところは変わっていない。
ただ入口が違う。
「これで最初にビーストギア知る子もいるんだよな」
「多いと思うよ」
「テレビからの子もいる」
「うん」
「俺の漫画、読まないままの子もいるか」
「いるでしょうね」
「……そうか」
「嫌?」
「別に」
本当に嫌ではない。
少し前までなら、もっと妙な気分になっていたかもしれない。
俺が作った『ビーストギア』なのに、自分が描いていない。
俺が作った『ビーストギア』なのに、自分の知らない読者がいる。
でも最近は、少し分かってきた。
昨日の打ち合わせでも思った。
守るものと、広げていいものがある。
この漫画は、広がった先の一つなんだろう。
俺の漫画をそのまま薄めたものではない。
別の漫画家が、子供向けに自分のやり方で組み直している。
だから成立している。
「買う?」
ミドリが聞いた。
「持ってるよ」
「この巻も?」
「見本でもらった」
「じゃあ戻しなさい」
「分かってる」
本を平台へ戻した。
そのとき、小学生くらいの男の子が母親と一緒にやってきた。
「あ!」
男の子が大きな声を上げる。
「これ! これ新しいやつ!」
「この前買ったでしょう?」
「違う! これは次の!」
「同じに見えるけど」
「違うよ!」
思わず笑いそうになった。
「分かる」
俺が小声で言う。
「何が?」
「親からしたら同じに見えるんだろうな」
「そこ?」
「だって表紙、全部キッドいるし」
「作者が言う?」
「俺が描いた表紙じゃないけど」
男の子は必死に説明している。
何巻なのか。
前の巻とどこが違うのか。
今回は誰が出てくるのか。
すごく詳しい。
「買ってあげればいいのに」
俺が言うと、ミドリがこっちを見た。
「誰目線?」
「作者」
「もう完全に商売する人の目じゃない」
「売上のことじゃないよ」
少し考える。
「読んでほしいだけ」
口にしてから、自分でも少し変な気分になった。
俺が描いていない漫画だ。
それでも読んでほしいと思った。
「変わったね」
ミドリが言う。
「何が?」
「前より」
「そう?」
「うん」
「年取っただけだろ」
「まだそんな年じゃないでしょ」
「高校生ではない」
「それはそう」
結局、男の子は買ってもらえたらしい。
嬉しそうに本を抱えていった。
その姿を見送りながら、何となく俺も嬉しくなった。
◇
映画を見た。
面白かった。
以上。
ここで映画の感想まで書き始めると長くなるのでやめる。
問題は、そのあとだ。
「ご飯どうする?」
ミドリが聞いた。
「何でもいい」
「一番困る答え」
「じゃあ肉」
「雑」
「魚」
「もっと雑になった」
「じゃあミドリが決めて」
「最初からそう言えばいいのに」
連れていかれた店は、俺が一人ではまず入らないようなところだった。
店の前で少し止まる。
「高くない?」
「大丈夫」
「何が?」
「普通だから」
「お前の普通、信用していい?」
「失礼ね」
「だって俺こういう店入らないし」
「今日は私が決めたんだから、ついてきて」
「はいはい」
店に入ってから気づいた。
周りに男女二人組が多い。
別に珍しくはない。
「こういう店好きなんだ」
俺が言うと、ミドリが一瞬止まった。
「……うん」
「知らなかった」
「でしょうね」
「高校の頃、こういうところ行かなかったし」
「高校生だったからね」
「それもそうか」
料理が来る。
しばらく普通に食べた。
ミドリが言った通り、今のところ仕事の話はしていない。
映画の話。
高校の頃の話。
最近見たものの話。
途中で、
「そういえば」
と言いかけると、ミドリがすぐにこっちを見る。
「仕事の話?」
「違う」
「本当に?」
「子供向け漫画の――」
「仕事じゃん!」
「さっきの書店の話だよ」
「それも仕事!」
「厳しいな」
「今日はそういう日なの」
「どういう日?」
「……何でもない」
「またそれ?」
「何でもないって」
「お前、最近『何でもない』多くない?」
ミドリは少し黙った。
「あなたが鈍いだけ」
「何が?」
「それ」
「だから何が?」
「もういい」
怒られた。
理由は分からない。
そこからしばらく、本当に仕事以外の話をした。
昔の同級生がどうしているとか。
学校の近くにあった店がなくなったとか。
俺が高校の頃、授業中にノートへ漫画を描いて怒られた話とか。
「よく覚えてるな」
「隣で見てたからね」
「そうだった?」
「そうだったよ」
「全然覚えてない」
「そこまで忘れる?」
「漫画描いてたから」
「本当に昔から変わらないね」
ミドリが笑った。
仕事とは関係ない話をこんなに長くしたのは、久しぶりだった気がする。
悪くない。
飯も美味かった。
◇
店を出る。
「今日は楽しかった?」
ミドリが聞いた。
「うん」
「本当?」
「何で毎回確認するんだよ」
「じゃあ、また来る?」
「いいよ」
「……本当に?」
「だから何で驚くんだよ」
ミドリが少し笑った。
「じゃあ、また誘う」
「おう」
こういうのも悪くない。
仕事の合間に外へ出る。
映画を見る。
飯を食う。
いい――。
そこで言葉を止めた。
「何?」
「いや」
「何か言いかけたでしょ」
「何でもない」
「私の真似?」
「違う」
本当は「いい気分転換になる」と言おうとした。
でも、その言葉を言うとまた嫌な顔をされる気がしたのでやめた。
理由は分からない。
駅へ向かう。
途中で売店の前を通った。
並んでいる新聞の端に、『ビーストギア』という文字が見えた。
「また何か載ってる」
俺が言う。
ミドリも少しだけそちらを見る。
「また子供が真似したとかじゃない?」
「だろうな」
「買ってく?」
「いいよ」
「いいの?」
「腹いっぱいだし、早く帰りたい」
「さっきまで楽しかったって言ってたのに」
「楽しかったから疲れた」
「何それ」
そのまま通り過ぎた。
昨日なら少しくらい気になったかもしれない。
でも今日は、書店で『ビーストギア』を欲しがる子供を見た。
昨日は、変身の真似をする子供も見た。
あれだけ人気が出れば、同じようなことがあちこちで起きる。
その中の一つが、たまたま新聞に載る。
そう考えれば、何も不思議ではない。
◇
家へ帰ってから。
俺は、今日買ってもいない子供向けの『ビーストギア』をまた開いた。
見本でもらったものだ。
仕事の参考ではない。
たぶん。
今日、あの男の子が嬉しそうに本を抱えていたのを思い出したからだ。
俺が描いた漫画ではない。
でも。
俺が作った世界から生まれた漫画だ。
テレビ版もそうだ。
玩具もそうだ。
雑誌の記事もそうだ。
イベントもそうだ。
俺の知らないところで、いろいろな人が『ビーストギア』を作っている。
そして、俺の知らない人たちがそれを見ている。
昔なら。
自分の作ったものが、自分の手を離れていくようで嫌だったのかもしれない。
今は、少し違う。
自分一人では届かなかったところへ、誰かが運んでくれている。
そんなふうにも思える。
それが全部いいことなのかは分からない。
変な真似をする子供が出たり。
新聞の小さな記事になったり。
困ることもあるのかもしれない。
そのうち、
「夜道でビーストギアを見た」
とか、
「変身ベルトをつけたら本当に変身できた」
とか。
そういう都市伝説まで出てきたりして。
もし本当にそんな話が出たら、ミドリと笑えばいい。
テレビ。
漫画。
玩具。
子供たちのごっこ遊び。
新聞の小さな記事。
いろいろなところに『ビーストギア』がいる。
自分で作ったものなのに。
自分の知らない『ビーストギア』が、どんどん増えていく。
今のところ。
それは、そんなに悪いことではないと思っている。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




