戻してくれ
サクラを倒した。
正確には、テレビ版の『ビーストギア』で、サクラが倒される回が放送された。
原作では、とっくに描いた話だ。
漫画にもなっている。
だから俺にとっては、ずいぶん前に通った場所だった。
そのはずなのに。
テレビで放送された途端、また違うことが起きた。
サクラを復活させてほしい。
サクラをもう一度出してほしい。
あれで終わりなんて納得できない。
どうにかして生きていたことにできないのか。
そんな声が、ものすごい勢いで増えているらしい。
今日、編集部へ行ったら、ミドリが俺の前に紙の束を置いた。
「何これ」
「サクラ」
「サクラ?」
「への愛」
「怖い言い方するなよ」
「じゃあ、復活希望」
「最初からそう言えよ」
視聴者から届いた反響や、ネット上の声なんかをまとめたものらしい。
全部が全部、サクラについてではない。
それでも、かなりの量だった。
ざっと目を通す。
本当に、似たようなことが何度も書いてある。
『サクラを戻してください』
『あれで終わりなんて嫌です』
『またキッドと一緒にいるところが見たいです』
『もう一度サクラを出してください』
「……こんなに?」
「こんなに」
「すごいな」
「何で他人事みたいなの?」
「だって、俺がこの話描いたの、ずいぶん前だし」
「それは原作でしょ。テレビではこの前」
「そうだけど」
俺の中の時間と、テレビを見ている人たちの時間は違う。
原作では、もうずっと先まで話が進んでいる。
漫画として発表した部分もある。
でも、テレビから『ビーストギア』を見始めた人にとっては、今放送されているものが現在だ。
サクラが倒された。
その衝撃も、今起きたばかりなのだ。
「復活させてください、か」
俺はもう一度、その言葉を見る。
「人気あるな」
「あるね」
「ここまでとは思わなかった」
「私も」
サクラを演じた彼女は、もともと注目され始めていた若手女優だった。
そこへ『ビーストギア』のサクラ役が重なった。
最初は、彼女のファンが作品を見る。
今度はサクラを見て、彼女を好きになる人が出てくる。
彼女がテレビや雑誌に出れば、『ビーストギア』の名前も出る。
それを見て、また新しい人が作品を見る。
どうやら、そういうことが何度も重なったらしい。
結果。
サクラが倒された途端、復活希望が山ほど届いた。
「役者の力ってすごいな」
「もちろん、それだけじゃないと思うけどね」
「分かってるよ」
「サクラ自体が人気になったのも大きいし」
「それは嬉しい」
自分が描いたキャラクターを好きになってもらえる。
それは、漫画を描いている人間として素直に嬉しい。
退場したことを惜しんでもらえるなら、なおさらだ。
ただ。
「だからって、話変えるわけにはいかないだろ」
「そこなのよね」
ミドリが椅子へ座った。
「テレビの方からも話が来てる」
「何の?」
「これだけ人気があるなら、何かできないかって」
「何かって?」
「サクラをもう一度出すとか」
「無理」
「早い」
「だって無理だろ」
「まあね」
原作はもう書いている。
漫画として発表した部分もある。
それを元に、テレビ版も話を組み立てている。
サクラが倒されたという出来事だけを、人気が出たから変える。
そんな簡単な話ではない。
一つ変えれば、その次も変わる。
その次を変えれば、さらにその先も変わる。
「サクラだけ戻して、それで終わりじゃないだろ」
「うん」
「今の話を変えたら、その後の人物の動きも変わる」
「うん」
「台詞も変わる」
「うん」
「場合によっては、別の話まで成立しなくなる」
「うん」
「そこまで全部直すの?」
「だから私に聞かないでよ」
「じゃあ誰に言えばいいんだよ」
「テレビの人」
「それはそう」
ミドリが笑った。
俺も少し笑った。
でも、笑って済ませられる話でもない。
テレビはテレビで、大勢の人が関わって作っている。
視聴者からこれだけ反響があれば、何かできないかと考えるのも分かる。
俺だって、人気が出たことが嫌なわけじゃない。
むしろ嬉しい。
でも。
「人気が出たから物語を変えるっていうのは、違うよな」
俺が言うと、ミドリが少しだけ真面目な顔になった。
「私もそう思う」
「だよな」
「特に今回は、もう原作も漫画も出てるからね」
「そうなんだよ」
まだ誰にも見せていない話なら、途中で考え直すことはある。
描いてみたら違った。
こっちの方が面白い。
そう思って変えることだってある。
でも、すでに世に出したものは違う。
読んでくれた人がいる。
その話を前提に、その先を読んでいる人もいる。
テレビだけ都合よく一部分を変えれば済むわけじゃない。
「これ一回やったらさ」
「うん」
「次も同じことにならない?」
「何が?」
「このキャラクターが人気だから出番増やしてください、とか」
「ああ」
「このキャラクターは人気ないから減らしてください、とか」
「ありそうね」
「この展開は嫌だから変えてください、とか」
「それもありそう」
「全部聞いてたら、何描けばいいんだよ」
ミドリが少し考えた。
「人気投票一位の人が毎週勝つ漫画?」
「絶対描きたくない」
「でしょうね」
「敵まで人気投票で決めるのかよ」
「今週の怪人、人気三位なので生存です」
「話進まないだろ」
二人で笑った。
少しだけ肩の力が抜けた。
「でもさ」
ミドリが言った。
「何?」
「何かできないかな」
「何か?」
「本編の話を変えないで、サクラを好きになってくれた人たちにも喜んでもらえること」
「……例えば?」
「それを考えるの」
「俺が?」
「原作者でしょ」
「編集者も考えろよ」
「もちろん考える」
「じゃあ半分ずつな」
「何をどう半分にするのよ」
「俺が半分考えて、お前が半分」
「二つをくっつけたら変なものになりそう」
「じゃあ全部お前」
「何でよ」
方法がまったくないわけではないと思う。
本編そのものを変えなくても、できることはある。
雑誌の企画。
インタビュー。
イベント。
これまでの場面を振り返る企画だってあるかもしれない。
テレビの本筋に手を入れず、サクラを好きになった人たちに応える方法。
それなら考える価値はある。
「じゃあ、次までに考えといて」
ミドリが言った。
「次っていつ?」
「今度会うとき」
「打ち合わせ?」
「…………」
「何?」
「前に言ったでしょ。どこか行こうって」
「ああ」
そういえば、そんな話をしていた。
「仕事詰まってたし、気分転換するやつな」
「…………そうね」
「何?」
「何でもない」
ミドリが妙な顔をしている。
「場所決めた?」
「まだ」
「じゃあ近場でいいよ。あんまり遠いと疲れるし」
「はいはい」
「何で怒ってるんだ?」
「怒ってません」
よく分からない。
まあ、漫画ばかり描いているのもよくない。
たまには外へ出た方が、新しい話を考える気分転換にもなるだろう。
そのときにサクラのことも考えればいい。
「気分転換だからって仕事の話ばっかりしないでよ」
「サクラの案考えろって言ったの、お前だろ」
「そうだけど!」
「どっちなんだよ」
「もういい!」
本当に、よく分からない。
そのあと、ミドリが机の上を片づけ始めた。
資料。
雑誌。
新聞。
その中の一枚を持ち上げたところで、ミドリの手が止まった。
「あ、また載ってる」
「何が?」
「ビーストギア」
「サクラ?」
「違う違う」
ミドリが新聞の端を指さした。
三面記事。
その中でも、さらに端。
見落としてもおかしくないほど小さな欄だった。
ほんの一、二行しかない。
『人気特撮番組「ビーストギア」をまねた格好の児童が住宅地で騒ぎとなり、近隣住民から通報――』
そんな程度の記事だった。
「最近こういうの、たまにあるんだよね」
「そうなの?」
「前にも似たのあったよ」
「知らない」
「あなた新聞読まないもんね」
「読むよ」
「漫画の資料になりそうなところだけでしょ」
「それは新聞を読んでるうちに入るだろ」
「どうかなあ」
俺はもう一度記事を見る。
本当に小さい。
大きな事件ではない。
けが人も出ていないらしい。
テレビ番組の真似をした子供が、近所で少し騒ぎになった。
それだけだ。
「編集部でも一応、こういうの気にした方がいいんじゃないかって話は出てるけど」
「これを?」
「作品名が出てるからね」
「社会現象なんだろ?」
さっきミドリが言った言葉を返してやった。
「あ」
ミドリが笑う。
「認めた?」
「認めてない。お前の言葉を使っただけ」
「でも、こういうの増えたら困るかもよ」
「危ないことするのは困るけどな」
「うん」
「でも、子供に変身の真似するなとは言えないだろ」
「まあね」
「俺だって子供の頃やったし」
「何の真似?」
「それは言わない」
「何でよ」
「恥ずかしいから」
「今度聞かせて」
「嫌だ」
ミドリは笑いながら新聞を畳んだ。
それで、その話は終わった。
今はサクラの方が大変だ。
これだけ大きくなった人気に、どう応えるのか。
原作の物語を変えずに、何ができるのか。
テレビの人たちとも、また話をしなければならない。
俺自身の漫画だって描かなければならない。
子供向けのコミカライズも好調らしい。
玩具も売れている。
最近では、本当に俺一人では把握できないくらい、『ビーストギア』という名前があちこちへ広がっている。
だから。
三面記事の端に載った一、二行の話なんて、気にしている場合じゃない。
人気番組ができれば、変身を真似する子供もいる。
変な噂も出る。
そのうち、
「夜中にビーストギアを見た」
とか、
「変身ベルトをつけると本当に変身できる」
とか。
そんな都市伝説まで出てくるかもしれない。
そうなったら、ミドリと笑えばいい。
たぶん、それだけのことだ。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




