ANOTHER 全然気づかない
ANOTHER 全然気づかない
「で?」
向かいに座っている友人が、コーヒーカップを置いた。
「どうだったの?」
「何が?」
「何がじゃないでしょう。デート」
「デートじゃないわよ!」
思ったより大きな声が出て、慌てて周りを見る。
大丈夫。
たぶん聞かれていない。
友人は楽しそうに笑っていた。
「二人で出かけたんでしょう?」
「出かけたけど」
「二人でご飯食べた?」
「食べた」
「服も見た?」
「見た」
「公園も歩いた?」
「歩いた」
「デートじゃん」
「本人が一ミリもそう思ってないの!」
言ってから、自分で悲しくなった。
◇
あの日。
私は本当に少しだけ、服を選んだ。
仕事でも、取材でも、打ち合わせでもない。
二人で出かける。
だったら、いつもより少しくらいちゃんとしていこうと思った。
そして迎えに行った。
ジコンは私を見た。
一応、見た。
だから少しだけ期待した。
何か言うかなって。
「今日、仕事じゃないんだな」
それだけだった。
「……それだけ?」
思わず聞いた。
「何が?」
本気で分かっていなかった。
「別に」
あの時は、帰ろうかと思った。
ちょっとだけ。
◇
「最初から強いわね」
友人が笑っている。
「笑い事じゃないのよ」
「いや、面白い」
「こっちは真剣なの!」
「ごめんごめん。それで?」
「喫茶店行った」
「いいじゃん」
「雰囲気もよかった」
「最高じゃん」
「ジコンも気に入った」
「おお」
「『次の話に使えそう』って」
友人が止まった。
「……ああ」
「分かる?」
「分かる」
「写真撮り始めたの!」
「背景資料?」
「背景資料!」
思い出しただけで疲れる。
せっかく二人で、ちょっと雰囲気のいい喫茶店に入ったのに。
あの男は壁を見て、照明を見て、椅子を見て、カウンターを見て。
「この角度いいな」
じゃないのよ。
こっち見なさいよ!
◇
「で、ご飯は?」
「食べた」
「会話は?」
「仕事の話禁止って言った」
「いいじゃん」
「そしたら『じゃあ何話せばいい?』って」
友人が吹き出した。
「笑わないで!」
「ごめん、無理」
「最近どうって聞いたら原稿。仕事以外って言ったらテレビ。テレビも仕事って言ったらグッズ!」
「仕事しかないんだ」
「ないのよ!」
知っていた。
知っていたけど、改めて聞くと本当にない。
あの人の頭の中にあるのは、漫画、特撮、怪人、原稿、締切。
だいたいこれ。
◇
「高校の頃から?」
友人が聞いた。
「そう」
「ずっと?」
「ずっと」
私はコーヒーを飲んだ。
昔から、あの人はそうだった。
漫画を描いていた。
いつも。
何か思いつけばノートを出して描く。
私が隣にいても描く。
「高校の時も何回か遊びに誘ったの」
「デート?」
「私はそのつもりだった時もある」
「ジコンは?」
「本屋」
「ああ」
「映画」
「お」
「特撮」
「ああ……」
「公園」
「いいじゃん」
「背景写真撮ってた」
友人が顔を伏せた。
肩が震えている。
「笑ってるでしょう」
「ごめん」
「笑ってる!」
「だって、昔から一切変わってないじゃん」
そうなのよ。
そこなのよ。
◇
「でもさ」
友人が顔を上げた。
「何で好きなの?」
直球だった。
「……」
「そこまで気づかれなくて、何年?」
「数えたくない」
「高校からでしょ?」
「数えないで」
「担当にもなって」
「なった」
「今も好き」
「……悪い?」
「悪くないけど、よく続くなって」
自分でも思う。
何でだろう。
◇
昔、ジコンが初めて本気で漫画の賞に出した。
落ちた。
その夜、電話が来た。
『俺、漫画向いてないかもしれない』
今のジコンからは、あまり想像できないかもしれない。
でも、あの人は昔から自分のことをそんなに評価していない。
今だってそう。
作品が売れれば、役者がよかった、テレビのスタッフがよかった、脚本がよかった。
いつも自分以外の理由を探す。
自分が面白いものを作ったから。
そこだけは、なかなか認めない。
◇
「放っておけないの?」
友人が聞いた。
「それもある」
「それだけ?」
「……違う」
描いている時のジコンが好きだった。
昔から。
何か思いついた瞬間、急に目が変わる。
紙を探して、描いて、私に見せる。
『どう?』
そう聞いてくる。
褒めれば、
『本当に?』
と疑う。
直した方がいいところを言えば、少し不満そうな顔をする。
でも、次に見るとだいたい直してある。
そういうところを、ずっと見てきた。
◇
「この前ね」
私は言った。
「昔のノート返したの」
「ジコンの?」
「高校の時に借りてたやつ」
「まだ持ってたの?」
「悪い?」
「いや……重いなって」
「何が!?」
「何でもない」
絶対、何か言いたかった。
「それで?」
「昔の話した」
賞に落ちた時のこと。
漫画をやめると言ったこと。
次の日にはまた描いていたこと。
「そしたらね」
思い出す。
『お前がいなかったら、やめてたかもしれないな』
「……」
「何?」
友人が聞く。
「ジコンが、私がいなかったら漫画やめてたかもしれないって」
友人が目を見開いた。
「それ告白じゃん」
「違う!」
「ほぼ告白じゃん!」
「本人にその気がないの!」
そこが問題なの!
◇
「まだある」
「あるの?」
「私がずっと原稿読んでるの、嫌じゃなかったって聞いたの」
「うん」
「そしたら……」
思い出す。
『お前ならいい』
今でも顔が熱くなる。
腹も立つ。
「何それ!」
友人が叫んだ。
「でしょう!?」
「それで付き合ってないの!?」
「だから本人が分かってないの!」
「嘘でしょ!?」
「本当なの!」
あの人は、本当に何も分かっていない。
◇
「じゃあさ」
友人が言った。
「もう言えば?」
止まる。
「何を」
「好きって」
簡単に言う。
「無理」
「何で?」
「無理だから」
「高校から好きなんでしょ?」
「……」
「遠回しにやって気づくと思う?」
黙る。
「服変えても、『今日仕事じゃないんだな』」
「……」
「雰囲気いい喫茶店行っても、背景資料」
「……」
「服屋行っても、女性キャラの資料」
「……」
「また出かけようって言ったら?」
「『資料も集まるし』」
友人が両手を上げた。
「無理だよ!」
「分かってるわよ!」
◇
「いや、本当に」
友人が言う。
「遠回しにやっても一生気づかないと思う」
分かってる。
たぶん、誰より分かってる。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「言う」
「それ以外」
「ない」
「考えて」
「ないって」
「友達でしょう!」
「友達だから言ってるの!」
ひどい。
◇
しばらく二人で黙って、コーヒーを飲んだ。
「でも」
友人が言う。
「脈ないわけじゃないと思うよ」
「どこが?」
「『お前ならいい』」
「本人、何も考えてないわよ」
「だからじゃない?」
「何が?」
「何も考えずに、それを言える相手ってことでしょ。それに、漫画やめなかった理由にあんたがいるって本人が言ってるんでしょ?」
「……」
「かなり特別じゃん」
そう。
たぶん私は、ジコンにとって特別ではある。
ただ、その特別が恋愛の特別じゃない。
少なくとも、今は。
◇
「長期戦だね」
友人が言った。
「もう十分長期戦なんだけど」
「じゃあ超長期戦」
「嫌よ」
「告白する?」
「……」
「しない?」
「……まだ」
友人がため息をついた。
「じゃあ頑張って」
「何を?」
「気づかせる」
「どうやって?」
「知らない」
「役に立たない!」
「だって相手が強すぎるもん!」
強い。
怪人より、たぶん。
◇
店を出て友人と別れ、歩きながらスマートフォンを見ると、メッセージが来ていた。
ジコン。
『この前の喫茶店、名前なんだっけ』
一瞬だけ期待した。
また行きたい。
そんな話かもしれない。
返信する前に、次のメッセージが来た。
『次の漫画に出したい』
「……」
立ち止まる。
空を見る。
深呼吸。
大丈夫。
予想していた。
あの男なら、これくらいはやる。
『自分で調べなさい』
送信すると、すぐに返ってきた。
『何で怒ってる?』
「あなたのせいよ!」
思わず声に出た。
通りすがりの人が振り返った。
もう知らない。
◇
しばらく歩くと、またスマートフォンが鳴った。
『今度また行く?』
足が止まる。
もう一度読む。
今度、また行く?
口元が少し緩んだ。
いや。
待って。
落ち着け。
さっき散々やられた。
期待するな。
でも、ひょっとしたら少しくらい、あの人も楽しかったと思ってくれたのかもしれない。
返信しようとした瞬間、追加のメッセージが届いた。
『写真撮り足りなかった』
「ジコン!」
今度はかなり大きな声が出た。
また人に見られた。
知らない。
もう本当に知らない。
◇
家に着く頃には、少し冷静になっていた。
友人の言葉を思い出す。
『遠回しにやっても一生気づかないと思う』
認めたくない。
でも、たぶん正しい。
服を変えても気づかない。
二人で出かけてもデートだと思わない。
雰囲気のいい喫茶店に入れば背景を見る。
服屋に入ればキャラクターデザインを考える。
公園へ行けば資料写真。
「また行く?」と聞けば、
『資料も集まるし』
それでも私は、ずっと遠回しにやっている。
ひょっとして。
悪いのはジコンだけじゃない?
「いや、九割はジコンが悪い」
そこは譲らない。
でも、残り一割くらいは私にもあるのかもしれない。
◇
スマートフォンを見る。
まだ返信していない。
『今度また行く?』
『写真撮り足りなかった』
この二つをしばらく眺めてから、返信を打つ。
『行く』
すぐに返ってきた。
『じゃあ今度の日曜』
早い。
そこだけは早い。
私は続けて送る。
『ただし条件があります』
『何?』
『次は写真禁止』
少し間が空いた。
『何で?』
予想通り。
『資料探し禁止』
『厳しくない?』
『漫画の話も禁止』
今度は少し長く間が空いた。
そして。
『何すればいいの?』
「私と話しなさいよ!」
家の中で叫んだ。
◇
もういい。
決めた。
次は絶対に仕事をさせない。
漫画の資料にもさせない。
背景写真も撮らせない。
キャラクターデザインも考えさせない。
ちゃんと二人で出かける。
そして、少しくらい私のことを意識させる。
高校から何年かかったと思ってるの。
そろそろ一歩くらい進んでもいいでしょう。
スマートフォンが鳴った。
ジコン。
『じゃあ何する?』
私は迷わず返した。
『デート』
送信。
「……」
送った。
送ってしまった。
心臓が急にうるさくなる。
取り消す?
いや、駄目。
友人も言っていた。
遠回しじゃ気づかない。
だったら、これくらい言わないと。
十秒。
まだ来ない。
二十秒。
「……何で返事ないのよ」
三十秒ほどして、ようやくスマートフォンが鳴った。
来た。
恐る恐る見る。
『デートって、取材?』
「違うわよ!!」
クッションを投げた。
壁に当たって落ちる。
私はしばらく動かなかった。
◇
もう一度スマートフォンを見る。
追加のメッセージ。
『何の取材?』
「……」
駄目だ。
この男。
想像以上に駄目だ。
私は文字を一つずつ打った。
絶対に間違えないように。
『恋愛のデートです』
送信。
今度こそ。
これなら、いくらジコンでも分かる。
少しして返信が来た。
『恋愛漫画描くの?』
「ジコンーーーッ!!」
その日。
私は高校時代から一度も勝てなかった最大の敵が、鈍感という名の怪人だったことを改めて思い知った。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




