昔から
昔から
「これ、覚えてる?」
ミドリが一冊のノートを机に置いた。
かなり古い。表紙の端は擦れ、色も少し変わっている。
「何?」
「見れば分かる」
開いてみると、そこには絵、怪人、ヒーロー、設定、台詞。そして今見るとかなり恥ずかしい漫画が残っていた。
「……何で持ってるの?」
「覚えてるじゃない」
「いや、何で持ってるんだよ」
「高校の時、あなたが貸したの」
「返してもらってない」
「今返した」
「何年借りてた?」
ミドリが少し考える。
「数えない方がいいんじゃない?」
たぶんそうだ。
◇
ページをめくる。
下手だ。
今よりずっと絵も話も台詞も下手で、よくこれを人に渡せたなと思う。
「よくこれ読めたな」
「面白かったわよ」
「嘘だろ」
「何で?」
「下手じゃん。話もぐちゃぐちゃだし」
「今と比べればね。でも、続きは読みたかった」
俺はミドリを見る。
「本当に?」
「本当」
信じられない。
当時は誰かに読ませるために描いていたわけじゃない。ただ描きたいから描いていた。
それなのに完成すると、なぜか毎回ミドリに渡していた。
「そういえば、毎回読んでたな」
「読まされたのよ」
「嫌だった?」
「嫌なら何年も読まないでしょう」
それもそうか。
◇
ノートの途中には赤い字が残っていた。
『ここ分かりにくい』
「これ、お前?」
「私」
次のページには、
『この怪人好き』
さらにめくる。
『この台詞、前と言ってること違わない?』
「細かいな」
「昔からよ」
「高校生が読む漫画に、そんなに真剣に突っ込む?」
「あなたが真剣に描いてたからでしょう」
そこで少しだけ手が止まった。
俺が真剣だったから、ミドリも真剣に読んだ。
そういうことだったらしい。
◇
「でも、変わってないわね」
ミドリが言った。
「何が?」
「描いてるもの」
「全然違うだろ」
「絵じゃなくて」
ミドリがページを指す。
そこには人間と怪人とヒーローがいる。
「昔から、こういうの好きだったでしょう? 特撮見て、漫画読んで、怪人の絵描いて」
「今もやってる」
「知ってる。だから変わってないって言ってるの」
確かに、仕事になっただけで、やっていること自体はあまり変わっていないのかもしれない。
「お前も変わってないけどな」
「私?」
「昔から横で文句言ってる」
「感想!」
「赤字で書いてある」
「感想よ」
「今も原稿に赤入れてる」
「編集者だから!」
「高校の頃から編集者だったのか」
「違うわよ!」
でも、似ている。
俺が描いて、ミドリが読む。
ここが分かりにくい。
ここがいい。
ここは直した方がいい。
昔から、二人でやっていることはあまり変わっていない。
◇
「そういえば、高校の時、一回漫画やめるって言ったの覚えてる?」
ミドリが言った。
「言った?」
「言った」
覚えていない。
「何で?」
「賞に落ちたから」
「ああ」
何となく思い出した。
初めて本気で出した漫画が落ちた。
結果を見て、たぶんかなりへこんだ。
「俺、何て言ってた?」
「才能ないからやめるって」
「言いそう」
「次の日には描いてたけど」
「じゃあ、やめてないじゃん」
「そうよ。でも、その日の夜は本気だったのよ」
「何で分かる?」
「電話してきたから」
それは覚えていない。
「何て?」
「俺、漫画向いてないかもしれないって」
「恥ずかしいな」
「今さら?」
「忘れてくれ」
「無理」
嫌な記憶を持っている。
◇
「で、お前は何て言った?」
俺が聞くと、ミドリは少し不満そうな顔をした。
「覚えてないの?」
「覚えてない」
「描きたくないならやめればって」
「冷たいな」
「最後まで聞きなさいよ」
続きがあった。
「でも、描きたいなら、落ちたくらいでやめる必要ないでしょうって」
何となく思い出した。
夜。
電話。
俺とミドリ。
そして次の日、俺はまた描いた。
たぶん、あの時そう言われたから。
「じゃあ、お前がいなかったら、やめてたかもしれないな」
ミドリが黙った。
「……え?」
「何?」
「今、何て言った?」
「お前がいなかったら、漫画やめてたかもしれない」
「もう一回」
「何で?」
「いいから」
「嫌だ」
ミドリが何とも言えない顔をした。
◇
俺は古いノートをめくる。
今見れば本当に下手だ。
でも、これがあって今がある。
「ずっと読んでたんだな」
「まあね」
「飽きなかった?」
「何回聞くのよ」
「だって長いだろ」
高校から今まで。
「飽きてたら担当になってないわよ」
「それもそうか」
ミドリが俺を見る。
「あなたは?」
「何が?」
「私にずっと読まれてて、嫌じゃなかった?」
少し考える。
嫌なら高校の頃から毎回渡していない。
今だって、誰より先に原稿を見せている。
担当編集だから。
もちろん、それもある。
でも、それだけなのかと聞かれると、よく分からない。
「別に」
「別に?」
「お前ならいい」
ミドリが止まった。
「……何それ」
「何が?」
「そういうところ」
「どういうところ?」
「何でもない」
また何か間違えたらしい。
◇
帰る時間になり、ミドリは古いノートを机に残した。
「持って帰らないの?」
「返したでしょう」
「今さら?」
「今さら」
玄関で靴を履きながら、ミドリが振り返る。
「じゃあ、原稿よろしくね」
「ああ」
「締切忘れないで」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは絶対って言いなさい」
扉が閉じた。
◇
俺は机へ戻り、古いノートと今の原稿を並べてみた。
全然違う。
絵も、話も、たぶん昔よりはずっと上手くなっている。
でも、どこか同じだった。
高校の頃、俺が描いて、ミドリが読んだ。
今も俺が描いて、ミドリが読む。
ずっと同じことをしている。
「……長いな」
何年になるんだろう。
数えない方がいいかもしれない。
ただ、一つだけ分かる。
俺が漫画を描いてきた時間のかなりの部分に、ミドリがいる。
それが普通になりすぎていて、今まで考えたこともなかった。
俺は少しだけ古いノートを眺めてから、ペンを持った。
次の原稿を描く。
どうせこれも。
最初に読むのは、ミドリだ。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




