締切
締切
今日は書ける。
朝、目を覚ました時には本気でそう思っていた。
予定を確認して、今日中にやることも確認した。机の上も一応片づけて、飲み物も用意した。
あとは座って原稿を進めるだけ。
完璧だった。
少なくとも、午前九時までは。
午前九時十三分。
電話が鳴った。
特撮版『ビーストギア』の脚本について、確認したい箇所があるという。
質問に答えて、電話を切る。
午前九時四十分。
また鳴った。
今度は怪人のデザインについてだった。
原案ではこうなっているが、実際に着ぐるみにすると動きにくいらしい。腕の形を変えていいかと聞かれたので、能力を使う時の見せ方だけは残してほしいと伝えて了承した。
午前十時十五分。
今度はミドリから連絡が来た。
「原稿、進んでる?」
「今から進む」
「朝もそう言ってなかった?」
「朝から仕事してる」
「原稿は?」
「今からやる」
電話が切れた。
なぜか最後にため息が聞こえた。
午前十一時。
また別の確認。
昼には資料が届き、午後一時には雑誌用のコメントを一つ頼まれた。
午後二時には、テレビ側から次回の打ち合わせについて連絡が来る。
そして午後三時。
俺はようやく気づいた。
今日、まだ原稿を一文字も書いていない。
◇
「おかしい」
机の前で呟いた。
特撮化が決まった時、少しだけ思っていたことがある。
俺が原作を書く。
それをテレビの人たちが映像にしてくれる。
だったら、俺の仕事は多少減るんじゃないか。
実際には増えた。
明らかに増えた。
脚本が来る。
設定の確認が来る。
怪人のデザインが来る。
小道具の確認が来る。
雑誌からコメントを求められ、取材の話まで来る。
その間にも、俺の原稿の締切は普通にやってくる。
どういう仕組みなんだ。
「特撮化したら、俺の仕事減るんじゃなかったのか……」
「誰がそんなこと言ったの?」
声がして振り返ると、ミドリが立っていた。
「いつ来た?」
「今」
「鍵は?」
「開いてた」
そうだったらしい。
ミドリは部屋へ入ると、机の上を見た。
原稿用紙に資料、特撮版の脚本、怪人の設定画、雑誌。
その横には、朝からほとんど進んでいない原稿がある。
「で?」
「何が?」
「誰が仕事減るって言ったの?」
「俺」
「じゃあ、言った人が間違ってるわね」
「そうか」
「納得するの?」
「実際増えてるからな」
ミドリがため息をついた。
◇
「それで、原稿は?」
「これから」
「締切、いつだっけ?」
「知ってる」
「言ってみて」
「……」
「ジコン?」
「明日」
「今日よ」
「え?」
時計を見る。
日付も見る。
念のため、もう一度確認した。
「……今日だな」
「今日よ」
おかしい。
昨日までは明日だった。
「時間って早いな」
「そういう問題じゃないでしょう!」
ミドリが机まで来て原稿を見る。
「どこまでできてる?」
「頭の中では最後まで」
「紙の上では?」
「……」
「どこまで?」
仕方なく指を差す。
ミドリが原稿を見る。
「これだけ?」
「これだけとは失礼だな」
「何ページ?」
「ページ数で作品の価値は決まらない」
「締切の場合はかなり重要よ」
正論だった。
◇
ミドリは机に積まれた特撮版の脚本を手に取った。
「これ、今日確認したの?」
「ああ」
「こっちは?」
「怪人の修正」
「これは?」
「次の打ち合わせ資料」
「じゃあ、これは?」
「雑誌のコメント」
ミドリが机の上を見渡す。
「全部今日?」
「だいたい」
しばらく黙ったあと、ミドリが俺を見る。
「いや……ちゃんと仕事はしてたのね」
「失礼だな」
「原稿から逃げてるだけかと思った」
「俺を何だと思ってる」
「締切直前になると急に部屋の掃除を始める人」
否定できなかった。
「今回は違う」
「それは分かった」
ミドリは机の上を少し整理しながら、特撮版の資料を一か所へまとめた。
「テレビが始まってから、本当に増えたわね」
「だから言っただろ」
「仕事が減ると思ってた人が?」
「それはもういい」
俺は椅子へ座り直した。
作品が一つだった頃は、描けばよかった。
今は違う。
俺の描いたものを元に、いろんな人が動いている。
脚本を書く人がいる。
演じる人がいる。
怪人を作る人がいて、撮影する人もいる。
そして、それを確認する俺がいる。
確認している間にも、次の原稿を書かなければならない俺もいる。
「売れるって大変だな」
思わず言うと、ミドリが少し笑った。
「今さら?」
「知らなかった」
「普通は売れてから知るものよ」
「そうなのか」
「たぶんね」
◇
ミドリが冷蔵庫を開けた。
「何か食べた?」
「食べた」
「何を?」
考える。
朝にパンを食べた。
たぶん。
「パン」
「何時?」
「朝」
「お昼は?」
「まだ」
「もう夕方よ」
時計を見る。
本当だった。
「時間って早いな」
「二回目」
ミドリが買ってきた袋を机へ置いた。
「食べなさい」
「原稿がある」
「食べながら考えれば?」
「締切もある」
「倒れたらもっと遅れる」
それも正論だった。
最近、ミドリの正論が多い。
いや。
昔からだったかもしれない。
◇
食べながら、次の原稿を考える。
頭の中にはある。
キッドが動く。
怪人が動く。
台詞もあるし、場面も見えている。
問題は、それを紙に出す時間がないことだった。
「なあ」
「何?」
「今日、あと何時間ある?」
「締切まで?」
「そう」
ミドリが時計を見る。
「それ聞いて安心する?」
「しないと思う」
「じゃあ、聞かない方がいいわ」
「分かった」
食べ終えて、また書く。
少しずつ原稿が進む。
ミドリは横で別の資料を確認していた。
しばらくは、ペンの音と紙をめくる音だけが部屋に続いた。
◇
「ジコン」
「何だ?」
「明日、打ち合わせあるからね」
手が止まった。
「何の?」
「特撮」
「聞いてない」
「言った」
「いつ?」
「三日前」
覚えていない。
「原稿終わってから寝るつもりだったんだけど」
「寝てから来て」
「終わったらな」
「終わらせるの」
「今やってる」
ミドリが俺を見る。
「ねえ、少しくらい休んだら?」
「締切終わったら休む」
「その次の締切は?」
「……ある」
「テレビの打ち合わせは?」
「ある」
「確認作業は?」
「たぶん来る」
「じゃあ、休みは?」
考えた。
「どこにある?」
「私が聞いてるのよ」
分からなかった。
◇
「まあ、今はいい」
俺は原稿へ目を戻した。
「よくないでしょう」
「仕事あるし」
「そういうところよ」
「何が?」
ミドリは何か言おうとして、少しだけ黙った。
「……別に」
「そうか」
また書き始める。
しばらくして、ミドリが呟いた。
「息抜きくらい、した方がいいと思うけど」
「してる」
「いつ?」
「漫画読む」
「仕事の資料じゃなくて?」
答えない。
「映画は?」
「特撮の参考に」
「散歩」
「背景見る」
「買い物」
「資料探す」
ミドリが黙った。
「何だ?」
「あなた、息抜き下手ね」
そうなのかもしれない。
◇
夜。
原稿は少しずつ進んでいた。
まだ終わってはいない。
それでも朝よりは、確実に終わりへ近づいている。
ミドリは帰る前に、明日の打ち合わせ資料を机の端へ置いた。
「これ、忘れないでね」
「ああ」
「原稿」
「やる」
「食事」
「する」
「寝る」
「努力する」
「努力じゃなくて寝るの」
「分かった」
ミドリが玄関へ向かう。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
扉が閉じると、部屋は急に静かになった。
机を見る。
書きかけの原稿。
テレビの資料。
明日の打ち合わせ。
そして、その先には次の締切もある。
俺はもう一度ペンを持った。
「特撮化したら仕事減ると思ったんだけどな……」
今度は誰も答えない。
仕方ない。
書こう。
結局、俺にできるのはそれだけだった。
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それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




