第二十話 小さな記事
第二十話 小さな記事
今日。
ミドリが、新聞の切り抜きを持ってきた。
最初。
何かの資料かと思った。
机の上へ置かれた紙は、小さかった。
本当に。
小さかった。
「何これ」
「記事」
「見れば分かる」
「じゃあ読んで」
「何で」
「いいから」
言われるまま。
読んだ。
◇
地方新聞の三面。
その片隅。
探さなければ見落としてしまいそうな。
ほんの小さな記事だった。
見出しも。
大きくない。
内容も。
数行。
街中で。
奇妙な格好をした人物が騒ぎを起こし。
通行人と揉めた。
警察が駆けつけた時には。
その人物はいなくなっていた。
それだけなら。
多分。
俺も気にしなかった。
問題は。
その格好だった。
「……『ビーストギア』?」
「うん」
記事には。
人気特撮番組『ビーストギア』に登場する怪人を模したような衣装。
そう書かれていた。
「…………」
もう一度。
読む。
やっぱり。
書いてある。
◇
「これ」
「うん」
「何で持ってきた」
「一応」
「一応?」
「最近、こういう格好する人増えてるでしょ」
「まあ」
この前。
散々見た。
子供が。
怪人の格好をする。
大人も。
本格的な着ぐるみを作る。
イベントへ行く。
写真を撮る。
楽しむ。
そこまでは。
俺も知っている。
「その中の一人が、ちょっと騒ぎ起こしたんじゃないかって」
「…………」
ミドリの言い方は。
かなり軽かった。
実際。
記事の扱いも。
その程度だった。
◇
「怪我人は?」
「大きな怪我はなかったみたい」
「そう」
「物がちょっと壊れたとか、そのくらい」
「…………」
「だから」
ミドリが。
俺の顔を見る。
「そんな顔しない」
「どんな顔」
「面倒臭いこと考え始めた顔」
「まだ何も考えてない」
「嘘」
「…………」
最近。
俺の顔は。
そんなに分かりやすいんだろうか。
◇
もう一度。
記事を読む。
『ビーストギア』。
怪人。
騒ぎ。
その三つが。
同じ文章の中に並んでいる。
少し前までなら。
多分。
もっと単純に受け止めていた。
変な奴がいる。
それだけ。
でも。
今は。
違う。
俺の作品を。
知っている人が増えた。
玩具を買う。
真似をする。
怪人の格好をする。
着ぐるみを作る。
それが。
嬉しかった。
だから。
こういうことも。
起こるのかもしれない。
◇
「俺の作品のせいかな」
口から。
出た。
ミドリが。
すぐに答えなかった。
「何が?」
「こういうの」
「違うでしょ」
「でも」
「『ビーストギア』の怪人の格好してたんでしょ」
「そう書いてある」
「だからって」
ミドリが。
新聞を指で軽く叩いた。
「その人が何かやった責任まで、あんたが持つの?」
「…………」
「人気が出れば、真似する人は増えるよ」
「うん」
「その中には、ちょっと変なことする人だっている」
「…………」
「それを全部、作者のせいにしたら何も作れないでしょ」
分かっている。
理屈では。
◇
「でもさ」
俺は言った。
「もし『ビーストギア』がなかったら」
「その人は別の何か着てたかもしれない」
「…………」
「あるいは、何も着ないで騒いでたかもしれない」
「それは」
「分からないでしょ」
ミドリの言う通りだ。
記事だけでは。
何も分からない。
どうして怪人の格好をしていたのか。
どの怪人だったのか。
何をして。
何で揉めたのか。
詳しいことは。
ほとんど書かれていない。
それくらい。
小さな記事だった。
◇
「そもそも」
ミドリが言った。
「これ、新聞の三面の隅だよ」
「分かってる」
「テレビで大騒ぎしてるわけでもない」
「うん」
「全国ニュースでもない」
「うん」
「地元でも、多分ほとんどの人は読んで終わり」
「…………」
「だから」
一度。
言葉を切る。
「あんまり気にしすぎない方がいい」
「そうかな」
「そう」
はっきり言った。
◇
ミドリは。
こういう時。
変に優しく言わない。
「大丈夫だよ」
とか。
「気にしなくていいよ」
とか。
そういう言い方は。
あまりしない。
代わりに。
普通に。
事実を並べる。
小さな記事。
大きな怪我人はいない。
詳しい事情は分からない。
作品との因果関係も分からない。
人気が出れば。
いろんな人が出てくる。
「…………」
多分。
俺には。
そっちの方が合っている。
◇
「これ」
俺は切り抜きを持ち上げた。
「どこで見つけた?」
「編集部」
「こんなのまで見てるのか」
「たまたま」
「本当に?」
「本当に」
「俺の作品名が載ってたから切った?」
「まあ」
「気にしてるじゃないか」
「作者が気にしそうだから」
「…………」
負けた気がする。
◇
「捨てる?」
ミドリが聞いた。
「いや」
「取っておくの?」
「一応」
「何で」
「分からない」
「…………」
「何となく」
俺は。
切り抜きを机の端へ置いた。
資料にするつもりはない。
漫画へ使うつもりも。
今のところない。
ただ。
捨てる気にもならなかった。
◇
「また何か考えてる?」
「考えてない」
「嘘」
「…………」
「言ってみれば」
「もし」
「うん」
「この人が、本当に怪人になりたかったんだとしたら」
「…………」
「何でだろうって」
ミドリが。
少しだけ眉を上げた。
「好きだからじゃない?」
「着るくらいなら分かる」
「うん」
「でも暴れる必要はないだろ」
「それは本人に聞かないと分からない」
「そうだけど」
「酔ってたのかもしれないし」
「うん」
「誰かと喧嘩してただけかもしれない」
「うん」
「記事に書いてないことを考えても仕方ないよ」
「…………」
正しい。
◇
「それより」
ミドリが。
机の上の原稿を見た。
「進んでる?」
「…………」
急に。
現実へ戻された。
「進んでる」
「何ページ」
「…………」
「ほら」
「今日はその話しに来たんじゃないのか」
「これ渡すついで」
「どっちがついでなんだ」
「締切の方が本題」
「最悪だ」
「担当だから」
◇
結局。
その後は。
普通に原稿の話になった。
直すところ。
次の話。
子供向け漫画の監修。
特撮の確認。
いつも通り。
本当に。
いつも通りだった。
途中。
ミドリがモズキャッチャーのぬいぐるみを見て。
「まだいるんだ」
と言った。
「いるよ」
「セミスピーカーは?」
「まだ買ってない」
「まだ?」
「言い方」
「買う気なんだ」
「違う」
「はいはい」
新聞の記事のことなんて。
いつの間にか。
話題から消えていた。
◇
ミドリが帰ったあと。
原稿を進めた。
しばらく。
普通に。
漫画を描いた。
途中。
コーヒーを入れる。
戻る。
机へ座る。
その時。
切り抜きが目に入った。
「…………」
小さい。
本当に。
小さな記事。
新聞一枚の中では。
ほとんど。
点みたいなものだ。
写真もない。
詳しい説明もない。
◇
俺は。
少しだけ。
読み返した。
奇妙な格好。
怪人を模した衣装。
騒ぎ。
「…………」
それだけ。
それ以上でも。
それ以下でもない。
ミドリの言う通りだ。
気にしすぎる必要はない。
人気が出れば。
いろんな人が出てくる。
全員が。
行儀よく楽しむわけじゃない。
それくらい。
分かっている。
◇
それに。
この前まで。
俺は。
ファンが怪人の着ぐるみを作ることを。
面白がって見ていた。
子供が真似をすることを。
嬉しいと思っていた。
作品が俺の手を離れて。
いろんな人のところへ行く。
それを。
少しずつ。
受け入れられるようになってきた。
なら。
良いことだけが。
俺の知らないところで起きるわけでもない。
◇
誰かが。
『ビーストギア』を好きになる。
誰かが。
玩具を買う。
誰かが。
怪人を描く。
誰かが。
着ぐるみを作る。
その中に。
ちょっと変な奴が混ざる。
多分。
それだけだ。
「…………」
そう。
思う。
◇
切り抜きを。
捨てようかと思った。
やめた。
手記の間に挟んだ。
理由は。
よく分からない。
自分の作品が。
世間へ広がった記録。
その一つ。
多分。
それくらい。
◇
それにしても。
不思議だ。
最初は。
テレビになっただけで。
妙な気分だった。
次は。
子供に真似された。
玩具になった。
ぬいぐるみになった。
別の漫画家が描くことになった。
ファンが。
怪人を着るようになった。
そして。
今日は。
新聞の片隅にまで。
『ビーストギア』という文字が出た。
「…………」
もちろん。
載り方としては。
あまり嬉しくない。
◇
でも。
それだけ。
作品が。
俺の机の上だけのものではなくなった。
そういうことなんだろう。
少し前に。
俺は。
『俺の知らないビーストギア』
について書いた。
多分。
これも。
その一つだ。
俺が望んだものじゃない。
俺が考えた遊び方でもない。
でも。
もう。
全部を選ぶことはできない。
◇
俺にできるのは。
漫画を描くこと。
それくらいだ。
だから。
原稿へ戻った。
ペンを持つ。
一コマ。
次の一コマ。
描く。
◇
少しして。
携帯が鳴った。
ミドリ。
『ちゃんと原稿やってる?』
「…………」
何なんだ。
こいつは。
『やってる』
と返した。
すぐ。
『記事のこと考えて止まってない?』
「…………」
何で。
分かるんだ。
『少しだけ』
と返した。
今度は。
少し間があった。
『考えるのはいいけど、背負いすぎないでね』
「…………」
珍しい。
少し。
優しい。
そう思った。
続けて。
もう一通。
『あと原稿』
「…………」
やっぱり。
担当編集だった。
◇
『分かってる』
と返す。
今度は。
返事なし。
多分。
それでいいらしい。
◇
今日のことは。
これで終わり。
本当に。
小さな話だ。
地方新聞の。
三面の片隅。
数行だけ。
明日になれば。
ほとんどの人は。
忘れていると思う。
俺も。
そのうち。
忘れるかもしれない。
◇
ただ。
切り抜きは。
手記に挟んでおく。
何となく。
それだけは。
しておこうと思った。
理由は。
ない。
本当に。
ただ。
何となく。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




