第十九話 気晴らし
第十九話 気晴らし
今日。
ミドリに連れ出された。
本人は。
「気晴らし」
と言っていた。
俺としては。
別に気が詰まっていたつもりはない。
原稿を描いて。
特撮の確認をして。
子供向け漫画の監修をして。
ファンの反応を見て。
怪人の案を考えて。
また原稿を描く。
普通だ。
多分。
◇
「普通じゃない」
待ち合わせ場所に着くなり。
ミドリに言われた。
「何が」
「あんたの生活」
「何で急に」
「昨日何時に寝た?」
「…………」
「何時?」
「そんなの覚えてない」
「覚えてないくらい遅かったんでしょ」
「違う」
「じゃあ何時」
「…………」
「ほら」
面倒臭い。
「寝たよ」
「それは人間なら大体そう」
「ちゃんと寝た」
「何時間」
「…………」
「はい、今日は仕事禁止」
「何でそうなる」
「原稿も監修もなし」
「締切あるぞ」
「今日一日で落ちる締切じゃない」
「分からないだろ」
「分かる。担当だから」
「便利だな、その言葉」
「便利じゃなくて仕事」
そう言って。
ミドリは勝手に歩き始めた。
俺も。
仕方なくついていく。
◇
どこへ行くのか。
聞いていなかった。
「で、どこ行くんだ」
「まだ決めてない」
「は?」
「だから気晴らしなんだって」
「目的地もないのか」
「目的地があると、あんた途中で帰ろうとするでしょ」
「帰らない」
「原稿が気になって?」
「…………」
「ほら」
何でも読まれる。
「目的がないと落ち着かない」
「今日は、それに慣れる日」
「何だそれ」
「何もしない練習」
「余計難しい」
「重症だね」
「病人扱いするな」
◇
結局。
駅から少し離れた商店街を歩くことになった。
特別な場所じゃない。
有名な観光地でもない。
喫茶店。
本屋。
雑貨屋。
服屋。
小さな玩具屋。
昔からありそうな店と。
最近できたらしい店が。
適当に混ざっている。
ただ歩くだけ。
本当に。
それだけだった。
「本屋あるな」
「入らない」
「まだ何も言ってない」
「顔」
「読むな」
「今日は仕事禁止」
「本屋は仕事じゃない」
「自分の漫画探すでしょ」
「探さない」
「子供向け雑誌見るでしょ」
「見ない」
「『ビーストギア』の扱い確認するでしょ」
「…………」
「はい、却下」
通り過ぎた。
「見るだけならいいだろ」
「見るだけで終わらないから駄目」
「何で分かる」
「この前、見るだけのつもりでモズキャッチャー買ったでしょ」
「…………」
何も言えない。
◇
少し歩いて。
喫茶店へ入った。
俺はコーヒー。
ミドリは紅茶。
注文が来るまで。
何となく。
向かい合って座る。
「で」
俺が言った。
「何するんだ」
「何もしない」
「時間の無駄じゃないか」
「その考え方やめなさい」
「だって何もしないんだろ」
「喋る」
「いつも喋ってる」
「仕事以外の話を」
「…………」
困った。
「何話すんだ」
「そこから?」
「仕事以外って言われても」
「高校の時どうしてたのよ」
「漫画描いてた」
「知ってる」
「本読んでた」
「漫画?」
「漫画」
「…………」
ミドリが溜息をついた。
◇
「じゃあ最近何かあった?」
「ある」
「仕事以外で」
「…………」
「ほら」
「モズキャッチャーのぬいぐるみ買った」
「それ仕事側」
「でも買ったのは私生活だろ」
「屁理屈」
「じゃあセミスピーカーの着ぐるみ見た」
「それも仕事側」
「ファンのカブトムシメモリー」
「もっと仕事側」
「…………」
「本当にないの?」
「何が」
「『ビーストギア』以外」
少し考えた。
「…………」
ない。
いや。
あるはずだ。
飯を食う。
寝る。
風呂。
それ以外。
「……洗濯」
「生活だよ!」
「生活も仕事以外だろ」
「そういう話じゃない!」
ミドリが笑っている。
俺は。
少し腹が立った。
◇
「じゃあお前は何かあるのか」
「あるよ」
「何」
「映画見た」
「何の」
「恋愛もの」
「へえ」
「興味ない顔しない」
「してない」
「してる」
「面白かった?」
「面白かった」
「じゃあいいじゃん」
「そこで終わるの?」
「感想聞いた」
「もっと何かないの?」
「誰と見た」
「一人」
「じゃあ終わりだろ」
「会話下手!」
また笑われた。
◇
でも。
こうやって。
何でもない話をしているのは。
久しぶりだった。
高校の頃は。
もっと。
こういう時間があった。
放課後。
どこか寄って。
くだらない話をする。
俺は大体漫画のことを考えていたけど。
ミドリは。
よく付き合っていた。
「昔もこうだったな」
俺が言う。
「何が?」
「お前が喋って、俺が聞いて」
「違うよ」
「違う?」
「あんたが漫画の話して、私が聞いてた」
「…………」
「今よりひどかった」
「そんなわけない」
「一時間ずっと怪人の話してたことある」
「覚えてない」
「私は覚えてる」
「何の怪人」
「知らないよ」
「何でそこ覚えてないんだ」
「内容まで覚えてたら怖いでしょ」
「それもそうか」
幼なじみは。
余計なことまで覚えている。
でも。
肝心なところは。
案外忘れている。
◇
喫茶店を出て。
また歩いた。
途中。
玩具屋の前を通る。
「…………」
「駄目」
「何も言ってない」
「モズキャッチャー見つけた顔してた」
「セミスピーカー」
「もっと駄目」
「見るだけ」
「今日は仕事禁止」
「ぬいぐるみは仕事じゃないだろ」
「この前『資料』って言った人が何言ってるの」
「…………」
反論できない。
◇
それでも。
店頭だけ。
少し見た。
キッドの玩具。
メモリー。
モズキャッチャー。
セミスピーカー。
「あ」
「何」
「セミスピーカーある」
「見なくていい」
「モズより大きい」
「行くよ」
「ちょっと待て」
「買うの?」
「買わない」
「本当に?」
「…………」
「買う顔」
「顔読むな」
セミスピーカーのぬいぐるみは。
腹のスピーカーまで。
ちゃんと丸く作られていた。
少し欲しい。
いや。
結構欲しい。
でも。
今日は。
買わなかった。
偉い。
多分。
◇
商店街を抜けたところに。
小さな川があった。
遊歩道。
ベンチ。
人も少ない。
ミドリが座った。
「疲れた」
「お前が連れ出したんだろ」
「あんた歩くの速いの」
「普通」
「漫画家のくせに」
「関係ある?」
「何となく」
「失礼だな」
俺も隣に座った。
◇
しばらく。
何も喋らなかった。
川を見る。
水。
鳥。
自転車で走っていく人。
犬を散歩させている人。
向こう岸で。
小さな子供が親と手を繋いで歩いている。
何でもない。
本当に。
何でもない。
俺は。
こういう時間を。
最近。
ほとんど持っていなかった。
「…………」
頭の中。
静か。
ではなかった。
「モズ」
「何?」
ミドリが振り向く。
「今の鳥」
「え?」
「あそこ」
少し離れたところに。
鳥がいる。
「モズじゃない?」
「知らない」
「いや、あの嘴……」
「仕事禁止」
「鳥を見るのは仕事じゃない」
「そこから怪人考えるでしょ」
「…………」
「ほら!」
◇
俺は。
鳥から目を逸らした。
「難しいな」
「何が」
「何も考えないの」
「何も考えなくていいとは言ってない」
「じゃあ何考える」
「漫画以外」
「…………」
「また困る?」
「かなり」
ミドリが。
少し笑った。
「前は、もうちょっとあったでしょ」
「何が」
「漫画以外」
「そうか?」
「少なくとも高校の時は、今より暇だった」
「暇じゃなかった」
「部活もしてない。仕事もしてない」
「漫画描いてた」
「それを暇って言うの」
「言わない」
「じゃあ何」
「準備期間」
「高校生の時から?」
「そう」
「本当に変わってないね」
「何が」
「漫画中心」
◇
しばらく。
水面を見ていた。
風が吹く。
水が揺れる。
夕方が近い。
光が。
水面で細かく揺れている。
「…………」
「何」
「いや」
「何か思いついた?」
「何で分かる」
「顔」
「またか」
「何」
「ちょっと」
「漫画?」
「…………」
「やっぱり!」
ミドリが呆れる。
「違う」
「何が違うの」
「今の川」
「うん」
「水面に反射する光」
「うん」
「能力に使えるなと思って」
「完全に漫画!」
「でも自然に思いついた」
「気晴らしの意味!」
「思いつくものは仕方ない」
「仕方なくない!」
◇
俺は。
メモを取ろうとした。
スマホを出す。
ミドリに止められた。
「駄目」
「忘れる」
「忘れたらその程度」
「暴論だろ」
「今日は仕事禁止」
「一行だけ」
「駄目」
「単語だけ」
「駄目」
「光、川、水面」
「もう口で言ってる!」
「覚えておいて」
「何で私が!」
「忘れそうだから」
「知らない!」
◇
結局。
メモは取らなかった。
多分。
覚えている。
光。
川。
水面。
大丈夫。
多分。
◇
「ねえ」
しばらくして。
ミドリが言った。
「何」
「楽しい?」
急に。
聞かれた。
「何が」
「今」
「…………」
少し考えた。
「まあ」
「まあ?」
「悪くない」
「それ、あんたの中ではかなり高評価だよね」
「そうか?」
「そう」
「じゃあ楽しい」
「言い直した」
「お前が面倒だから」
「はいはい」
◇
でも。
悪くなかった。
仕事の話をしない。
原稿も見ない。
ネームも見ない。
時計も。
あまり見ない。
ただ。
歩いて。
コーヒーを飲んで。
話して。
座る。
そんな一日。
久しぶりだった。
それに。
こうして隣にいるのが。
ミドリだから。
余計に。
昔へ戻ったような感じがする。
◇
「そういえば」
ミドリが言った。
「何」
「高校の帰りも、こういう川沿い歩いたことあったよね」
「そうだっけ」
「あった」
「覚えてない」
「また?」
「何の時」
「覚えてない」
「お前も覚えてないじゃないか」
「歩いたことは覚えてる」
「何で歩いた」
「多分、あんたが何か描きたいって言って遠回りした」
「…………」
「今と同じじゃん」
「多分違う」
「何が」
「高校生」
「そこだけ」
ミドリが笑った。
◇
その後。
少し遠回りして。
駅へ戻った。
途中。
ミドリが聞いた。
「今日どうだった?」
「何が」
「気晴らし」
「…………」
「必要なかった?」
「いや」
少し考える。
「必要だったかもしれない」
「でしょ」
「でも」
「何」
「三つ思いついた」
「何が?」
「怪人の案」
「…………」
「あと一個、演出」
ミドリが。
その場で止まった。
「何だよ」
「私、今日何のためにあんた連れ出したと思ってる?」
「気晴らし」
「何で仕事増えてるの!」
「気晴らししたから思いついたんだろ」
「そういう問題じゃない!」
「結果的には良かった」
「私には良くない!」
◇
駅で別れた。
「今日は帰ったら休んで」
ミドリが言った。
「分かった」
「原稿しない」
「……少しだけ」
「駄目」
「一ページ」
「駄目」
「じゃあネーム確認」
「もっと駄目」
「手記」
「…………」
ミドリが少し考えた。
「それくらいなら」
「よし」
「でも終わったら寝る」
「分かった」
「本当に?」
「多分」
「多分禁止」
「分かった」
◇
家へ帰った。
机。
原稿。
資料。
モズキャッチャー。
見慣れた景色。
「…………」
少し。
久しぶりに見た気がする。
数時間しか離れていないのに。
◇
今日。
特別なことは。
何もなかった。
事件もない。
打ち合わせもない。
新しい企画もない。
ただ。
幼なじみに連れ出されて。
歩いて。
喋って。
コーヒーを飲んで。
川を見た。
それだけ。
◇
でも。
こういう日も。
必要なのかもしれない。
何も描かない時間。
何も決めない時間。
作品から少し離れる時間。
離れたら。
何も出てこなくなると思っていたわけじゃない。
でも。
何かしていないと。
損をしているような。
そんな感じは。
少しあった。
今日。
何もしなかった。
そのはずなのに。
三つ思いついた。
やっぱり。
漫画家というのは。
よく分からない。
◇
まあ。
完全には離れられなかったけど。
鳥を見ればモズを考える。
川を見れば能力を考える。
玩具屋を見ればセミスピーカーが欲しくなる。
「…………」
最後のは。
漫画と関係ないかもしれない。
いや。
関係あるか。
◇
そういえば。
川で思いついたやつ。
まだ覚えている。
光。
川。
水面。
「…………」
書くだけ。
本当に。
一行だけ。
ノートを開いた。
『水面の反射――能力案』
書いた。
「…………」
一行。
約束は。
多分。
破ってない。
◇
その直後。
ミドリからメッセージが来た。
『仕事してないよね?』
「…………」
何で。
分かるんだ。
俺は。
少し考えて。
『手記を書いてる』
と返した。
これは。
嘘じゃない。
すぐ返事。
『ならよし』
「…………」
危なかった。
◇
ただ。
今日。
一つだけ。
ミドリには言わなかった。
楽しかった。
普通に。
漫画がどうとか。
仕事がどうとか。
そういうの抜きで。
ただ。
一緒に歩いているのが。
昔みたいで。
少し。
楽しかった。
◇
高校の頃。
俺は。
多分。
ミドリが隣にいることを。
今ほど考えたことがなかった。
いつもいたから。
漫画の話をすれば聞いていた。
文句も言われた。
呆れられた。
それでも。
次の日には。
また普通に話していた。
今は。
担当編集になって。
締切の話をされて。
監修の仕事を増やすなと言われて。
睡眠時間まで心配されている。
「…………」
関係が変わったのか。
変わっていないのか。
よく分からない。
多分。
どっちもなんだろう。
◇
俺は。
机の上の原稿を見た。
今日は。
触らない。
約束したから。
多分。
いや。
今日は本当にやめておく。
ミドリに。
また見抜かれるのも面倒だ。
◇
でも。
今日のことは。
手記に残しておこうと思った。
大きな出来事は何もなかった。
だからこそ。
後になったら。
こういう日の方が。
忘れてしまう気がする。
何もなかった日。
ただ。
幼なじみと歩いた日。
そういう日も。
残しておいていい。
◇
まあ。
本人には。
楽しかったとは言わない。
絶対に。
言ったら。
しばらく。
それでからかわれるから。
それに。
多分。
言わなくても。
あいつには。
ばれている気がする。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




