第十八話 描く人
第十八話 描く人
今日。
子供向け『ビーストギア』を描く漫画家に会った。
前から、一度ちゃんと話してみたいと思っていた。
俺とは違う『ビーストギア』を描いている人間。
何を見て。
何を考えて。
どうして、あのネームを描いたのか。
少し。
いや。
結構。
気になっていた。
◇
「今日、来るよ」
編集部へ着いて早々、ミドリが言った。
「今日?」
「今日」
「聞いてない」
「言ったよ」
「いつ」
「この前」
「覚えてない」
「原稿の締切の話した時」
「それは覚えてる」
「じゃあ、その後」
「…………」
「聞いてなかったんでしょ」
多分。
そうだ。
「で、もうすぐ来るから」
「分かった」
「緊張してる?」
「してない」
「本当に?」
「何で俺が緊張するんだ」
「初対面だし」
「それくらいで緊張しない」
「しかも、自分の作品を描いてる人」
「俺の漫画じゃない」
「原作はあんたでしょ」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味?」
「…………」
説明しようとして。
やめた。
多分。
ミドリには分かっている。
俺の『ビーストギア』ではある。
でも。
俺が描く『ビーストギア』ではない。
その違いを。
俺自身が、まだ上手く説明できない。
◇
少しして。
編集部の扉が開いた。
「失礼します」
声。
若い。
俺より、多分かなり若い。
例の新人漫画家だった。
前に聞いた通り、まだ連載経験はない。
担当らしい編集者に連れられて、こちらへ歩いてくる。
手には大きな封筒。
そして。
顔が。
ものすごく緊張している。
「…………」
見ていたら。
こっちまで少し緊張してきた。
いや。
俺は緊張していない。
多分。
◇
「時根先生です」
紹介された。
その瞬間。
新人漫画家が、思い切り頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「お、おう」
声が少し裏返った。
横を見る。
ミドリが笑っていた。
「何」
「別に」
「笑うな」
「緊張してないんじゃなかった?」
「してない」
「声」
「うるさい」
新人漫画家が、さらに緊張した顔になる。
よくない。
俺とミドリのやり取りを見せたせいで。
余計に怖がらせた気がする。
◇
席へ座る。
向かいには新人漫画家。
横にミドリ。
何だろう。
妙な感じだ。
自分が「先生」と呼ばれている。
漫画家になってから何度も呼ばれてきた。
別に珍しくない。
編集者にも。
関係者にも。
そう呼ばれる。
でも。
自分の作品を描く人間から呼ばれると。
少し違う。
「ネーム」
俺が言った。
「読みました」
「はい!」
「面白かったです」
「ありがとうございます!」
また。
頭を下げられた。
「いや、そんなに下げなくていい」
「すみません!」
また下げた。
「だから」
「はい!」
「…………」
困った。
◇
ミドリが口を挟んだ。
「そんなに怖がらなくて大丈夫だから」
「怖がってません!」
「声が怖がってる」
「すみません!」
「あと、この人、口悪いけど別に怒ってないから」
「お前は俺をどう紹介してるんだ」
「正確に」
「正確じゃない」
新人漫画家が。
ほんの少しだけ笑った。
良かった。
このままだと。
今日一日、ずっと謝られるところだった。
◇
「まず」
俺は前回のネームを机へ置いた。
「修正、結構入れて悪かった」
「いえ!」
「いや、六個あるから」
「最初十二個だったよ」
ミドリが言う。
「言うな」
「半分に減らしたんだから偉いでしょ」
「俺を褒めるな」
「先生、十二個……」
「最初はな」
新人漫画家の顔から。
少し血の気が引いた。
「でも」
俺は続けた。
「見せ方について入れた修正は、ほとんど消した」
「はい」
「俺と違うってだけで直させるのは違うと思った」
新人漫画家が。
こちらを見る。
「俺が監修したいのは、そこじゃない」
◇
メモリーの扱い。
怪人の能力。
キッドの身体能力。
人物の性格。
戦い方。
どうして、その怪人がその能力を持つのか。
どうして、キッドがその判断をするのか。
作品の根っこ。
「そこが合っていれば」
俺は言った。
「絵も、見せ方も、台詞も。俺と同じじゃなくていい」
「……はい」
「というか」
少し迷った。
でも。
言う。
「同じにしないでほしい」
新人漫画家が。
目を少し大きくした。
「その方がいい」
「……いいんですか?」
「何が」
「もっと原作に寄せた方がいいのかと……」
「俺の漫画をもう一回描いても意味ないだろ」
「…………」
「子供向けにするんだから。俺にはできないことをやってほしい」
言ったあと。
少しだけ。
自分でも驚いた。
最初にこの企画を聞いた時の俺なら。
多分。
こんなことは言えなかった。
◇
新人漫画家は、しばらく黙っていた。
それから。
「実は」
と言った。
「はい」
今度は俺が聞く側になる。
「最初、かなり迷いました」
「何を」
「どこまで変えていいのか」
やっぱり。
そうらしい。
◇
「原作が好きなので」
「聞いた」
「はい」
「全部読んでるって」
「全部持ってます」
「本当に?」
「はい」
「…………」
少し。
嬉しい。
なるべく。
顔には出さない。
横を見るとミドリにばれる。
だから。
見ない。
◇
「だから最初は」
新人漫画家が続ける。
「できるだけ同じにしようと思ってたんです」
「うん」
「コマも」
「うん」
「台詞も」
「うん」
「でも」
一度。
言葉が止まった。
「それだと、僕が描く意味がない気がして」
「…………」
同じだった。
俺がネームを読んで。
考えたことと。
◇
「テレビ版を見て」
新人漫画家は言った。
「すごいと思ったんです」
「何が?」
「原作と違うのに、ちゃんと『ビーストギア』だったから」
「…………」
少し前。
俺も。
同じことを思った。
モズキャッチャー。
人間の早贄が消えて。
物を集める怪人になった。
全然違う。
でも。
モズだった。
俺が作ったモズキャッチャーの根っこは。
ちゃんと残っていた。
◇
「だから」
「うん」
「自分も、子供が読んだ時に、一番面白い『ビーストギア』にしたいと思って」
「それで、あの台詞?」
「どれですか?」
「キッドの」
ネームを開く。
『怖いけど、逃げたらもっと怖いことになる!』
「ああ」
新人漫画家が。
少し恥ずかしそうに笑った。
「分かりやすかった」
「ありがとうございます」
「腹立った」
「え?」
驚かれた。
横で。
ミドリが笑い出した。
「この人、それ気に入ってるから」
「気に入ってない」
「前も同じこと言ってたじゃん」
「腹立つって言った」
「それ、ほぼ褒めてるでしょ」
「違う」
新人漫画家が。
戸惑っている。
「褒めてる」
ミドリが言った。
「そうなんですか?」
「違う」
「褒めてる」
「お前が決めるな」
◇
少し。
空気が柔らかくなった。
最初は。
ものすごく緊張していた新人漫画家も。
少しずつ普通に話すようになった。
そこで。
前から聞きたかったことを聞いた。
「何でキッドを、ああいう顔にしたの?」
「顔ですか?」
「表情」
「ああ」
俺のキッドより。
感情がかなり大きく出る。
驚く。
困る。
怖がる。
笑う。
子供でも。
一目で分かるくらいに。
「子供が真似しやすい方がいいと思って」
「真似?」
「はい」
◇
「漫画を読んだ後に」
新人漫画家は、少しだけ身振りを交えながら話した。
「子供がキッドの顔とか、ポーズとか、真似してくれたらいいなって」
「…………」
また。
子供。
遊び。
最近。
よく聞く。
「読むだけじゃなくて?」
「はい」
「遊ぶところまで?」
「できれば」
「…………」
俺にはなかった発想だった。
◇
俺は。
面白い漫画を描きたい。
読んで。
面白かった。
怖かった。
格好良かった。
そう思ってくれれば。
それでいいと思っていた。
でも。
テレビが始まってから。
子供が。
「配信開始!」
と叫ぶようになった。
玩具を持つ。
怪人の格好をする。
木の枝をメモリーにする。
読んだ先。
見た先。
その先に。
遊びがある。
この漫画家は。
最初からそこまで考えて描いている。
「なるほど」
俺は言った。
「だから動きが大きいのか」
「はい」
「転ぶのも?」
「…………」
新人漫画家が。
ミドリを見た。
「そこは」
ミドリが笑う。
「かなり揉めた」
「揉めるなよ」
「先生が」
「俺だけのせいにするな」
◇
「転ばせたかったんです」
新人漫画家が言った。
「何で?」
「子供って」
「うん」
「格好いいところだけじゃなくて、失敗したところも真似するので」
「…………」
「転んで、すぐ立って」
「うん」
「また戦うところを、やりたくなるかなって」
「…………」
そこまで。
考えていたのか。
俺は。
ネームのそのコマを見る。
キッドが転ぶ。
今見ると。
少し違って見えた。
ただ笑わせるためじゃない。
格好いいヒーローが失敗して。
それでもすぐ立つ。
そこまで含めて。
子供が真似できるようにしている。
◇
「じゃあ」
俺は言った。
「残して良かったな」
「え?」
「転ぶところ」
「…………」
「ただし、足がもつれて転ぶのは駄目」
「そこは譲らないんだ」
ミドリが言う。
「そこは設定だ」
「はいはい」
新人漫画家が。
笑った。
「分かりました」
「不可抗力ならいい」
「はい」
「キッドは格闘経験があるから」
「はい」
「着地も――」
「そこから長くなるよ」
ミドリに止められた。
「まだ一個しか説明してない」
「その一個が長いの」
◇
その後。
気づけば。
かなり長く話していた。
怪人。
メモリー。
キッド。
特撮。
漫画。
子供。
絵。
台詞。
最初は。
監修のための打ち合わせだった。
途中から。
多分。
普通に漫画の話をしていた。
◇
「この怪人」
新人漫画家が資料を開く。
「もう少し丸くしてもいいですか?」
「どのくらい」
「このくらい」
「…………」
「駄目ですか?」
「いや」
見る。
少し。
考える。
「能力が分かればいい」
「はい」
「ただ爪は残して」
「やっぱりですか」
「そこは大事」
「子供向けですよ?」
「爪くらいいいだろ」
「時根先生、爪好きですね」
「そういう言い方するな」
横で。
ミドリがまた笑っている。
◇
今度は。
新人漫画家の方から次々に質問が飛んできた。
「このメモリーって」
「うん」
「キッド本人が、使い方を思いつくこともあります?」
「ある」
「最初から全部分かってるわけじゃない?」
「違う」
「じゃあ、この時も?」
「待って」
「はい」
資料を引っ張り出す。
「ここ」
「あ」
「この時も、使ってから分かってる」
「なるほど」
「だから、最初から何でも説明できるように描くと少し違う」
「はい」
「キッド自身が試すところも大事」
説明する。
相手は。
一生懸命メモしている。
「…………」
何だろう。
少し。
嬉しい。
◇
自分の頭の中にしかなかったことを。
誰かが必要としている。
聞いて。
メモして。
考えて。
それを。
自分の漫画に使おうとしている。
不思議だ。
俺が今まで一人で作っていた世界を。
誰かと共有している。
◇
もちろん。
特撮のスタッフとも。
設定について話してきた。
脚本の打ち合わせもした。
でも。
漫画家同士で話すのは。
やっぱり。
少し違う。
「そこ、二コマ使う?」
「使いたいです」
「何で?」
「一コマ目で怖がらせて、次で笑わせたいので」
「だったら、こっちを大きくした方が――」
「あ、それいいですね」
「でも低年齢向けなら文字量が――」
「そうなんです」
「…………」
気づけば。
俺の方から。
机へ身を乗り出していた。
◇
途中。
ミドリが言った。
「休憩しない?」
時計を見る。
「こんな時間?」
思ったより。
かなり経っていた。
「ずっと喋ってたから」
「そうか」
「時根先生」
「何?」
新人漫画家が。
少し笑っていた。
「思ってたより、いっぱい喋るんですね」
「…………」
ミドリが。
吹き出した。
「何がおかしい」
「いや」
「何」
「第一印象、怖かったんだろうね」
「怖くないだろ」
「最初から無言でネーム読んで赤入れる人だよ?」
「仕事だ」
「そういうところ」
◇
「怖かった?」
本人に聞いた。
「少し」
「…………」
「すみません!」
「謝らなくていい」
「でも」
「今は?」
聞いた。
何で。
こんなことを聞いたんだ。
自分でも分からない。
新人漫画家は。
少し考えた。
「今は」
「うん」
「漫画が、すごく好きな人なんだなって」
「…………」
ミドリが。
また笑った。
「何」
「いや」
「何だよ」
「高校の時から変わってないなと思って」
「うるさい」
でも。
何となく。
悪い気はしなかった。
◇
休憩の後も。
話は続いた。
気づけば。
俺が昔、どうやって怪人を考え始めたのか。
そんなところまで話していた。
「動物図鑑とか見ます?」
「見る」
「やっぱり」
「でも図鑑だけじゃない」
「というと?」
「ニュースとか。街で見たものとか。何でも」
「何でも?」
「最近は子供の遊びまで」
「子供?」
「カブトムシ」
「え?」
「いや、何でもない」
ミドリが。
横で笑いを堪えている。
「何だよ」
「カブトムシまだ考えてるんだ」
「考えてない」
「新人さん、この人、公園で子供が作ったカブトムシメモリーに影響されて――」
「言うな!」
新人漫画家が。
声を出して笑った。
最初の緊張は。
もう。
ほとんどなくなっていた。
◇
帰る前。
新人漫画家が。
もう一度頭を下げた。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
今度は。
普通に言えた。
「あと」
「はい」
「分からないことあったら聞いて」
「いいんですか?」
「監修だし」
「はい!」
「ただ」
「はい」
「締切近い時はミドリ経由で」
「何でよ」
ミドリが言った。
「お前が止めるから」
「止めないと原稿やらないでしょ」
「やる」
「今日、何時までここにいた?」
「…………」
「ね?」
「それとこれは別」
「別じゃない」
◇
新人漫画家が帰ったあと。
ミドリと二人になった。
「どうだった?」
「何が」
「会ってみて」
「良かった」
「それだけ?」
「良かったよ」
「へえ」
「何」
「素直」
「最近そればっかり言うな」
「本当にそうだから」
◇
「任せられそう?」
ミドリが聞いた。
俺は。
少し考えた。
「うん」
答えた。
自分でも。
少し驚いた。
前だったら。
多分。
もっと条件を付けた。
ここは守れ。
これは変えるな。
勝手にするな。
そんなことを。
いっぱい言ったと思う。
今も。
守ってほしいところはある。
そこは。
変わらない。
でも。
全部。
俺が握っていなくても。
大丈夫な気がした。
◇
「ただし」
「出た」
「何だよ」
「絶対言うと思った」
「監修はする」
「それはしてください」
「設定も見る」
「お願いします」
「ネームも読む」
「それが仕事」
「…………」
言うことがなくなった。
ミドリが笑う。
「じゃあ、それでいいじゃん」
「そうだな」
◇
家へ帰って。
机へ座る。
モズキャッチャーが。
いつもの場所にいる。
「…………」
最近。
何でも。
こいつに見られている気がする。
気のせいだけど。
今日のことを。
手記に書こうと思った。
その前に。
ノートを開く。
少し書く。
『子供向け漫画――監修』
その下。
『任せるところは任せる』
「…………」
書いてから。
少し笑った。
何だ。
これ。
自分への注意書きみたいだ。
◇
でも。
必要かもしれない。
俺は。
自分で全部やりたくなる。
自分の作品だから。
当然だと思っていた。
でも。
全部俺がやったら。
俺が作れる『ビーストギア』しか生まれない。
今日会った漫画家は。
俺には描けないキッドを描く。
俺にはできない見せ方をする。
そして。
多分。
俺が思いつかなかった、子供の楽しみ方まで考えている。
◇
少し前まで。
それを。
怖いと思っていた。
自分の知らないところで。
自分の作品が変わっていく。
それが。
自分の作品を取られているような。
そんな気持ちになる時もあった。
今は。
少し違う。
楽しみだ。
どんな漫画になるんだろう。
完成したら。
子供は読んでくれるだろうか。
キッドの台詞を真似するだろうか。
怪人を好きになるだろうか。
転んだキッドを真似して。
立ち上がるところまで。
遊びにしてくれるだろうか。
「…………」
その中の誰かが。
また。
自分で怪人を考えるかもしれない。
木の枝をメモリーにするかもしれない。
着ぐるみを作るかもしれない。
そうやって。
『ビーストギア』が。
また。
俺の知らないところへ。
広がっていく。
◇
俺は。
その全部を。
描けない。
多分。
描かなくていい。
俺は。
俺の『ビーストギア』を描く。
あの人は。
あの人の『ビーストギア』を描く。
テレビの人は。
テレビを作る。
玩具の人は。
玩具を作る。
見る人は。
好きに遊ぶ。
それで。
いい。
◇
ただ。
今日。
一つだけ。
心配になったことがある。
新人漫画家。
俺より。
かなり若い。
体力もありそうだった。
仕事も早いらしい。
「…………」
監修用の次のネーム。
あいつの方が先に出してきたら。
俺の原稿が。
また。
遅れるかもしれない。
いや。
これは。
完全に俺の問題だ。
◇
そう思っていたら。
さっき。
ミドリから連絡が来た。
『今日楽しかったでしょ』
と。
送られてきた。
『普通』
と返した。
すぐ。
『嘘』
と返ってきた。
「…………」
少し考えて。
もう一度。
画面を見る。
『普通』
そのまま。
押し通した。
今度は。
『はいはい』
とだけ返ってきた。
◇
幼なじみというのは。
本当に。
面倒臭い。
でも。
今日は。
少しだけ。
当たっている。
いや。
結構。
当たっている。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




