第十七話 最初のネーム
第十七話 最初のネーム
今日。
例の子供向け『ビーストギア』の、最初のネームを見た。
先に感想を書いておく。
面白かった。
それから。
かなり腹が立った。
◇
編集部へ着くなり。
ミドリが一冊の封筒を、俺の前へ置いた。
「来たよ」
「何が」
「忘れたの?」
「何を」
「監修するって自分で言った漫画」
「…………」
忘れていたわけではない。
ただ。
思っていたより早かった。
「もう描いたのか」
「ネームだけね」
「見せて」
「その前に」
俺が封筒へ手を伸ばすと。
ミドリが上から押さえた。
「何だよ」
「一つ約束」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「大体分かる」
「じゃあ言ってみて」
「細かいところまで口を出すな」
「半分正解」
「半分?」
「自分の絵と違うって理由で直させない」
「…………」
言おうとしていた。
危ない。
「言わない」
「今、間があった」
「言わないって」
「本当に?」
「俺を何だと思ってる」
「面倒臭い原作者」
「帰るぞ」
「はいはい。どうぞ」
封筒を差し出された。
帰るのはやめた。
◇
中からネームを取り出す。
表紙をめくった。
一ページ目。
「…………」
そこで。
手が止まった。
「何?」
「いや」
「もう何かあるの?」
「違う」
キッドがいた。
もちろん。
俺の描くキッドとは違う。
前に企画書で見た絵よりも。
さらに。
子供向けの漫画として整理されている。
線が柔らかい。
表情が大きい。
動きが分かりやすい。
一つのコマを見ただけでも。
キッドが今、何をしているのか。
何を感じているのか。
すぐに分かる。
「読みやすいな」
口から出た。
ミドリが笑った。
「でしょう?」
「何でお前が得意そうなんだ」
「企画した側だから」
「描いたのは新人だろ」
「その新人を見つけたのは編集部」
「はいはい」
続きを読んだ。
◇
物語の大筋は知っている。
当たり前だ。
俺が作った話だから。
でも。
同じではなかった。
場面の順番が変わっている。
説明が短い。
怖い場面は抑えられている。
その代わり。
人物が何を考えているのかを。
表情や台詞で、かなりはっきり見せている。
特に。
キッド。
俺の漫画では。
顔。
動き。
間。
それで読者に察してもらうことが多い。
でも。
こっちは違う。
「ここ」
俺が指を止めた。
「何?」
「この台詞」
怪人を前にしたキッドが。
『怖いけど、逃げたらもっと怖いことになる!』
と言っている。
「俺、こんな台詞書いてない」
「知ってる」
「でも」
「駄目?」
「いや」
もう一度読む。
「分かりやすい」
「でしょ」
「腹立つな」
「何でよ」
「俺なら書かない」
「だから別の漫画家に頼んでるんでしょ」
「それは分かってる」
「じゃあ何で腹立つの」
「分かりやすいから」
「理不尽」
自分でも。
そう思う。
◇
俺の漫画なら。
多分。
キッドの顔を描く。
拳を握らせる。
ほんの少し。
間を作る。
それで。
怖くても行くんだ。
と読者に感じてもらう。
こっちは。
言う。
ちゃんと言う。
でも。
説明臭くない。
その年齢の子供が読んだ時。
キッドが何を怖がって。
それでも何で戦うのか。
すぐに分かる。
「…………」
なるほど。
これが。
子供向けということなのかもしれない。
前に。
テレビ版を見た時にも思った。
削るんじゃない。
伝わる形へ。
置き換える。
原作の中にあるものを。
別の言葉で。
別の絵で。
もう一度組み立てる。
◇
ページをめくる。
怪人が出てきた。
「…………」
「どう?」
「怖くない」
「駄目?」
「いや」
怖くない。
でも。
弱そうでもない。
牙。
爪。
大きな身体。
ちゃんと。
敵だと分かる。
ただ。
俺の漫画みたいに。
夜になって思い出した時。
ちょっと嫌な気分になるような顔ではない。
「子供が見るなら、このくらいなのか」
「多分ね」
「俺ならもっと影を入れる」
「入れないで」
「まだ言ってない」
「顔に書いてある」
「最近みんな俺の顔読みすぎだろ」
「みんなって誰」
「お前」
「一人じゃん」
「…………」
そうだった。
◇
読み進める。
途中。
キッドが転んだ。
「…………」
転んだ。
もう一度見る。
やっぱり。
転んでいる。
「ここ何」
「転んでる」
「見れば分かる」
「じゃあ何」
「キッド、こんな転び方しないだろ」
「出た」
「何が」
「監修」
「監修だろ」
「違う。細かい原作者」
「ここは大事だ」
「何が大事なの」
「キッドは格闘をやってるんだぞ。こんな足のもつれ方はしない」
「小学低学年向け漫画の一コマだよ?」
「だから何だ」
「転んだ方が面白いじゃん」
「それで設定を曲げるのか」
「設定を曲げるほどのこと?」
「曲げる」
「…………」
ミドリが。
頭を抱えた。
◇
「じゃあどうするの」
「攻撃を避けて、着地したところで何かに引っかかる」
「結局転ぶじゃん」
「違う」
「何が?」
「本人の技量不足で転ぶのと、不可抗力で転ぶのは違う」
「子供そこまで見る?」
「見るかもしれない」
「見ないかもしれない」
「俺は見る」
「あんたが読むための漫画じゃない!」
「監修だぞ!」
「そうだけど!」
揉めた。
かなり。
◇
最終的に。
転ぶところは残った。
ただし。
怪人が投げた物を避けた直後。
後ろに置かれていた箱へ足を引っかける形になった。
「これなら」
「結局転ぶけどね」
「意味が違う」
「はいはい」
「分かってないだろ」
「分かってる。あんたが面倒臭いことは」
「そうじゃない」
でも。
これならいい。
笑えるところは残る。
キッドの技量も壊れない。
多分。
こういうのが監修なんだ。
きっと。
◇
そのあとも。
何か所か。
気になるところがあった。
「この怪人、この距離でその攻撃は届かない」
「漫画なんだからちょっとくらい」
「駄目」
「ここのメモリーの持ち方が逆」
「本当?」
「本当」
「この台詞、キッドは言わない」
「何で?」
「言い方が違う」
「意味は同じだよ?」
「意味じゃなくて言い方」
「それはさすがに好みじゃない?」
「違う」
「本当に?」
「…………」
「今、止まった」
ミドリの顔が。
どんどん疲れていった。
◇
「ねえ」
「何」
「本当に全部言うの?」
「全部じゃない」
「もう十二個あるけど」
「十二個しかない」
「十二個もあるの」
「ネーム一話分だぞ」
「新人漫画家が泣くよ」
「泣かせたいわけじゃない」
「じゃあ少し減らして」
「駄目なものは駄目だろ」
「その“駄目”の中に、あんたの好みが混ざってない?」
「…………」
言われた。
俺は。
修正を書き込んだ紙を見る。
一つ目。
これは設定。
二つ目。
これも。
三つ目。
「…………」
これは。
俺ならやらない。
だけかもしれない。
◇
もう一度。
最初から見直した。
キッドの表情。
俺なら。
ここまで大きく描かない。
でも。
間違ってはいない。
怪人の動き。
俺なら。
もっと重くする。
でも。
この漫画なら。
こっちの方が読みやすい。
台詞。
俺なら。
もっと短くする。
でも。
対象が低年齢なら。
考えていることが伝わる方がいい。
「…………」
赤を付けたところを。
一つ消した。
もう一つ。
消す。
「何してるの」
「減らしてる」
「珍しい」
「うるさい」
◇
どこまでが。
設定を守るための監修で。
どこからが。
ただの俺の好みなのか。
考える。
思っていたより。
難しい。
俺が全部直してしまえば。
俺の漫画に近づく。
でも。
それなら。
この人に描いてもらう意味がない。
前に。
俺自身が言った。
全部俺の言う通りに描かせるなら。
俺が描けばいい。
「…………」
自分で言ったことは。
結構。
自分に返ってくる。
◇
結局。
残したのは。
本当に設定へ関わるところ。
メモリー。
能力。
怪人の習性。
キッドの身体能力。
人物の根っこ。
物語の芯。
そこは。
変えてほしくない。
でも。
見せ方まで。
俺と同じにする必要はない。
「……これくらい」
俺は修正をまとめた。
「六個」
ミドリが数えた。
「半分になった」
「結構減らしただろ」
「偉い偉い」
「子供扱いするな」
「原作者扱いすると大変だから」
「何だそれ」
◇
「でも」
ミドリがネームをめくりながら言った。
「思ったよりちゃんと見てたね」
「何を」
「自分と違うところ」
「当たり前だろ」
「前だったら、違うだけで引っかかってた気がする」
「…………」
それは。
否定しづらい。
「特撮のおかげかな」
「知らない」
「モズキャッチャーのおかげ?」
「何でもモズキャッチャーにするな」
「ぬいぐるみ買ったくらい好きなのに」
「それは関係ない」
「セミスピーカーも買う?」
「…………」
「買うんだ」
「まだ決めてない」
「顔」
「読むな」
◇
帰る前。
もう一度。
ネームを最初から読んだ。
今度は。
監修としてではなく。
ただ。
一人の読者として。
面白い。
やっぱり。
面白い。
そして。
悔しい。
俺が作った物語なのに。
俺には描けない見せ方がある。
俺が何日も考えた場面を。
この人は。
違う角度から。
別の面白さに変えている。
「この人」
「うん?」
「上手いな」
ミドリが。
少し驚いた顔をした。
「ちゃんと言えるじゃん」
「何が」
「人を褒められるんだ」
「俺を何だと思ってる」
「面倒臭い漫画家」
「さっきからそればっかりだな」
「事実だから」
「じゃあ訂正しろ」
「何を?」
「面倒臭いけど人を褒められる漫画家」
「余計面倒臭い」
◇
でも。
一つ。
気になることがあった。
「本人、今日いないのか」
「え?」
「描いた人」
「会いたい?」
「監修するなら」
「うん」
「一度ちゃんと話したい」
ミドリが。
少し笑った。
「分かった。今度、予定合わせる」
「別に説教するつもりじゃないぞ」
「誰も言ってない」
「今、そういう顔した」
「顔読むなって言った人、誰だっけ」
「…………」
負けた。
◇
「何を話すの?」
ミドリが聞いた。
「まだ決めてない」
「設定を延々説明する?」
「しない」
「本当に?」
「多分」
「多分なんだ」
「必要なところは話す」
「うん」
「あと」
「あと?」
俺は。
ネームを見た。
「何でこう描いたのか、聞きたい」
「…………」
ミドリが。
少しだけ。
意外そうな顔をした。
「何だよ」
「いや」
「何」
「ちゃんと監修になってきたなと思って」
「最初から監修だ」
「最初は赤ペン先生だったけど」
「うるさい」
◇
家へ帰ってからも。
ネームのことを考えていた。
もう一つの漫画。
前に企画を聞いた時は。
俺の『ビーストギア』が。
もう一本増える。
そう思っていた。
今日。
少し違うと思った。
俺の漫画を。
小さくしたものじゃない。
俺の漫画から。
必要なものを拾って。
別の方向へ伸ばしている。
特撮とも違う。
原作とも違う。
でも。
『ビーストギア』。
◇
机の上に。
今日も。
モズキャッチャーがいる。
「…………」
最近。
こいつがいるのが。
普通になってきた。
慣れというのは怖い。
俺はノートを開いた。
今日のネームで。
少し気になったところを。
もう一度書く。
修正じゃない。
俺の方の漫画で。
使えそうな考え方。
「…………」
まただ。
テレビを見て。
子供を見て。
ファンを見て。
今度は。
別の漫画家のネームを見て。
俺が。
何かを持ち帰っている。
◇
『ビーストギア』を。
外へ出したら。
自分のものが減るような気がしていた。
前は。
少し。
そんなふうに思っていたのかもしれない。
誰かが違うものを作れば。
俺の『ビーストギア』が。
薄くなるような。
でも。
逆だった。
外へ出すたびに。
何かが。
戻ってくる。
俺一人では。
思いつかなかったものが。
俺のところへ戻ってきて。
また。
何かになる。
◇
ただ。
監修の仕事は。
思ったより大変そうだ。
今日だけで。
結構時間を使った。
今の連載。
特撮。
子供向け漫画。
そして。
さっきミドリから連絡が来た。
『今日の原稿、進んでる?』
「…………」
まだ。
返信していない。
どうしよう。
◇
とりあえず。
『進んでる』
と送った。
すぐ返ってきた。
『何ページ?』
「…………」
怖い。
幼なじみなのに。
怖い。
俺は。
原稿用紙を見た。
今日。
ほとんど進んでいない。
ネームを見ていたから。
監修だ。
仕事だ。
遊んでいたわけじゃない。
だから。
『監修は進んだ』
と送った。
すぐ。
電話が鳴った。
「…………」
出たくない。
でも。
出ない方が。
多分もっと怖い。
「はい」
『原稿は?』
第一声だった。
「今から」
『ほら!』
「監修も仕事だろ!」
『分かってる! だから原稿もやって!』
「やるよ」
『いつ?』
「今」
『本当に?』
「本当」
『カブトムシ考えない?』
「考えない」
『ファンの写真見ない?』
「見ない」
『モズキャッチャー眺めない?』
「眺めない」
『セミスピーカーのぬいぐるみ調べない?』
「…………」
『今、調べようと思ったでしょ』
「思ってない」
『間があった』
「いちいち間を数えるな」
『じゃあ原稿』
「分かったよ」
◇
電話を切った。
ペンを持った。
今日は。
本当に。
原稿をやる。
多分。
いや。
絶対。
その前に。
一つだけ。
今日のネームの作者について。
ノートへ書いておいた。
『ちゃんと話すこと』
俺とは違う『ビーストギア』を描く人間。
どんな奴なのか。
何を見て。
何を考えて。
あのキッドを描いたのか。
少し。
いや。
結構。
楽しみになってきた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




