第十五話 俺の知らないビーストギア
第十五話 俺の知らないビーストギア
最近。
俺の知らない『ビーストギア』が増えている。
別に、勝手に続編が作られているとか。
知らない怪人が本編に出ているとか。
そういう話じゃない。
もっと。
変な話だ。
◇
きっかけは、編集部で見せてもらった一枚の写真だった。
「これ見て」
ミドリが机の上へ写真を置いた。
「何だ?」
「イベント」
「何の?」
「『ビーストギア』の」
写真には、子供たちが何人も写っていた。
真ん中にキッド。
もちろん、本物じゃない。
特撮で使われているスーツなのか、イベント用に用意されたものなのか、そこまでは俺にも分からない。
その周りで、子供たちが楽しそうにポーズを取っている。
よく見ると、腰に玩具のベルトを巻いている子もいた。
手にはメモリー。
キッドと同じ構えをしているつもりらしい。
「人気あるんだな」
「今さら?」
「数字で聞くのと、実際に見るのは違うだろ」
「まあね」
ミドリが別の写真を出した。
「こっち」
「…………」
今度はキッドがいなかった。
代わりに。
子供たちがいる。
頭に何かを被って、腕に何かを付けて、思い思いのポーズを取っている。
「何だ、これ」
「怪人」
「どこが?」
「ほら」
よく見る。
「…………」
あ。
分かった。
「モズキャッチャー?」
「正解」
紙で作った嘴。
背中には羽。
胸には、多分キャッチャーを再現した何か。
完成度は、正直それほど高くない。
でも。
一目でモズキャッチャーだと分かる。
◇
「自分で作ったらしいよ」
「これを?」
「うん」
「何で」
「好きだからでしょ」
「…………」
またそれだ。
好きだから。
この前は、ぬいぐるみを買った。
玩具のベルトを欲しがる子供も見た。
今度は、自分で怪人になるらしい。
「キッドじゃなくて?」
「怪人が好きな子だっているでしょ」
「悪役だぞ」
「前にも同じこと言ってたよね」
「そうだっけ」
「モズキャッチャーが人気って言った時」
「…………」
言った気がする。
◇
写真をもう一度見る。
子供は楽しそうだ。
モズキャッチャーの格好で、両腕を大きく広げている。
その横では。
別の子がセミスピーカーの真似をしていた。
「…………」
俺は、そっちへ目を止めた。
頭には、紙と段ボールで作ったらしいセミの顔。
身体には茶色っぽい布。
そして腹のところに、大きな丸。
多分、スピーカーのつもりだ。
「セミスピーカーもいるじゃないか」
「いるね」
「こっちの方が作るの大変そうだな」
「そこ?」
「腹のスピーカーとか」
「ちゃんと再現してるね」
「だろ?」
何で俺が得意になっているんだ。
「嬉しそう」
「別に」
「モズキャッチャーばっかり目立ってたから?」
「別に」
「セミスピーカーもいて良かったね」
「だから別に」
「はいはい」
ミドリが笑った。
腹が立つ。
でも。
少しだけ。
本当に嬉しかった。
◇
俺の原案の怪人なら、こんな顔で真似されるような奴らじゃない。
多分。
近くにいたら逃げる。
でも、テレビ版は違う。
怖いけど。
面白い。
悪いけど。
どこか愛嬌がある。
だから子供が、
「自分もやりたい」
と思う。
モズキャッチャーになりたい子もいる。
セミスピーカーになりたい子もいる。
キッドだけじゃない。
怪人まで、遊びの中へ入っている。
そういうことなんだろう。
◇
「最近、こういうの増えてるみたい」
ミドリが言った。
「こういうの?」
「自分で作る人」
「子供が?」
「子供もいるし、大人も」
「大人?」
「そりゃいるでしょ」
「怪人の格好する大人が?」
「いるよ」
「何で」
「だから好きだから」
「…………」
今日、何回目だ。
それ。
◇
ミドリが今度は雑誌を出してきた。
イベントの写真が載っている。
キッド。
怪人。
子供。
そして、一般参加者らしい人たち。
中には、かなり本格的なものもあった。
「…………」
俺はページへ顔を近づけた。
「これ」
「すごいでしょ」
「モズキャッチャー?」
「そう」
さっきの子供とは全然違う。
頭部。
羽。
爪。
身体。
かなり作り込まれている。
もちろん、テレビ版そのままではない。
個人で作ったものだ。
でも、一目で分かる。
「こんなの作れるのか」
「作れる人は作れるんじゃない?」
「すごいな」
「そこ素直に感心するんだ」
「すごいものはすごいだろ」
俺は写真を見続けた。
何で作っているんだろう。
布。
スポンジ。
樹脂。
分からない。
漫画家だからって、何でも作れるわけじゃない。
俺には絶対無理だ。
◇
ページをめくる。
またキッド。
次は怪人。
さらに次。
「……セミスピーカー」
「いた?」
「いる」
こっちは、かなり本格的だった。
セミの頭部。
身体。
腹部のスピーカー。
テレビ版を参考にしながら、作った人なりの工夫も入っている。
「…………」
「何?」
「いや」
「また嬉しそう」
「嬉しそうじゃない」
「ずっと見てるけど」
「出来がいいから見てるだけだ」
「へえ」
「何だよ」
「何でもない」
ミドリが、明らかに笑いを堪えている。
腹が立つ。
◇
「着ぐるみみたいだな」
俺が言うと。
「まあ、そうだね」
ミドリが頷いた。
「ここまでいくと、コスプレっていうよりほとんど着ぐるみ」
「暑そう」
「感想そこ?」
「だって暑いだろ」
「まあ、暑いだろうね」
「よくやるな」
「好きなんでしょ」
「またそれか」
ミドリが笑った。
◇
でも。
俺は、その言葉を少し考えた。
着ぐるみ。
俺が描いた怪人を。
誰かが作って。
誰かが着る。
中に、人間が入る。
「…………」
妙だ。
特撮の怪人だって、考えてみれば同じだ。
スーツの中には人がいる。
分かっている。
撮影現場にも行った。
何度も見ている。
でも。
ファンが自分で作った怪人を着ている写真を見ると。
また違って見えた。
テレビを作るためじゃない。
仕事でもない。
誰かに頼まれたわけでもない。
ただ、その怪人になりたいから。
時間をかけて。
自分で作って。
自分で着る。
◇
「何か変?」
ミドリに聞かれた。
「いや」
「ずっと見てるけど」
「ちょっと不思議で」
「何が?」
「俺が描いた時は」
言いながら。
自分でも、何を言おうとしているのか分からなかった。
「紙の上にしかいなかったんだよ」
「うん」
「それがテレビになって」
「うん」
「玩具になって」
「うん」
「ぬいぐるみになって」
「自分で買ったね」
「それは今関係ない」
「はいはい」
「今度は誰かが着てる」
「うん」
「…………」
「それで?」
「それだけ」
「何それ」
ミドリが笑う。
でも。
本当にそれだけだった。
ただ。
それが妙に引っかかった。
◇
家へ帰ってから、少し調べてみた。
イベント。
ファン。
コスプレ。
『ビーストギア』。
出てくる。
思っていたより、たくさん。
「…………」
キッドがいる。
モズキャッチャーがいる。
セミスピーカーもいる。
他の怪人もいる。
自作のベルトを付けている人もいる。
市販の玩具を改造している人もいる。
怪人の頭だけ作った人。
全身作った人。
子供。
大人。
いろいろ。
そして、当然だけど。
全部。
俺は知らない。
◇
知らない人たちが、俺の作品について話している。
俺の知らない遊び方をしている。
俺が考えていなかったものを作っている。
設定について。
勝手に予想している。
「この怪人とこの怪人が戦ったらどっちが強い」
とか。
「このメモリーを組み合わせたらこうなる」
とか。
「キッドがこの能力を使ったら」
とか。
「…………」
それ。
俺もまだ考えてない。
というものまである。
◇
中には。
キッドと怪人が並んで、仲良くポーズを取っている写真もあった。
「…………」
本編では。
戦う。
敵同士だ。
なのに。
写真では肩を組んでいる。
セミスピーカーがキッドの肩へ腕を回している。
その隣で、モズキャッチャーが両手を広げている。
「何だこれ」
笑った。
俺は、こんな場面を描いたことがない。
多分。
本編でも描かない。
でも。
こういう『ビーストギア』があっても。
いいのかもしれない。
◇
面白かった。
だから、結構見てしまった。
気づいたら。
かなり時間が経っていた。
原稿。
やっていない。
「…………」
まずい。
でも。
もう少しだけ見る。
誰かが、怪人の新しい組み合わせを描いていた。
公式には存在しない。
完全に、その人の想像。
「…………」
面白い。
ちょっと。
悔しい。
◇
俺は自分のノートを開いた。
描く。
その組み合わせではない。
別のもの。
「いや、こうするなら……」
考える。
怪人の能力。
生物の特徴。
相性。
「…………」
何をしているんだ。
俺は。
ファンの絵を見て。
原作者が刺激されている。
逆だろう。
普通。
でも。
面白いものは面白い。
誰が先とか。
誰が偉いとか。
そういうことじゃなく。
面白いものを見れば、何か描きたくなる。
漫画家なんて。
多分。
そういう生き物なんだろう。
◇
しばらくして。
ミドリから電話が来た。
『原稿どう?』
「やってる」
『本当に?』
「やってる」
『今何してた?』
「…………」
『何してたの』
「調べ物」
『何の』
「ビーストギア」
『自分の作品を?』
「ファンの方」
『…………』
嫌な沈黙。
「何だよ」
『監修増やした人が何してるのかなって』
「資料だ」
『この前もそれ言ってた』
「今回は本当に資料」
『ぬいぐるみの時も資料って言ってたよね』
「…………」
『原稿は?』
「今からやる」
『やってないじゃん!』
怒られた。
◇
「でも」
俺は言った。
「面白いぞ」
『何が』
「みんな、勝手にいろいろ考えてる」
『ファンなんだから普通でしょ』
「俺が考えてない組み合わせとか」
『うん』
「怪人の格好を自分で作ったり」
『うん』
「着ぐるみみたいなのもある」
『今日見せたでしょ』
「他にもいっぱいあった」
『…………』
「何だよ」
『楽しそうだね』
「そうか?」
『うん』
「…………」
そうなのかもしれない。
◇
少し前まで。
俺は『ビーストギア』を。
自分が作ったものだと思っていた。
いや。
今も、作ったのは俺だ。
そこは変わらない。
でも最近。
それだけじゃない気がしている。
テレビのスタッフが。
俺の知らない『ビーストギア』を作る。
新人漫画家が。
これから、俺とは違う『ビーストギア』を描く。
玩具を作る人が。
触れる『ビーストギア』を作る。
そして。
ファンが。
自分たちの『ビーストギア』を作っている。
◇
誰かが怪人の着ぐるみを作る。
誰かが着る。
誰かが写真を撮る。
誰かがそれを見て。
また何かを作る。
俺は、その全部を知らない。
止めることも。
多分。
できない。
でも。
止めたいとも思わない。
「…………」
変な感じだ。
自分の手から離れていく。
なのに。
遠くなるんじゃなくて。
逆に。
どんどん大きくなっている。
◇
机の上。
モズキャッチャーのぬいぐるみ。
その横には。
俺がさっき描いた、新しい怪人の落書き。
さらに。
資料として開いたままの画面には。
セミスピーカーの格好をした誰かが、楽しそうにポーズを取っている。
「…………」
少し前には。
紙の上にしかいなかった。
今は。
誰かが、それを着ている。
こういうこともあるんだな。
◇
俺の知らないところで。
『ビーストギア』が増えている。
俺の知らないキッド。
俺の知らない怪人。
俺の知らない遊び方。
俺の知らない着ぐるみ。
少し前なら、それが怖かったかもしれない。
今は。
ちょっと。
見てみたい。
次は誰が。
何を作るんだろう。
そう思う。
ただ。
一つ問題がある。
それを見ていると。
原稿が進まない。
◇
ミドリから。
さっき。
もう一回電話が来た。
『まだ見てるでしょ』
「見てない」
『嘘』
「原稿やってる」
『本当に?』
「本当」
『じゃあ今、右手に何持ってる?』
「…………」
俺は。
スマホを机に置いた。
右手を見る。
さっきまで画面を触っていた。
慌ててペンを持った。
「ペン」
『間が長い!』
「持ってるだろ」
『今持ったでしょ』
「証拠あるのか」
『あんたのこと何年知ってると思ってるの』
「それを証拠とは言わない」
『いいから原稿やって』
「やってる」
『今からでしょ』
「細かいな」
『担当編集ですから』
「幼なじみだろ」
『担当編集でもあるの』
「都合のいい時だけそっち使うな」
『締切前は担当編集が優先です』
「横暴だ」
『監修まで増やしたの誰?』
「…………」
何も言えなくなった。
『じゃあ、一時間後に進捗確認するから』
「待て」
『何』
「一時間は短い」
『じゃあ四十五分』
「何で減った」
『口答えしたから』
「お前な」
『じゃあ頑張って』
切れた。
「…………」
幼なじみというのは。
本当に面倒臭い。
担当編集まで兼ねていると。
もっと面倒臭い。
◇
俺はパソコンの画面を閉じた。
イベントの写真も。
ファンの絵も。
着ぐるみも。
全部消える。
目の前には。
描きかけの原稿。
その横には。
モズキャッチャーのぬいぐるみ。
「…………」
何となく。
セミスピーカーのぬいぐるみも欲しくなった。
いや。
まだ出ているかどうかも知らない。
調べるか。
「…………」
駄目だ。
絶対にまた原稿が止まる。
やめた。
今度、玩具店へ行った時に見る。
それなら。
調べてはいない。
多分。
◇
ペンを取った。
描く。
しばらくして。
ふと。
机の端のモズキャッチャーを見る。
「お前ばっかり人気者みたいな顔しやがって」
当然。
返事はない。
「セミスピーカーだって人気あるからな」
何を。
ぬいぐるみに張り合っているんだ。
俺は。
少し笑った。
◇
俺の知らない『ビーストギア』。
それは。
多分。
これからもっと増える。
俺が知らないところで。
誰かが好きになって。
誰かが作って。
誰かが遊ぶ。
そこに。
俺が全部口を出す必要はない。
全部知る必要もない。
ただ。
時々。
こうして覗いてみるくらいなら。
悪くない。
むしろ。
結構楽しい。
問題は。
本当に。
原稿が進まなくなることだけだ。
あと四十分くらいで。
多分。
ミドリから電話が来る。
だから。
今度こそ。
本当に。
原稿をやる。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




