第96話 王の願い (2)
「余の目標、それは余自身が“魔王”になる事だ」
それはあまりにも突飛であり、そして、看過できない言葉だ。
魔王を滅ぼす事に躍起になっていた王が、次の魔王になるのだと言う。
当然、その場の全員が驚き、目を見開く。
魔王を滅ぼしたかつての勇者パーティーも。
魔王に仕えていたペコニアにしても。
それは許容しかねる話であった。
「ほう。大きく出ましたね、ジャン王。あなたが次の魔王になると」
「そうだ。余は魔王になりたい。いや、ならねばならない」
「いかなる理由を以て、魔王になりたいなどと抜かしますか?」
質問するペコニアも、露骨に嫌悪感を示す。
人間風情が魔王を名乗るなどおこがましく、無思慮にも程があると感じてしまったからだ。
契約が無ければ、即座に始末してしまいたい衝動に駆られる。
それほどまでに、目の前の王には腹立たしい感情が溢れ出ていた。
だが、その場の空気を、デビィドがカシャンと剣を鳴らして鎮める。
鞘から僅かに抜き、そして、素早く戻すという単純な動作ではあったが、無音だからこそ響く室内の空気には余計に耳に突き刺さる。
余計な怒りを吐き出す前に、まずは続きを聞こうという無言の圧だ。
ペコニアも感情を押さえ、深呼吸をする。
表面的に場が鎮まったのを確認し、ジャンは話を続けた。
「魔王とは何か? それは世界を破壊する者の事を指して言う」
「……まあ、そういう側面もございますね」
「世界を破壊し、そして、最後は自らも消える。余の目指すところはそれだ」
「自らも消える、ですか。何を以て世界を破壊すると仰られるのか?」
「決まっている。既得権益と悪習の破壊を以て、“現在”の王国を滅ぼす。現国王を含めて滅ぼすのだ」
「あなた自身をも滅ぼす……。それはまた大層な願いですわね」
「今はまだ道半ば。だが、やってみせるさ。すべての貴族をひれ伏させ、悪事に手を染めた悪徳業者を締め上げ、国を本当の意味で一つにまとめ上げる」
「ああ、なるほど。ようやく見えてきました。あなたの願いとは、国家の中央集権体制からの“民政移行”を目指しているのですか」
「ほう! こうもあっさり理解してくれるとはな!」
ジャンは素直に喜び、ペコニアに拍手を贈る。
だが、会話の内容がチンプンカンプンなため、周囲は付いて来れていない。
誰も彼もが「 (; ̄Д ̄)? 」な顔をしている。
ただ一人、ティエラだけはなんとなしに理解できていた。
「ええっと、つまり陛下は各地の御貴族様の力を削ぎ、大商会にもある程度の縛りを設けて、一般庶民の経済的成長を第一とし、それを政治に反映させる政治体制を作ろうって話ですか?」
「さすがだな、ティエラよ。まさにその通りだ」
「んじゃあ、今、あたしらがやっている地方回りも!?」
「まさに貴族の力を削ぐ重要な作業だ。これをやっておかないと、中央議会を開設した際に、あっさりと無力化されてしまうからな」
「中央議会!?」
「自治都市などで行われている“評議会”による都市運営があるだろ? あれを国家規模で行う。各地の代表者が集まり、国家の指針をそこで定めると言うやり方だ。王の意思すら無視できるほどに力を持ってもらうつもりでいる」
「そんな事ができるんですか!?」
「だからこそ、その為の下地を作っている。貴族の力を削ぎ、教団の政治介入を防ぎ、大商会にも制限を加え、同時進行で庶民に力を蓄えさせる」
「インフラ整備もその一環だと?」
「当然だ。経済活動が活発になれば、銭の回りも良くなる。自然と民衆が豊かになり、豊かになれば考える余裕が生まれる。そこに“意見”が生まれるのだ」
「その意見を吸い上げるための装置が、陛下の言う“中央議会”だと」
「幸いな事に、お爺様の時代に“言論の自由”は確立している。誰がどんな意見を言おうとも、それは各人の自由だ。だが、今はそれを表現する術に乏しく、発表しても形になるとは限らない。だからこそ、その場として議会を設けようと言うのだ」
「それだと、王様が邪魔になりませんか!?」
「だからこその魔王。全てを破壊し、その上で自身も消える。それが魔王としての正しい姿ではないかな、ペコニア?」
ジャンの向ける先のペコニアは、いつになく真剣な面持ちだ。
それだけジャンの話を魅力的に感じていた。
「素晴らしい発想です。その発想こそ、魔王の萌芽。世界の滅びを望み、破壊する。しかも、破壊する対象に自分自身を含める。それこそ正しく魔王の姿!」
「フフッ、魔王軍の参謀役にそう評価されるのは光栄だよ」
「ですが、あなたはどうにも、その先を見据えているように思えますが?」
「そうだ。破壊するだけでは終わらない。破壊の後の再生をも求める」
「具体的には?」
「毛を紡いでいけば、糸となる。糸を重ねれば、布となる。その世界の循環こそ、我が望み。毛は紡ぐ際に毛の役目を終えるが、糸と言う新たな境地に達する。糸もまた織り重ねて行けば糸の役目を終えるが、布と言う別世界に繋がる」
「つまり、現世の破壊者にして、次世の創造主であると」
「そう。それが私なりの“魔王”の解釈だ。ゆえに、現在における既得権益者にとって破壊の魔王となり、次の時代を担う庶民にとっては創造主にもなる」
「神にでもなられる気ですか?」
「まさか! そもそも、神などと言うものは都合の良い偶像に過ぎん。なにより、尋ねても応えぬ者。だが、心のどこかで信じ、そして、寄り添ってくれる。各々好きなように、心の中に神殿を築けばよい。何を信じるかは人それぞれだ」
「信仰すら自由であると?」
「そうだ。そして、余もまたそんな世界の一員であり、表現者だ。糸を紡ぎ、布を織る。そんな機織り職人になりたい。世界を舞台として、破壊と創造を織り交ぜた機織り職人にな」
凄まじい熱量が部屋に充満する。
これほどの言葉をかつて聞いた事があるのだろうかと、誰しもが思うほどに。
そして、今言った事を本気でやり切るのだと、ジャンの表情には自信と、それ以上の覚悟を感じた。
とんでもない人物を王国は王に戴いたのだと、改めて感じた。
ペコニアもまた、感激に打ち震えている。
これほどの逸材、まさに本当に魔王になってしまうのではないかと、興奮が冷めやらない。
「で、では、最後に一つお聞かせ願いたい」
「なんだ?」
「何を信じるかは人それぞれ、そう仰られた。ならば、魔王になる道を選ばれたジャンと言う名の人間、その信仰とは?」
「先程も述べたが、“公平な税制”と“公正な司法”が両輪と言ったが、これではまだ足りない。求めるのは“四輪”だ。両輪だけでは馬車は成り立たない」
「では、後2つの車輪とは?」
「それは“意見を集約させる議会”と“国家統合のための分かりやすい象徴”だ」
「議会と象徴!」
「これから先、一人の天才によって動かされる政治は終わらせなければならない。余は自分自身の事を優秀であると自負しているが、それが次のフィリップにも受け継がれるとは限らない。だからこそ、誰が王になっても国が損なわれないように、広く賢人を求める事が必須となる。その為の議会だ」
「代表者の選出と言論の自由がそれを可能とする。それで今一つの“分かりやすい象徴”というのは?」
「もちろん、弱きを助け、強きを挫く。悪を懲らしめ、善を成す。勧善懲悪を地で行く“勇者”の事だよ」
自信満々に言うジャンではあるが、こうも言われて気恥ずかしくなるデビィドは、顔を紅潮させる。
そもそもこの勇者で大丈夫か、という不安もあったりする。
腕前は本物でも、時々ゲスい性格をあらわにする事もあるので、ボロが出てしまわないかと言う不安があった。
「あ~、陛下? 勇者様って、そういう正義のヒーローを続けていくのは難しいと思いますけど?」
「皆の不安もあるかもしれんが、今の勇者は実力的には申し分ないからな。かつてのボロは握り潰しておいたし、これからのもちゃんと消しておく。ティエラも旦那の尻拭いばかりでは面倒くさいだろう?」
「う~ん、さすがに“魔王”を名乗ろうとしているだけはありますね。発想がゲス!」
「目的の為ならば、手段は選ばん。正当化もするし、そもそもバレなければよい。作られた英雄など、珍しくもあるまい?」
「仰る通りで。普段の勇者様と、人前の勇者様じゃ全然違いますからね」
「 (  ̄ー ̄) アトシゴトチュウモナ 」
「それ! びっくりするくらい態度が変わるから!」
「そうか。今度、機会があれば見学させてもらうとしよう」
「陛下自身が財務監査って、それこそ教団の本丸を落とす時くらいしかないと思いますよ?」
「では、その時は頼むぞ、“新生・勇者パーティー”の諸君よ」
ここに教団への介入もついに口に出す。
本当に世界を破壊するつもりなのだと、誰しもが実感した。
そして、新たな世界のためには既得権益者の破壊が必要不可欠であり、避けては通れぬ道だと言う事も。
やはり、この王様は規格外であると、改めて忠誠を誓う一同であった。
ペコニアもまた、想定以上に面白い人物であると認識を改め、より深く知るべきであると考えを変える事とした。




