第85話 意外な告白
背中から槍を一突き。
防具を装備していないこの状況であれば、正座で動かない大男を屠るくらい容易い事であった。
デビィドの構えていた槍が、モロコスの背に放たれる。
モロコスもまた死と罰を受け入れた。
だが、死ななかった。
穂先が背中に命中する直前に、デビィドはグルリと槍を回し、石突でモロコスの背を刺したのだ。
槍の軌道は正確であり、石突はちょうど心臓の位置に当たる。
痛い事には痛いが、石突である以上、肉を穿つ事はできない。
棒で小突かれた、その程度だ。
何も言わず、覚悟をしていただけに、デビィドのこの行動には、他3人のパーティーメンバーも目を見開いて驚く。
なにしろ、国王の目の前で“勅命”に背いたのである。
逆に処分を受けるのではないかと、ティエラもスオーラも冷や汗ダラダラだ。
だが、デビィドは動じず、槍をポイッと投げ捨ててしまった。
「いや~、陛下、申し訳ないですね。俺、剣術家なんで、槍術の心得がなくって」
「ほ~。その槍を使って竜を仕留めたはずだが?」
「的がデカかっただけですよ。あと、槍の性能のおかげです。だから、槍が素人の俺でも当たった」
「モロコスの背中も十分にデカいと思うが? おまけに静止目標だ。外す方がむしろ難しいと思うぞ。何より、穂先と石突を瞬時に入れ替える高速芸を見せておいて、『俺は素人です!』はさすがに無いだろう」
「ならば天意って事でしょう。神は言っている、ここで死ぬ定めではない、と」
「そうか、天意か。ならば仕方がないな。何しろ、余は小心者でな。神の御威光に逆らうのは非常に恐ろしい」
「はてさて、陛下、俺の記憶が確かなら、神殿を守護する騎士団をお取り潰しになったはずでは?」
「そんな事もあったかもしれんが、まあ、忘れてしまったよ」
「記憶の風化が早いですね~」
「ああ、何しろ都合の悪い事はすぐに忘れてしまうのだ」
嫌味とも皮肉とも取れる勇者と国王の応酬。
側で見ている分にはハラハラする内容の話であり、ティエラもスオーラも焦る。
だが、険悪な雰囲気というよりかは、本当に「都合よく解釈する」と二人で確認し合っているようにも思えたので、二人もまた何もしなかった。
むしろ、一番困惑していたのはモロコスの方だ。
覚悟を決め、死を受け入れた。
祈りを捧げ、後は神の御許へと旅立つだけであったはずだ。
だが、勇者も国王も笑って何事も無かったかのように振る舞う。
自分の覚悟は一体、何であったのかと、ケジメとはどうなのかと、ただただ困惑する一方だ。
そこにスオーラがそっと寄り添い、モロコスの肩に手を置いた。
「陛下はこう仰ったわ。『天意に従う』と。でしたらば、信仰を旨に生きる者として、神の御意志に従おうではありませんか」
「だが、それでは……」
「モロコス、あなたの真面目さは美徳ではありますが、時に斜に構えて物事を見る事も大事ですよ」
「だが、俺はデビィドほどねじ切れた生き方はできない」
「どさくさに紛れて、俺に流れ矢を打ち込むな。俺はそんなにねじれてないぞ!」
「ねじれてますよ」
「ねじれてるな」
「勇者様、自覚なかったんだ」
仲間からの容赦ないツッコミに、デビィドとしては唸るしかない。
そんなほほえましい光景にジャンは、思い切り割り込んだ。
床に転がっていた怪物の仮面を差し出して。
「モロコスよ、あえて罰を欲するのであれば、今後、この仮面をつけて生きよ。人前では決して外さず、ただ影のように余に従え」
「王国に仇なしたそれがしを、近侍に加えると!?」
「なぁに、最大級の罰を与えるのには、それが一番だと思ってな」
「罰、ですか?」
「そうだ。おそらくは、死んだ方がマシであったと思う程のな」
そう言って、ジャンはスオーラに視線を向けた。
そして、手を差し出した。
「聖女スオーラよ、余の妃となれ」
突然の告白、というより命令が下された。
モロコスの目の前で行われた突然の告白劇。
王が聖女を娶る。
何か物語の一場面にでも入り込んだ錯覚を、勇者パーティー全員が味わった。
それと同時にとんでもない寝取られ展開である事も感じ取った。
「ティエラ、これってどゆこと!?」
「これは陛下の性格が悪すぎる! モロコスにお面付きで近侍を命じておいて、スオーラを王妃に冊立!? の、脳が破壊される! 焼け付く!」
「だよな!? そうだよな!? 二人がイチャコラしている場面を、黙して見てろって事だもんな!?」
「陛下は新しい火種でも望んでるの!?」
「火遊びってレベルじゃね~ぞ、これ!」
勝手に盛り上がるデビィドとティエラであるが、当のスオーラは口をパクパクさせて何も言い出せずにいた。
いくらなんでもいきなりの王妃就任は、欠片も予想していなかったためだ。
「ちなみに、陛下、スオーラを娶る理由は!? やっぱしこのけしからん魅惑のスケベボディがお気に召して!?」
「貴様と一緒にするな、ノ〇パンしゃぶしゃぶ勇者」
「なんで陛下もそれ、知ってるんですか!?」
「報告が上がって来ている」
「誰だよ、報告上げたの!?」
「無論、諜報部だ。危険分子として、監視対象になっていたからな。その報告の中に目を疑う情報が混じっていただけだ」
「わぁ~お、俺の情報、筒抜けだったんかい!」
「ああ、ちなみに、余はスオーラに女性的魅力は一切感じておらんぞ。後にも先にも、余が愛している女性はたった一人だけなのだからな」
ジャンの言葉を聞き、一同は一気にしんみりとした気分になった。
ジャンは最愛の妻を病気で亡くし、それ以降、仕事一筋に打ち込んできた。
老年の祖父王リシャールを補佐し、実質的な宰相として国政を動かし、それが亡くなると今度は自身が国王となり、平時の国作りに勤しんできた。
幸いな事に、世継ぎに関しては男児を一人儲けていたので、後継者に悩まなくて済んだため、後添えを娶る事無く現在に至っていた。
そんな仕事人間のジャンがついに後妻を迎えると言い出したのだ。
しかも、その相手はどこぞの貴族の御令嬢ではなく、庶民の、それも孤児で修道院出身のスオーラを娶りたいのだと言う。
これは深い意味があるに違いないと、一同は身構えるのであった。




